第二十四話 冒険者ギルドへ
――――冒険者ギルド『閃電の岩々』。
僕らが辿り着いた木造の建物には、そんな看板が掛かっていた。
建物自体は少し大きめの宿屋、といった風貌で、中の広間にはそれなりの人数が入れるようになっている。
「ここが、『ディカーラ』の冒険者ギルドみたいだね」
「では、さっそく入ってみましょうか」
僕ら三人は、入り口のスイングドアをギイッと押して、中へと入っていく。
そして見えてきたのは、受付嬢のいるカウンター、冒険者達が談笑するテーブル席、何十もの依頼が張り付けられた掲示板――
……懐かしい。
なによりも先に、僕はそう感じた。
もう十七年も前のことなのに、この雰囲気はハッキリと覚えてる。
冒険者達は皆、鎧や皮装備に身を包み、思い思いの武器を携えている。
ある者は昼間から酒を飲み、ある者はテーブルで腕相撲し、またある者は美人な受付嬢を口説いている。
一見すると、荒くれ者達のたまり場にしか見えないが――この空気感こそが、かつて僕が身を浸していた場所なのだ。
"郷愁"――
今、僕の胸に去来している感情は、ソレだった。
「ウフフ、懐かしいですか? お父様」
いつものようにセレーナが僕の顔を覗き込み、そう聞いてくる。
「うん……あんまり、良い思い出はないはずなんだけどね」
そうなんだよね、自分でも不思議な感じだ。
ハッキリ言って冒険者時代は、良い思い出よりも悪い思い出の方が多い。
特にパーティメンバーから追放された時のことなんて、たまに悪夢で見るほどだったんだけど……
別の地とはいえ、再びこうして冒険者ギルドに足を踏み入れてみると、何故か嫌な気分にはならない。
「もう昔のことなんてカンケーないよ♪ パパの新しい冒険者人生は、今この瞬間から始まるんだしさ!」
コロナも笑って励ましてくれる。
そうだな、僕はこの子達と、冒険者の道をもう一度歩むと決めたんだ。
昔のことは忘れて、心機一転頑張ろう!
僕は心の中で鼻息を荒げた。
「ハハ、そうだね。よっし、それじゃあとにかくクレイチェット先生の言ってた"水先案内人"を探そうか――と、言いたい所だけど」
僕は広間の中を見回してみるが――正直、誰がその"水先案内人"なのかさっぱり見分けがつかない。
『ハーフェン魔術学校』の関係者だから、魔導士の格好をしている人かな?と思って見てみても、冒険者パーティに所属しているであろう魔導士が相当数の割合でいるため、やはり見分けられない。
一人っぽい魔導士の姿も、ない。
いや、そもそも"水先案内人"が一人なのかもわからないが。
「それっぽい人は、見当たらないね……。仕方ない、とりあえず受付で話を聞いてみようか」
闇雲に探しても仕方ない。
受付の人なら、もしかしたら『ハーフェン魔術学校』の関係者を知っているかもしれない。
そう思い立った僕は、さっそく受付に向けて歩き出す。
タイミングよく冒険者の男が受付嬢を口説き終えたようで、彼女の下を去っていく。
結果は……見る限り惨敗のようだ。
「あの~……すみません、ちょっとよろしいですか」
僕が受付嬢に声をかけると、振り向きざまにキッと鋭い目で睨まれる。
おおかた、別な冒険者が口説きに来たとでも思ったんだろう。
しかし彼女は僕の顔を見ると、すぐにハッとしたような表情に変わった。
「あら……? 貴方、見ない顔ね。新入りさん?」
受付嬢のお姉さんは金髪碧眼で、キツめの顔つきをした美人さんだ。
年齢は、おそらく二十代半ば~後半くらい。
冒険者ギルドの受付にはこういった見目麗しい女性が配属されることが多いが、やはり荒くれ者達を手際よく捌いていかなければならない職業上、気の強い人が多い。
そんなSっ気が堪らないという冒険者もいるらしいが……僕の趣味ではないとだけ言っておこう。
そしてこの受付嬢さんも、御多分に漏れず気の強そうな女性だ。
「ええ、ついさっき街に着いたばかりでして。少々お聞きしたいことが――」
「待って。言わなくてもわかってるわ。冒険者ギルドへの登録か、そうでないなら『雷電の洞窟』の"攻略許可証"が欲しいんでしょ?」
――"攻略許可証"。
聞き慣れない言葉だった。
冒険者ギルドへの登録、というのはわかる。
僕も昔は冒険者だったワケだから、当然登録をしたことがある。
ギルドカードも保持していた。
しかし冒険者ギルドは、"冒険者としての活動、及びダンジョンの攻略を三年以上行わなかった者からは自動的に登録を剥奪する"とう決まりがあるため、僕の有効期限はとっくの昔に切れている。
だから冒険者になるには、新しく作り直さねばならない。
ここまでは、ブランクがある僕でも理解できるのだが――
「えっと、その"攻略許可証"というのは?」
「あら、本当に新米なのね。――いえ、もしかして"出戻り組"かしら」
お、鋭い。
流石は数多の冒険者を見てきた受付嬢。
「流石ですね。僕はまあ……冒険者をやってたのは十年以上前ですけど」
「それなら、知らないのも無理ないわ。
少し前まではギルドに登録した人ならどんなダンジョンにも入れたんだけど、ここ最近は特定の場所で冒険者が失踪したり、被害が急増したりってことが立て続いてるの。
だからギルドは、特に問題が顕著な場所には"攻略許可証"がないと入れないような制度を作ったのよ。オマケに、"攻略許可証"があっても立ち入れない場所を設けたりもしてる。
『雷電の洞窟』も、その一つね。所詮は地方のBランクダンジョンだったのに、こっちは仕事が増えていい迷惑だわ」
――へえ、興味深い話だな。
確かに、僕が若い頃にそんな決まりはなかった。
もしかしてこれは、『ハーフェン魔術学校』が冒険者ギルドに掛け合って、【雷の精霊】を隠蔽してくれてるのか……?
