第二十九話 エリーゼさんってもしかして……
『エルフ族』――
エメラルドグリーン色の髪と瞳を持ち、長く伸びた耳を持つ、"人間"とは似て非なる種族。
彼らは人里から隔絶された森や山の奥地に住み、とても長命で、賢く、それでいて容姿端麗な者が多い。
寿命の違いなどから古来より人間とは不仲であるとされ、現在でも人と『エルフ族』の接点は少ないと言われる。
だが――たまに、進んで人と関わろうとするエルフもいるそうだ。
そう、例えば僕の目の前にいる、エリーゼさんみたいに。
「それにしても、エルカンさんは女性にモテるんですね。好色家の人なんですか?」
軽い感じでエリーゼさんにそう聞かれ、僕がガックリと肩を落とす。
「誤解ですよ……僕はそんな男じゃない……と思いたいです……」
セレーナとコロナという娘こそいるけど、僕は今まで彼女だって出来たことないのにさ……
いや、子育てで忙しかったからなんだけど……
僕レベルで好色家なんて言ったら、世の中の九割九分九厘の男は好色家になると思うぞ……
僕がエリーゼさんの一言に凹んでいると、セレーナとコロナがテーブルの上に身を乗り出す。
「エリーゼさん、最初に断っておきますけれど――」
「パパに言い寄ろうたって、そうはいかないんだからね!」
軽く威嚇する二人。
その手の話にキミ達が出てくると、一気にややこしくなるから自重してくれるとありがたいんだけどなぁ……
そりゃあ父親を好いてくれるのは嬉しいけど、それとこれとは別問題にしてほしい。
セレーナとコロナからそんな風に厳重注意されたエリーゼさんは、
「ありえませんよ」
間髪入れずに、ハッキリとそう言い切る。
「私がエルカンさんにそういった感情を抱くなんて――絶対にありえません。……ですからどうか、ご安心ください」
そう言って、作ったような笑顔をセレーナとコロナに向ける。
しかしその口調は、どこか冷たさが籠っていた。
「そ、そう、ですか……?」
「なら、いいけどさ……」
あまりにもハッキリと断言されてしまって、逆に戸惑う二人。
なんだか、微妙に含みのある言い方ではあったけど……この際、深く詮索するのは止そう。
僕はエリーゼさんの長い耳を見つつ、
「し、しかし驚きましたよ。クレイチェット先生が言っていた"水先案内人"が、まさか『エルフ族』の方だったとは……。嬉しいなぁ、僕は一度、貴方達と話をしてみたいと思っていたんです」
「それはそれは、この耳がお気に召したようで良かったです。私もクレイチェット先生からお話を伺っていましたから、伝説の双子の――いえ、エルカンさん達に興味がありました」
エリーゼさんは、長く尖った耳をぴょこぴょこと器用に動かす。
彼女は『エルフ族』の例に漏れず美しい容姿をしており、同時に知性と和やかさの雰囲気を併せ持っている。
その格好は冒険者らしく深緑色のマントに軽量な革装備という出で立ち。
最低限かつ無駄がない装備で、特徴的と言えば、腰の左右にやや大きめのポーチがあるくらいだろうか。
だがそれは各種アイテムを収納するには中途半端な大きさで、あまり見たことがないタイプだ。
さらに不思議な点もある。
それは、彼女に"武器"らしき物が見受けられない点だ。
【斥候】の武器といえば、短剣や短弓なんかが鉄板だろうか。
仮に五人パーティで【斥候】を受け持つとすれば、ポジション的に【剣士】や【弓手】の代替を務めることも多くなる。
だから"ある程度の近接戦能力&かさばらない"という武器が王道とされるのだが……
防具を着て冒険者ギルドに来ている以上、武器を持ってないとは考え難いんだけど……
などと勘ぐってみるが、彼女が腕利きの冒険者であることは間違いない。
Aランク冒険者という事実もあるし、ブランクのある僕が見ても一目でわかるほど、彼女は練達の斥候という風格がある。
ただ――――それ故に、僕にとって彼女の職業は意外だった。
セレーナも気を使った様子で口を開き、
「ですがその……『ハーフェン魔術学校』が準備した人物と聞いていたので、私達はてっきり――」
「魔導士だと思ってました? それに『エルフ族』なら、どうして魔導士にならないのか……気になります?」
ああ、やっぱり見透かされている。
そうなのだ、僕もそれが気になる。
人間に関わって冒険者になる『エルフ族』は珍しい。
そんな希少な『エルフ族』の冒険者は、ほぼ決まって【黒魔導士】か【白魔導士】になると聞く。
何故なら、彼らは生まれつき膨大な魔力を持っているからだ。
それは平均的な人間よりずっと多く、加えて知性に富む種族なため優秀な魔導士になることが多い、らしい。
噂では、『エルフ族』だけが扱える門外不出の魔術もあるとかなんとか……
そんな種族的特徴もあって、"【始まりの賢者】は実は『エルフ族』出身だったんじゃないか"と言う者もいる。
真実のほどはわからないが。
「……全てのエルフが魔術を好くワケではありません。それに、私は【斥候】として魔力を有効活用しているだけです」
