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第二十八話 斥候のエルフ


「うぅ……き゛、き゛も゛ち゛わ゛る゛い゛……」


 ダラム鉱山にて、鉱山夫達を助けた翌日――

 まだ昼間にも関わらず、僕はフラフラと千鳥足になりながら『ディカーラ』の通りを歩いていた。


「大丈夫ぅ? 顔色悪いよパパぁ?」

「だ、大丈夫……なんとか……ギリギリ……」


 背中をさすってくれるコロナに対し、青白い顔で笑う僕。

 

 結局ダラム鉱山での一件の後、僕、セレーナ、コロナの三人は、鉱山夫の男達に宴の席を設けられ、熱烈な歓待を受けた。

 それはそれは、盛大な宴になったよ。


 僕がお金は受け取れないと意地を張ったのもあったと思うけど、その分もプラスしてお酒やら料理やらを振舞われた。

 お店を貸し切って深夜までドンチャン騒ぎを続け――


 その結果、僕は晴れて二日酔い状態、というワケである。

 まあ、皆が無事なのは良かったし、お礼をしてくれたのは嬉しかったしさ……

 オマケに宿まで用意してもらっちゃったし……


 こうして道を歩いていても、街の人々が笑顔で手を振ってくれる。

 昨日の今日で、僕達の顔は『ディカーラ』の人々に知れ渡ってしまった。

 

 故に、あまり情けない顔もしていられない。

 気分は優れないけど、コレも良い思い出として、享受しておこう。


 あ、一応言っておくと、セレーナとコロナにお酒は飲ませていないからね。

 彼女達にはまだ早い。


「さて――冒険者ギルドに着きましたわよ、お父様。エリーゼさんが待っていますし、シャキッとして参りましょう」


 セレーナに言われて顔を上げると、つい昨日見た看板と同じ冒険者ギルド『閃電の岩々(フルグライト)』という文字が目に入る。

 

 鉱山夫達から熱烈な歓待ラブコールを受けたこともあって、"水先案内人"であるエリーゼさんは空気を読んで「明日、冒険者ギルドで会いましょう。その時に詳しい話を」と言い残して去って行ったのだ。


 そうして、今日。

 今度こそ、この建物の中に【雷の精霊】へと続く鍵が待っている。


 僕は気持ちを切り替えて、出来るだけキリッとした顔つきになる。

 気分の悪さは……意識しないようにしよう、極力。がんばれ僕。


 そして、入り口のスイングドアを開けると――――


「いらっしゃいませ、旦那様(マイダーリン)☆ 冒険者ギルドに登録する? "攻略許可証"を発行する? それとも……わ・た・し?☆」


 …………受付嬢であるジェラータさんが、迎えてくれた。

 女性らしいくびれた腰をくねらせ、僕に向かって投げキッスをしながら。


「……ジェラータ、さん?」

「あら、名前を憶えててくれたのね! 嬉しいわ! 流石、私の未来の旦那様(マイダーリン)☆」


 ジェラータさんはニコニコと嬉しそうにしながら、僕へと近づいてくる。

 

「聞いたわ。鉱山の落盤事故から、鉱山夫を大勢助け出したんですって? 凄い活躍じゃない」

「それは……まあ、ハハハ。皆無事で良かったですよね」

「んもう、そういう謙虚な所も筋肉バカの冒険者とは違って素敵!」


 当然と言えば当然だけど、昨日の一件は彼女の耳にも入ったらしい。


 思い返せば、冒険者ギルドへの登録も"攻略許可証"の申請も途中だった。

 だからジェラータさんは今日も僕らがギルドを訪ねてくると予想していたのだろうが――もしかして、ずっと僕が来るのを待ってスタンバっていたのだろうか。

 さっきのお出迎えをするために。

 それはそれで凄いバイタリティだけど、そのエネルギーは別の方向に向けるべきじゃないかな……

 

