第二十七話 パパは救世主?③
「鉱石を相手に、かぁ……やったことはないけどさ……」
そう、僕の思い立った方法。
それはズバリ――――アダマンタイトの塊に"弱体化をかけて、削り易く出来ないか"ということだった。
一応、弱体化魔術は生物・非生物関わらず、術者が対象を一定距離内で視認すればかけることは出来る。
しかしマトモな冒険者ならば、アダマンタイトの塊に弱体化をかけて防御力――いや、この場合は硬度かな? ソレを下げようなどと思い付くことはないだろう。
僕だって今まで考えたこともないし、試そうと思ったこともない。
それでもすぐに思い付いたのは……僕が下降支援魔術しか能がないから、だと思う。
だから、上手く出来るかわからないけど――
僕は、杖を構える。
そしてスゥっと息を吸い、
「――"万物に流れし普遍の理気よ、暗く濁りし陰の下降、エルカン・ハルバロッジの名の下に、彼の護りを削ぎ落とし給え"――――《ハードネス・ダウン》」
詠唱し――魔術を発動する。
一瞬だけ、アダマンタイトの塊が黒紫色の膜に覆われたのが見えた。
僕はアダマンタイトの塊をじっと見つめる。
すると、僕にだけ見える形で"アダマンタイトの硬度"がハッキリと低下しているのが確認出来た。
良かった――成功だ。
しかも、想定以上に低下してるっぽい。
コレは数値だけなら、僕の最高弱体化記録更新だな。
昔、"アダマンタイト製の防具は攻撃魔術にも耐えるが、それは硬さに任せて守ってるだけで、本来は魔術自体への抗体は低い"って話を聞いたことがあった。
それは、どうやら本当らしい。
「えっと、すみません。ツルハシ――いえ、スコップを持ってきてくれますか?」
僕は鉱山夫の男にお願いする。
「す、スコップ……ですかい?」
「ええ……あ、いや、一応念のために、ツルハシも持ってきてもらおうかな……? とにかく急いで」
自分で言っておいて微妙に自信がなくなった僕は、とりあえず、両方持ってくるように頼んだ。
この感じなら、スコップでもいけそう……な気がするんだけど……
――鉱山夫の男は、すぐにスコップとツルハシを持って戻ってくる。
僕はスコップを借りると、グッと振り被り――
「よっ――と」
アダマンタイトの塊に、スコップを突き入れる。
すると、
――サクッ!
っという小気味良い音と共に、スコップの先端がアダマンタイトに刺さった。
「……ふぅ、よしよし、ちゃんと硬度が"九割"は下がってるな。これなら簡単に掘れる」
僕はアダマンタイトをサクサクと掘り進めてみる。
良い感じだ。
これなら、普通に地面の砂を掘るのと変わらない要領で作業出来るだろう。
「な……な……ンな……!」
そんな僕を見て、鉱山夫の男は大きく口を開けて茫然とする。
セレーナとコロナも目を丸くして、驚いたような表情をしていたが――
「す――――すっっっっっごいよ、パパぁ!!!!!」
「本当ですわ! 凄すぎます! 流石はお父様ですわ!!!!!」
まるで自分事のように飛び跳ねて喜び、僕へと全力で抱き着いてきた。
「うわっ!? ちょ、危ないから離れなさい!」
「私感激です! やはりお父様は、"下降支援魔術の天才"なのですわ!」
「アダマンタイトに弱体化をかけるなんて、全然思いつかなかったよぉ♪ しかも四~五割どころか九割も防御力を下げるなんて、やっぱりパパは本当に凄い人だぁ♪」
二人は僕をがっちりとホールドし、コロナに至っては頬にチューまでしてくる。
いや、嬉しいよ? 娘に好かれるのは嬉しいし、【賢者】に褒められるのも嬉しい。
だけど、この"抱き着き癖"はなんとかしないとなぁ、と思う今日この頃の父。
「……さて、それでは引き続き、私達が《サンダー・ブレード》で――」
「いや――待っておくんな、お嬢さん」
やる気を取り戻し、再び魔術を詠唱しようとしたセレーナを、鉱山夫の男が呼び止める。
「その……正直、まだこの目で見た光景を信じらんねえけどよ……とにかく"掘れる"ようになったんなら――どうかその道のプロに、任せちゃくれねぇかい」
これまで悲嘆に暮れていた彼の目が、生気に満ちる。
希望を取り戻した――男の目だ。
「――――オラァ! ボサボサすんじゃねぇ! 向こう側で、仲間が助けを待ってんだぞ! 全員手が動かせなくなるまで、必死で掘れやぁ!」
「「「応ッ!!!」」」
鉱山夫の男の怒鳴り声に、他の鉱山夫達が威勢よく返事をする。
彼の呼び掛けにより集まった鉱山夫達は、皆スコップやツルハシを手に、弱体化のかかったアダマンタイトの塊を掘削していく。
彼らは落盤事故から逃れられたダラム鉱山の鉱山夫達であるらしく、誰も彼もが全力で仲間を助けようと腕を振るっている。
その掘り進むスピードは尋常ではなく、とてつもない速さでアダマンタイトにトンネルが掘られていく。
流石は鉱山夫、掘削のプロの面目躍如といった感じだ。
――で、僕はというと、何故か彼らに混じってスコップを振るっている。
いや、別に強制されたワケじゃないよ?
