第三十話 いざ雷電の洞窟へ
「先に言っておきますが、私が付き添えるのは《精霊の遺跡》までです。その中に入ったら――皆さんだけで【精霊】と対峙して下さい」
道中を先導するエリーゼさんは、僕らに注意喚起した。
――僕ら四人は今、ダンジョンである『雷電の洞窟』の入り口付近を進んでいる。
冒険者ギルドで挨拶?を済ませた僕らは、必要物資等の準備を整え、さっそく《精霊の遺跡》を目指すことにした。
ただでさえダラム鉱山の一件で時間が経過し、僕らの顔が知れ渡ってしまったのだ。
これ以上モタモタしていると、ツァイス先生達の派閥に先手を取られるかもしれない。
そんな話に落ち着いた僕らは、ダンジョンの攻略――いや、【雷の精霊】に一刻も早く会うことにしたのだ。
……ちなみに、最後までセレーナとコロナを口説き落とせなかったエリーゼさんは、ちょっと残念そうにしていた。
僕が止めたのもあるけど。
この人も、よく親の僕がいる前で娘を口説けるよな……肝が座ってるというか……
「ここが、『雷電の洞窟』か……」
『雷電の洞窟』は『ディカーラ』の街から歩いて一時間もかからない距離にある、洞窟型のBランクダンジョン。
あくまで攻略対象として見るならば、どこにでもある小規模なダンジョンに過ぎないのだが――
「見てよパパ。壁が青紫色に光ってる」
「綺麗……まるで雷光のようですわ……」
そう、特徴的なのは洞窟の壁全面が"青紫色の斑模様"に光を発していることだ。
その模様はまるで雷が落ちている瞬間にも見え、薄暗い洞窟の中を僅かに照らしている。
「この壁の模様こそが、『雷電の洞窟』というダンジョン名の由来なのです。洞窟全体の岩に含まれる鉱石が、このような独特な光を発するのだとか……。
それより、そろそろ"モンスター"が出始めて――」
エリーゼさんがそう言いかけた、まさにその時、
『グルルルルル……』
ダンジョンの奥から、うめき声が聞こえる。
同時に、黒い狼のようなモンスターが姿を現す。
それは瞬く間に二匹、三匹、四匹と増えていき、群れとなった。
「アイツらは――ハウンド・ウルフの群れか!」
僕らが遭遇したのは、Bランクモンスターのハウンド・ウルフだった。
一体一体は然したる脅威ではないが、冒険者を襲う時は何体もの群れを作るため、意外と侮れない敵である。
「皆、気を付けて――!」
「"ルミオン""アリオン"」
僕が杖を構えるより早く、エリーゼさんが動いた。
彼女の腰のポーチから勢いよく《魔術式自動人形》である"ルミオン"と"アリオン"が飛び出す。
"ルミオン"の手元には、小さな身体の倍近い長さの騎乗槍が出現する。
"アリオン"の手元には、小さな身体の倍近い長さの大剣が出現する。
彼らは宙に浮いたまま"よっこいしょ"と大きな武器を構えると――ドッ!とハウンド・ウルフの群れに突撃した。
"ルミオン"は勢いに任せてハウンド・ウルフを刺し倒し、"アリオン"はすれ違いざまにハウンド・ウルフを斬り伏せる。
『キャウン!』
『ワオン! ワオン!』
小さなぬいぐるみの騎士相手に、手も足も出ないハウンド・ウルフの群れ。
文字通りのちぎっては投げを繰り返し――
そしてあっという間に、群れは全滅してしまった。
うわ~、強~い。
たぶん僕より強~い。
"ルミオン"と"アリオン"はエリーゼさんの下に帰ってくると、彼女の両肩に乗る。
「この程度のモンスターなら、私が操作するまでもないですね。エルカンさん達は【雷の精霊】が待っているのですから、出来るだけ力は温存しておいて下さい。さあ、それでは進みましょう」
そう言って、エリーゼさんはスタスタと歩いて行ってしまう。
「……なんだか、僕はブランクを埋める間もなさそうだなぁ」
アハハ、と苦笑する僕。
仲間が強すぎるのも、考えものなのかもしれない。
いや、僕の戦闘力が無さすぎるのが問題なのだけど。
僕がそんなことを思っていると、
「……フフ♪」
セレーナが、不意に笑った。
「な、なんだいセレーナ?」
「いえ……楽しいなぁ、と思いまして。私達とお父様は、今"冒険"をしているのですね」
――ああ、と僕も思い返す。
そうだ、僕は今"冒険"をしている。
【黒魔導士】としてダンジョンに潜っている。
十七年前と、同じように。
――テメエは才能ねえんだよ!
――――職業の役割も果たせねえなら、【黒魔導士】なんて辞めちまえ!