 僕が対応に困っていると、セレーナとコロナが僕らの間に入ってくる。

 彼女達は露骨に敵を見る目をしながら、


「……申し訳ありませんが、(わたくし)達には急ぎの用事がありますの。貴女に構っている暇はありませんわ」

「そーそー、それにパパはおねーさんみたいな年増(・・)には興味ないってさ」


 ピクッ、っとジェラータさんの眉が動いた。

 笑顔も微妙に引き攣った感じになる。


「フフフ……貴女達、彼に男手一つで育てられたの娘さんなんですってね? 良いお父さんをお持ちだわ。

 でも知ってる? 現実的な男って、あまり歳が離れてる相手はむしろ避ける傾向があるのよ? 実際、彼と私くらいの年齢差はベストなの。

 だからいつか……私が貴女達の"義母(おかあさん)"になる日がくるかもしれないわね」


「来ません、永遠に」

「来ないよ、絶対に」


 ――――ジェラータさんとセレーナ&コロナの間で、バチバチと激しく火花が散らされる。


 怖い……完全に女の戦いが勃発してる……

 逃げられるなら今すぐ逃げたい……

 僕はガタガタと震える。


 すると――ジェラータさんが「フゥ」と息を吐き、


「とはいえ……恋も戦いも"押し引き"が大事なのよね。急ぎの用事があるのも本当みたいだし」


 彼女は、広間(フロント)にあるテーブル席の方向を指差す。


 その先には――深緑色のフードを被ったエリーゼさんが座っていた。

 エリーゼさんは、僕らに向けてヒラヒラと手を振ってくれる。


 どうやら、彼女がジェラータさんに最低限の話をつけてくれたようだ。

 【精霊】に関する話は……おそらく漏らしていないだろうけど。


 ジェラータさんは僕らに対し、


「はい、コレ。三人分のギルドカードと"攻略許可証"よ。コレで貴方達も、晴れて冒険者の仲間入り。『雷電の洞窟』へも自由に出入り出来るわ」


 僕達の名前が記された冒険者ギルドカードと、同様に三枚の"攻略許可証"を手渡してくれる。


 ……十七年振りの、ギルドカードだ。


 僕のギルドカードに記されたランクは"Bランク"。

 かつて、僕がジョッシュ達のパーティに所属していた時と同じランクだ。


 冒険者は基本的に"経験"を重んじる部分があるため出戻り組は多少優遇されており、引退前のランクで登録し直すことが出来る。

 また個人に関する情報はギルド全体で一括管理されているから、ジェラータさんが調べてくれたんだろう。仕事の早い女性だ。


 けどまさか……もう一度コレを持つ日が来るとは、少し前までは夢にも思わなかった。


 本当に、セレーナとコロナには感謝しなきゃ、だな。


 ジェラータさんは僕らがカードを受け取ったのを確認すると、


「……深くは聞かなかったけど、これから各地を冒険して廻るつもりなんでしょ、貴方達って。それなら、ゆっくりと心の距離を縮めていくことにするわ。その方が、貴方みたいな男は堕としやすいもの」


 エリーゼさんはウィンクすると、僕らの前から去っていく。


 ……まあ、確かに【精霊】と会うために様々な場所へ冒険することにはなるだろう。

 けど各地を巡るってことは、この建物に戻ってくることは少ないと思うんだけど……

 それなのに、どうやってゆっくりと距離を縮めるつもりなんだろう?


 僕は不思議に思ったが、ともかく引いてくれるのはありがたかったので、深く言及することはしなかった。




「――こんにちは、皆さん。昨日ぶりですね」


 僕ら三人が広間(フロント)のテーブル席までやってくると、エリーゼさんが挨拶してくれる。


「ええ、昨日はなんだか気を使って頂いて、すみませんでしたね」

「お気になさらず。それに……【伝説の双子の大賢者】は疑うべくもないですが、エルカンさんの"実力"が少しわかったのは、こちらとしても安心しました。まさかアダマンタイトに弱体化(デバフ)をかけるなんて……」


 クスクスと笑うエリーゼさん。

 ……まあ、人によっては笑ってもおかしくないよなぁ。

 アダマンタイトの硬度を弱体化(デバフ)で下げる話なんて、もし他人事なら僕でも笑うかもしれない。


「さて……それでは改めまして、ご挨拶させてもらいましょう」


 エリーゼさんはフードを脱ぎ、その長く美しい耳を僕らの前に晒してくれる。


 実は――僕は『エルフ族』の人と直接話すのは、これが初めてだ。


「私の名前はエリーゼ・アールヴ・スカンディナビア。冒険者ランクはA。主に【斥候(スカウト)】のポジションを担当しています。

 クレイチェット先生の期待を裏切らないように…………しっかりと、皆さんをサポートさせて頂きますね」


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