第二十五話 パパは救世主?①
「? な、なんだ?」
外から聞こえてきた叫び声は、冒険者ギルドの広場まで響き渡った。
それまで賑わっていた冒険者達も、不穏な空気を感じ取る。
「な、なんでしょうか、お父様……?」
「わからないけど……とにかく外に出てみよう」
僕ら三人は状況を確認すべく、建物から出る。
街の住人が騒ぎ立てる理由なんて幾らでも思い付くけど……例えば火事とか、モンスターが襲ってきたとか?
いずれにせよ、話を聞いてみないと何が起きたのかなんてわからない。
僕達が外に出てみると、一人の鉱山夫らしき男が多くの人に囲まれていた。
鉱山夫は酷く焦った様子で、街の住人達に話をしている。
「ら、落盤事故だ! 北のダラム鉱山で崩落が起きて、仲間が"生き埋め"になっちまったんだよ! 誰か、救助を呼んでくれェ!!!」
鬼気迫る表情で、鉱山夫は街の人々に訴える。
――"落盤事故"。
そんな穏やかでない言葉を聞いた僕は、自らの心臓が強く脈打つ感覚を覚えた。
「鉱山の中には、まだ仲間が五十人以上も残ってるんだ! そ、それに、まだ働き始めたばっかりの俺の息子も、そン中に……!
坑道がデッカイ岩で埋まっちまって、もう俺達の手に負えねえ! お願いだぁ! 誰か仲間と息子を助けてやってくれぇ……ッ!」
とうとう、鉱山夫の男はその場に泣き崩れてしまった。
「…………」
――五十人以上の鉱山夫と、彼の息子が生き埋めになっている。
僕はその話を聞いた瞬間、すぐに自分に出来ることはないかと考え始めていた。
……仲間のみならず、自分の子供までもが生き埋めになっているなんて――
僕も、愛する娘達がいるからよくわかる。
子供が生死の危機に瀕した時、そしてそれを救う力が自分には無いと理解した時――
どんなに惨めと言われようと、親ならば子を救う方法に縋るだろう。
苦楽を共にしてきた仲間もいるなら、尚更だ。
だから僕は、どうしても彼を放っておけなかった。
感情移入出来てしまうからだ。
もし――自分が逆の立場だったら、と――
しかし、僕に出来ることなどあるのだろうか?
鉱山夫とは、鉱業ギルドに属する採掘のプロだ。
そんな彼らが"手に負えない"という事態が、最早想像出来ない。
そんな状況で、たかが一介の魔導士である僕に――
「お父様、鉱山へ行きましょう」
思考が堂々巡りする僕に、セレーナが声を掛けた。
「え――?」
「こんなのさ、放っておけないよ。パパだってそうでしょ?」
コロナも、珍しく真剣な表情になっている。
どうやら彼女達も、鉱山夫の男に情が移ったようだった。
――セレーナもコロナも、困っている人を放っておけない優しい性格に育ってくれて、僕は本当に嬉しい。
「……ああ、そうだね。何が出来るのかは、わからないけど――」
僕は人込みをかき分け、泣き崩れる鉱山夫の男の下までやってくる。
そして、
「……すみません、そのダラム鉱山という場所に、案内してくれませんか」
そう、声を掛けた。
◇ ◇ ◇
――僕、セレーナ、コロナの三人は、鉱山夫の男に案内されてダラム鉱山という場所までやってくる。
坑道入り口の周辺は大勢の野次馬が集まっており、事態の深刻さが伺えた。
「こ、こっちですぜ、魔導士の旦那!」
鉱山夫の男に導かれるまま、僕ら三人は坑道の中へと入っていく。
そしてしばらく歩くと――
「コレが……」
そこには確かに、坑道を完全に塞ぐ巨大な岩石があった。
巨大と一言で表しても、この岩石が全体的にどれほどの大きさなのか、想像も出来ない。
間違いなく言えるのは、道を塞いでいるのは"氷山の一角"に過ぎない、ということくらいだろう。
オマケに――僕はその岩石に、違和感を感じた。
「コレ……ただの岩じゃないぞ。色が変だし、妙に滑らかだし……」
そうなのだ、一目見てわかるのが、明らかに普通の岩ではないという事実。
色はくすんだ銀色をしており、その表面は艶々して丸みを帯びている。
何らかの"鉱石"であることは予想できるのだが――
「そ……そうなんでさあ。色々試してみたんですが、傷一つ付きゃしねえ。しまいにゃ、ツルハシが折れる始末だ。あんまり考えたくはないんですが、その、この岩は……」
鉱山夫の男は、顔色を真っ青に染めて口ごもる。
鉱石のプロである彼は、この岩の正体に薄々気付いているようだった。
「ちょっとぉ、もったいぶらないで教えてよ。コレ、一体なんなのさぁ」
しびれを切らしたコロナが、単刀直入に尋ねる。
すると――
「た、たぶん、なんですが……この岩は――――"アダマンタイト"の塊、なんじゃねぇかと……」
「――!? あ、アダマンタイトだって!?」
僕は絶句する。
"アダマンタイト"――
それはこの世に存在する鉱石の中で、一、二を争うほどの硬度を誇るとされる希少金属。
アダマンタイトから鍛えられた剣は古龍の鱗を貫き、製造された鎧はケルベロスやマンティコアの牙すらも防ぐと言われる。
加工には極めて特殊な鍛造技術が必要とされ、その産出率の低さも相まって"幻の鉱石"なんて呼ぶ鍛冶師もいるほどだ。
もし、これほど巨大なアダマンタイトの塊が普通に採掘されたなら、彼らダラム鉱山の鉱山夫はさぞ喜んだことだろう。
鉱山の資金も、かつてないほどに潤ったはずだ。
だがこうして現れてしまうと――コレは、生と死を分かつ最悪の壁となる。
「い、今までウチの鉱山で、アダマンタイトなんて採れたことなかったのに……どうしてこんな……」
鉱山夫の男は、絶望感に打ちひしがれる。
「なるほどね……通常の掘り方じゃ、まず無理だろうな……」
――そう、通常の掘り方ならば。
だけど、
「あら、そういうことでしたら――」
「アタシ達の出番だよねぇ♪」