「? それはどういう――」
僕が聞き返すと、
「――出ておいで、"ルミオン""アリオン"」
エリーゼさんが、そんな名前を呼ぶ。
すると――
『――――』
『…………』
彼女の両腰に備えられた大きめのポーチから、ひょこっと"人形"が出てきたのである。
その人形は甲冑姿の騎士をミニチュア化したような見た目で、三頭身ほどにデフォルメされているので、厳つい頭部に反して全体像は可愛らしい。
「ソレは――《魔術式自動人形》ですか!? 実物は初めて見ましたよ!」
――僕はこの人形を知っている。
何年か前に、『ハーフェン魔術学校』で発明されたばかりの最新魔術アイテムだ。
魔導士の戦闘や生活を支援するために作られ、魔力を注いでやれば"まるで意志を持ったように動く"という非常に便利な自動人形。
ようやく実用化されたことは知っていたが――まさかこのタイミングでお目にかかれるとは。
"ルミオン""アリオン"と名付けられた《魔術式自動人形》はフワリと宙に浮いてテーブルの上に移動すると、それぞれ愉快な踊りを披露してくれる。
まるで、本当に意志を持っているようだ。
「この子達の視覚や聴覚は私と繋がっていますから、危険な場所への偵察も楽になります。とはいえ、やはりまだまだ細かい動作は難しいので、戦闘などでは魔術糸で操作してあげる必要がありますけれど。
そういう意味では自動人形というより、糸操り人形に近いですね」
「なるほど……いやはや、確かにこういう魔力の使い方もあるんですね。勉強になります」
「フフ、色々と納得してもらえました?」
それはもう、十分過ぎるほどに。
どうして彼女が『エルフ族』なのに【斥候】をやっているのか?
どうして魔導士でない彼女が『ハーフェン魔術学校』の関係者なのか?
その全ての理由が、この《魔術式自動人形》である。
一言で言えば、エリーゼさんは試験官なのだ。
扱う物が特殊も特殊であるため、まさに『エルフ族』は適任ということなのだろう。
「ええ、とても納得しました。しかしクレイチェット先生が《魔術式自動人形》の開発に携わっていたとは知りませんでしたね」
僕がそう言うと、エリーゼさんは首を傾げた。
「? いえ、クレイチェット先生はこの子達と関係ありませんよ?」
「……あれ?」
え? そうなの?
話の流れからして、てっきりそういう関係でエリーゼさんとクレイチェット先生が繋がっていると思ったんだけど……
「私とクレイチェット先生は昔からの知り合いなんです。確かに私はごく短期間『ハーフェン魔術学校』に直接所属していたこともありましたが、今は野良の冒険者。この子達を預かってるのもあくまで別件。
今回の依頼は事情が事情なので、ほとんどクレイチェット先生から個人的に頼まれた形になりますね」
一応は学校を通しましたけど、とエリーゼさんは付け加える。
……事情が事情、か。
確かに学校内で【精霊】を巡る派閥争いがあるなら、個人的に付き合いのある人の方が信頼出来るだろう。
加えて、エリーゼさんは腕利きの冒険者だ。
クレイチェット先生が彼女を選んだのも頷ける。
――そんな会話をしていると、エリーゼさんの口元が緩む。
なんだか、今までとは違った笑い方だ。
「クレイチェット先生の頼みなら、私も断れませんでしたし? だってあの人ったら、手紙に"どうか協力してほしい。報酬は弾むから"なんて書くんですよ? 本当、無防備で可愛い人ですよね。フフ……どんな報酬を、要求しちゃおうかなぁ……」
エリーゼさんはまるで美味そうな獲物を連想する獣の如く、据えた目をする。
僕はそんな彼女の目を見て、ゾワッと悪寒を覚える。
「あ、あの、エリーゼさん……?」
「長生きしていると、色々なことに興味が出てくるモノです。
ところで【伝説の双子の大賢者】――――いいえ、セレーナさんとコロナさんは"女の子同士の恋愛"についてご興味ありませんか?」
半ば僕を無視する勢いで、彼女はセレーナとコロナに向けてずいっと身を乗り出す。
顔は笑っている。美人だし可愛らしい。
だが何故だろう、なんというか、変なベクトルで恐怖を感じる。
「い、いえっ!? 私達は、そういうのに興味は……!」
「あ、アタシ達が好きなのはパパだけだから……!? アイムストレート! アイムストレート!」
二人揃ってブンブンと首を左右に振り、拒絶の意思表示をするセレーナとコロナ。
明らかに貞操の危機を感じている。
「遠慮しなくても良いのですよ? 私は、どうせ生きとし生ける者達はいずれ"女の子同士の恋は神秘"という根源の答えに辿り着くと信じていますから。やっぱり純愛って素晴らしいですよね? ね?」
――端からエリーゼさんの話を聞いていて、僕は内心で「あ~、さっきの言葉の意味がわかった」と思った。
エリーゼさんってもしかして…………いやもう確定的に、"ソッチの人"なのかぁ、と。
冒険が終わったら、身体を張ってくれたクレイチェット先生にもう一度心からお礼を言おう。
僕はそう決意したのだった。