コンラルドにそう言われ、パーティを追放されたあの日。
僕の"夢"は閉ざされたのだと思った瞬間。
なのに、まさか再び冒険者になれる日がくるとは、夢にも思わなかった。想像も出来なかった。
――そうだ。
僕は今、もう一度"冒険"をしている。
もう一度【黒魔導士】をやっている。
それも、愛する娘達と共に。
「……そうだね。コレもセレーナとコロナのお陰だ。キミ達が、僕をここまで連れてきてくれた。本当にありがとう」
「にゃはは♪ でも、お礼を言うにはまだ早いよパパぁ。この後"本番"が待ってるんだしぃ」
と言いつつ、まるでピクニックにでも来たかのように楽し気な鼻歌を奏でるコロナ。
この子達も凄いなぁ。
僕はここまで来ても、相変わらず【精霊】が怖いよ。
だって未知の存在だし。
やっぱり、心強い。
流石は【賢者】――いや、僕の自慢の愛娘だ。
ようし、僕も父親として頼れる所を見せるぞぅ。
そう意気込みつつ、僕達はダンジョンの奥へと潜っていく。
途中途中で、襲い来るモンスター達も退けながら進む。
……非常に残念なことに、僕はどの戦闘でも役に立てなかった。
だってエリーゼさんだけで十分なんだもん。
いや、確かに彼女にとっては格下のダンジョンなワケだけどさ……
そんな感じで、エリーゼさんに先導されながらスムーズに進んでいくと――僕達四人は、ふと開けた空間に出た。
その場所はドーム状に洞窟内が抉られており、天井はとても高い所にある。
……で、ダンジョンの途中にある開けた空間というのは、ほぼ決まって――
『ブゥオオオオオオオオオオッ!!!』
――"ボスクラス"のモンスターがいる。
僕達の目の前に立ちはだかったのは、ブルヘッド・オーガという巨大なボスモンスターだった。
ブルヘッド・オーガは猪のような牙を生やした鬼で、その巨体は僕らより倍はデカい。
その右腕には、人間など簡単に潰せるほど大きな木の槌も持っている。
Bランクダンジョンのボスとしては上位に入る部類で、同ランクの冒険者パーティにとって鬼門ともされる凶悪なモンスターだ。
昔のパーティに居た時もコイツとやりあったことがあるけど、かなり苦戦した記憶がある。
エリーゼさんはそんな巨大なボスを一瞥すると、
「どうしましょうか? 無視して突破した方が、時間的には早いですが……」
僕らに聞いてくる。
それはつまり、彼女でも一瞬では終わらない敵ということだ。
しかし、
「まあまあ、エリーゼさん?」
「ここはぁ、アタシ達にも"準備運動"くらいさせてくれると嬉しいかなって♪」
セレーナとコロナが、前に出た。
"準備運動"、の意味する所は――
「では、お任せしますね。私は後ろで、しっかりとお二人を見守っていますから」
ニッコリと笑って、後ろに下がるエリーゼさん。
……なんだか含みのある言い方だった気もするけど。
僕は僕で、エリーゼさんがおかしな真似をしないか見張っておこう。
「――それではコロナ? 私は『風』でよろしくて?」
「おっけ♪ じゃ、アタシは『土』ね。昨日の鬱憤を晴らしちゃおっか」
二人が口を合わせると、ブルヘッド・オーガは彼女達に向かって突進していく。
『ブゥオオオオオッ!!!』
「ち、ちょっと二人とも! ブルヘッド・オーガが――!」
突撃してきてる!――と僕は娘達を心配するが、
「――"疾風怒濤の風の音よ、大気に渦巻く旋風の刃"」
「――"轟く大地の豊穣よ、生殺を包む命脈の手掌"」
二人が、詠唱を始める。
同時に、彼女達の周囲に魔力の"波"が流れ始める。
それは七色に彩られた、霧のような"波"だ。
「"我が名の下に、木枯らしの太刀風を浴びせ給え"」
「"我が名の下に、その地母なる拳を握り給え"」
ブルヘッド・オーガは、彼女達に向けて木の槌を振り被る。
けれど、その寸前――――
「――《ゲイル・スラッシャー》」
「――《ハンマー・オブ・ジアース》」
詠唱が終わった。
刹那――地面から突き出た"巨大な岩の拳"が、ブルヘッド・オーガの胴体に直撃する。
これがセレーナの発動したA級土属性攻撃魔術、《ハンマー・オブ・ジアース》だ。
『ブモオオオッ!?』
自身の質量を上回る"巨大な岩の拳"に殴り飛ばされるブルヘッド・オーガ。
そのまま、潰されるように拳で壁に押さえ付けられてしまう。
そして追い打ちをかけるように――目に見えない無数の風の刃が、岩の拳や壁ごとブルヘッド・オーガを斬り刻んだ。
セレーナの発動したA級風属性攻撃魔術、《ゲイル・スラッシャー》である。
衝撃と斬撃で壁が崩れ、斬り刻まれたブルヘッド・オーガは粉々になった岩の下敷きになる。
……《ゲイル・スラッシャー》で刻まれた時点でだいぶエグい感じになっていた気がするが、そこは触れないでおこう。
むしろ岩で埋まってくれて良かった。
「ん~、ちょっとスッキリしたぁ!」
「ええ、ですがこれではウォーミングアップにもなりませんわね」
うーんと背伸びするコロナと、自らの肩を揉むセレーナ。
エリーゼさんはそんな彼女達に近付いて、
「流石は【伝説の双子の大賢者】ですね! あのブルヘッド・オーガを雑魚扱いなんて!
詠唱にも乱れがないし、特に発動中なんて腰からヒップの流れが美しくて――――」
ザッ!とセレーナとコロナが、エリーゼさんから距離を取る。
やっぱりそういう見守り方をしてましたか……
それ、僕から見てもセクハラですよ……
「おっと、これは失礼しました。それでは、先に進みましょうか。《精霊の遺跡》は、まだ先ですよ」
エリーゼさんはそそくさと先を行ってしまう。
僕らは"なんだかなぁ"と思いつつ、彼女に続くのだった。
――僕にとって、このダンジョンを潜っている時は、まだ"楽しい冒険"だった。
この感じで最後まで行ければいいなと、無意識に思っていた。
けれど、【精霊】という存在が――――
いや"冒険"という行為が、それほど生易しいモノではなかったということを、僕はすぐに思い出すことになる。