初めからスコップを持ってたというのもあるし、流れで参加してたら抜け難くなってしまったというか……
正直僕は全然体力もないし、ここ何年もロクに身体を動かしてこなかったから、かなりキツい。
というか役に立っている気がしない。
いやまあ、弱体化はかけ続けてるけど。
細身の僕がムキムキの筋肉をしている鉱山夫達に囲まれている様子は、傍からはさぞ浮いて見えることだろう。
魔導士に肉体労働は無理があるって。
「ぜえ……ぜえ……!」
「お父様ー! ファイトですわー!」
「がんばれ♪ がんばれ♪」
後ろで、セレーナとコロナがエールを送ってくれる。
この歳になって愛娘から応援されるのは、あらゆる意味で身に染みるなぁ。
よーし、パパ頑張っちゃうぞー。
……でもハッキリ言って、もう体力の限界です。吐きそう。
そんな感じで、僕の肉体が悲鳴を上げていると――
――――バコッ!
鉱山夫の一人のスコップが、アダマンタイトに"穴"を開けた。
そう――ついに"貫通"したのだ。
「あ――空いたぞ!」
鉱山夫達は、"穴"の周辺を急いで掘る。
その"穴"は瞬く間に広がり、すぐに人間が一人は通れるほどの広さになった。
そして、その"穴"の向こうに見えたのは――――
「あ…………」
まだ十代半ば――恐らく十五歳前後の、少年の姿。
そんな彼の後ろには、大勢の鉱山夫らしき姿も見える。
「お…………おおお……!」
「と……父ちゃんッ!!!」
少年はこちらに走ってくると、鉱山夫の男にガッチリと抱き着く。
どうやら彼が、生き埋めになってしまったという息子のようだった。
「こ、怖かった……怖かったよぉ、父ちゃぁんッ!」
「よ……良かった……! 良かったなぁ……本当に良かった……!」
少年も鉱山夫の男も煤まみれの姿で抱き合い、ボロボロと大粒の涙を流して再会を喜び合う。
他に生き埋めになっていた鉱山夫達も、助け出した仲間達と抱擁し合う。
皆「もうダメだと思った」「生きてて本当に良かった」と口々に話し、生の喜びを分かち合った。
僕は地面に尻餅をつきながら、その様子を見守っていた。
「……良かったですわね、お父様」
「これが感動の再会ってヤツだよねぇ。なんだか貰い泣きしそう」
セレーナとコロナも、皆の無事を心から喜ぶ。
「ああ……そうだね。本当に……」
僕も自然と口元が緩み、笑顔になってしまう。
――【黒魔導士】に求められるのは、戦闘における決定打である。
故にその魔術は攻撃的であり、敵を破壊し、焼き尽くすことこそが至高とされる。
僕もそんな【黒魔導士】に憧れている。
だけど今はまだ、僕は下降支援魔術だけが取り柄の底辺【黒魔導士】だ。
少なくとも、自覚としてはそんな感じ。
でも――そんな下降支援魔術で、人を救えることもある。
人の役に立てる時もある。
いやはや……良い勉強をさせてもらったなぁ。
僕がしみじみとそんなことを思っていると、鉱山夫の男とその息子が、僕の下へやってくる。
「……この子を助けられたのも、仲間が助かったのも、全部旦那のお陰でさぁ。旦那は、俺達の"救世主"だ。本当に、ありがとうごぜぇやした。もう、なんてお礼をしていいのやら……」
彼らは深々と頭を下げる。
僕は立ち上がってお尻の砂を払うと、
「いいんですよ、気にしないで下さい。僕にもこの子達がいるからわかります。子供は……なにより大事な宝物ですもんね。そう思うのが、"親"って生き物ですよ」