いや、でもそれだと『雷電の洞窟』を立ち入り禁止にすればいいだけのような……
そこまで大々的にやる意味があるのか……?
なんだか微妙にきな臭いなぁ、なんて思う僕。
しかし僕らは『ハーフェン魔術学校』からの手回しがあるから、どっちみち入ることになるんだけどさ。
「そうなんですね……。とりあえず、冒険者ギルドへ登録をお願いします。僕と、彼女達の分も」
いい機会だから、三人まとめて冒険者ギルドに登録しておこう。
【賢者】であるセレーナとコロナはともかく、僕はギルドカードを持っておきたいし。
「わかったわ。少々お待ち下さい」
受付嬢のお姉さんはビジネススマイルを作ると、すぐに準備を始めてくれる。
登録用紙らしき紙に、サラサラとペンで文字を書いていく。
「でも嬉しいわぁ。この辺の冒険者は筋肉ダルマのチャラチャラした男ばっかりで、お兄さんみたいに知的な優男ってタイプは少ないのよ。だから歓迎してあげる☆」
「あ、アハハ……ありがとうございます。それと、ちょっと別の話をお尋ねしたいんですが」
「あら、なにかしら?」
「この辺で、『ハーフェン魔術学校』の関係者を見かけませんでしたか? 僕らも一応関係者なんですけど、この街で落ち合う予定になっていて――」
僕がそこまで口にすると――カラン、と受付嬢の持っていたペンが落下した。
「……貴方、『ハーフェン魔術学校』の人間なの……?」
「え? いや、まあ、なんというか……一応は、そうなるのかな?」
僕は別に学校の教師でも在籍者でもなく、生徒の親でしかないんだけど……
経緯の説明が面倒くさいし、【精霊】の話をするワケにもいかないし……
僕が曖昧な返事をすると――受付嬢の顔色が一変する。
「…………」
「あ、あの……?」
アレ……様子が変だぞ……?
もしかしてコレは、言わない方が良かったか?
魔術学校に対して因縁のある人、だったり?
僕は一瞬、かなり気まずくなるが、
「……玉の輿」
「はい?」
受付嬢のお姉さんは突然顔を上げ、僕にキラキラ――いや、ギラギラとした目を向ける。
「あ、あ、貴方"エリート"じゃない!? 『ハーフェン魔術学校』の先生なんでしょ!? 素敵! 最高! 私、貴方みたいな人と出会えるのを待ってたの!!!」
彼女は、僕の両手をガシッと握る。
うーん、細くて柔らかい女性の手の感触。
女の人に手を握られたのは、娘以外には初めてかもしれない。
でもなんでだろうな、ちっとも嬉しくない。
っていうか怖い。
「あ、あの、少し落ち着いて――」
「わ、私ジェラータ・グリセンティって言います! 年齢は二十七歳で、絶賛結婚相手募集中! 好みは細身で眼鏡で優しい年上の男性! 三十代半ばくらいの落ち着いてるエリートなら尚ベスト! ですから、この後お食事でも如何ですか!?!?!?」
凄い勢いで僕に迫ってくる、ジェラータという受付嬢のお姉さん。
さっきまでとは打って変わった口調に、その必死さが伝わってくる。
妙齢の女性のパワーは半端ないなぁ。
完全な勘違いをされてるけど、美人な女性に好意を持ってもらえるのは嬉しい。
嬉しい、のだが――
「い、いや~……そのご好意はありがたいんですけど、出来ればその、今すぐ僕から離れた方がよろしいかと……」
「……え?」
僕は、ゆっくりと後ろに振り向く。
僕に釣られて、ジェラータさんもその方向を見る。
僕らの視線の先には――
「フシュル~~…………フシュル~~…………」
「グルルルルルルルルルルルルルルル…………ッ!」
紅い瞳を妖しく光らせ、口から憤怒の煙を吹き出すセレーナ。
蒼い瞳に殺意を滾らせ、猟犬のように激しく威嚇するコロナ。
もう殺意全開である。
今の彼女達を見たら、悪魔も裸足で逃げ出すだろう。
なんなら僕も逃げ出したい。
「ひ、ひぃ……!?」
「……本当に命が危険なので、離れて下さい。お願いします」
僕はジェラータさんに手を放してもらった。
言葉通り、「あ、これは死ねるヤツだ」と本能で感じ取ったからだ。
いやまあ、セレーナとコロナが独り立ちしない内は、女性のパートナーなんて探す気はないけどさ……
……けどそもそも、彼女達は独り立ち出来るんだろうか。
そこからして不安だなぁ。
僕が娘達の将来に、もう何度目かの不安を覚えていると――――
「――――たっ、大変だ――――ッ!!!」
そんな叫び声が、外から聞こえてきた。