僕はセレーナとコロナの肩を持ち、優しく抱き寄せる。
すると彼女達は、ニッコリとした笑顔を見せてくれた。
「……旦那は、本当に父親の鑑のようなお方だ。俺も見習わねえといけねぇな。
…………このご恩は、決して忘れねぇ。どんなに礼をしても、返しきれねえほどだ。
とにかく、今夜は鉱山夫総出で旦那達を歓迎させてもらいてぇ。勿論、謝礼もたっぷりと――」
「ち、ちょっと待って下さい。お金なんて貰えませんから。それより、早くここから出ましょう。弱体化は既に解除していますが、これからアダマンタイトが崩れる可能性だって捨て切れません」
僕はそう言って、鉱山からの脱出を催促した。
如何にアダマンタイトの塊が硬かろうと、トンネルが空いた状態では強度に不安がある。
こちらの意を察してくれた鉱山夫の男は他の仲間達に呼び掛け、すぐに全員で移動を始める。
幸いにも、僕らが鉱山を出るまでアダマンタイトの塊が崩壊することはなかった。
そして僕が先頭に立って、鉱山から出る。
――眩い日光が、一瞬視界を奪う。
刹那――――ワッ!とした歓声が僕らを包んだ。
ダラム鉱山に集まっていた野次馬達が、一斉に拍手喝采したのである。
同時に、僕らは嬉々とした野次馬達に囲まれる。
「すげえじゃねえか! 全員無事だったのかい!」
「魔導士のあんちゃんが皆を助けたのか? やるじゃねえか!」
「お前さん達は、『ディカーラ』の英雄だぜ!」
参ったなぁ、なんだか街の人々に"英雄"扱いされてしまっている。
今後のこともあるし、正直あまり目立ちたくないんだけど――
「そうですわよ、皆の衆! ここにおわすエルカン・ハルバロッジという超天才【黒魔導士】が、鉱山の方々を救ったのです! さあ街の住人よ、我が父の名を伝説として語り継ぎなさい! オホホホホ!」
「アタシ達のパパなんだよ~、凄いでしょ~♪ もっと褒め称えてあげて~♪ ハイ、拍手~♪」
セレーナとコロナが、ここぞとばかりに野次馬を煽る。
それに乗せられて、人々の熱気がさらに高まった。
……止めてくれ、頼むから止めてくれ……
「っしゃ! 英雄を皆で胴上げだ!」
「おら、ワッショイ! ワッショイ!」
僕は人々に担がれ、そのまま天高く胴上げされてしまう。
「う、うわあああ! や、止めてくださいよぉ! セレーナとコロナも止めてってば~!」
僕の悲痛な叫びも虚しく――なんならセレーナとコロナも胴上げに加わって、場の高揚感は最高潮に達していた。
だが――――そんな時、
「フフ……"『ディカーラ』の英雄"とは、いきなり大層なご活躍ですね、エルカン・ハルバロッジさん」
深緑色のフードを被った女性が、僕に向かってそう言った。
瞬間、大衆の注目が彼女に向けられ、僕の胴上げが止む。
「けれど、探す手間が省けて助かりました。クレイチェット先生からは"【伝説の双子の大賢者】とその父親が向かう"としか知らされなかったので……」
「え、えっと……もしかして、貴女が……?」
この物言いは――間違いない。
そうだ、この女性こそが、僕らが探していた人物――
彼女は深緑色のフードを脱ぎ、その姿を晒す。
特徴的な、長く尖った耳。
エメラルドグリーン色の髪と瞳。
そう、彼女は――――僕ら人間が、『エルフ族』と呼ぶ存在だった。
「ええ……私が『雷電の洞窟』の"水先案内人"――――エリーゼ・アールヴ・スカンディナビアです。以後……良しなに」




