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第二十三話 ディカーラの街


「うわああああああああああああああああああああッッッ!!!」



 ――――ズバアアアアアアアンッ!!!



 これで、二度目の落下である。

 あ、実家の古書堂前に落ちたのも見たから、正確には三度目かな?

 

 ともかく、僕自身が落ちたのはこれが二回目。


 いやあ、まさか数日の間に二回も高高度から落下する恐怖体験を味わうとは思わなかったなぁ、ハハハ。


「いった~~~い…………ちょっとぉ、セレ~~~ナ~~~……?」


 砂煙の中で、ぐったりとうつ伏せに倒れるコロナ。

 そのすぐ傍には、こちらも痛そうに尻餅をつくセレーナの姿が。


「あ、アハハ……お、おかしいですわね……? こんなハズでは……」


 苦笑するセレーナ。

 そりゃあ、あれだけコロナの雑な着地を責めていたのに、自分が同じことをしていたのでは笑うしかない。

 本人的には、まったく笑えない話だろうけど。


 しかし、キミ達はやっぱり根本的な所で"双子"だねぇ。

 

「…………お~い……助けてくれ~……」


 僕は愛娘達に救助を求める。


 なんで助けが必要かって?

 そりゃあ、顔面から盛大に地面に突っ込んで、頭が埋まった状態で腰を"くの字"に曲げるなんてみっともない格好になっていたら、一刻も早い救助が欲しくなるよ。


「お、お父様!? 今お助けしますわ!」

「あはは♪ パパってば変な格好~」


 相変わらず、みっともない姿の父を見て焦るセレーナと笑うコロナ。

 まあ、実際みっともないから、むしろ笑ってくれた方が気は楽なんだけど。


「もう、コロナ! 笑ってないでお父様を助けますわよ!」

「わかってるよぉ~。よい、しょっと!」


 セレーナとコロナが僕の身体を引っ張ると、スポン!という軽快な音と共に僕の頭は地面から抜ける。


 人生において経験は大事だと言うけれど、三十六歳になって地面に頭を埋めるという経験はしたくなかった。

 オマケに、愛娘に救出されるという、この。


「やれやれ……今後は、《ソアリング・フライ》の使用は出来るだけ控えようね……っと、眼鏡メガネ……」


 落下の直前にどこかへと吹っ飛んだ眼鏡を探す。

 すると、「あ、あったよパパ」とコロナが近場に落ちているのを拾ってきてくれた。

 割れてなくてよかった…… 


「お、ありがとう。どれどれ――それで、僕らは無事に『ディカーラ』に着けたのかな」

「それは心配ありませんわ。……ご覧下さいませ」


 セレーナが顔を上げると、以前と同じように砂煙が急激に晴れる。

 その向こうには――"壁"と"門"があった。


 だが、それは『ハーフェン魔術学校』のソレより小さく低い。

 街の規模が、それほど大きくないことを示していると言えるだろう。


 けれど同時に、その低い"壁"には『ハーフェン魔術学校』にはなかった特徴もある。


 "紋様"が描かれているのだ。

 激しく波打つ、青紫色で塗られた"紋様"。


 ありていに言って――僕にはそれが、空から大地へと降り注ぐ"雷"を描いているようにみえた。


「あの"紋様"は……」

「場所的に、あの壁の向こうが『ディカーラ』で間違いないでしょう。なんだか、とてもあからさま(・・・・・)な感じですけれど」

「とにかくさ、行ってみようよ! 別にダンジョンに潜るワケじゃないんだし!」


 はしゃいだ様子で、コロナが"門"へと向かって走っていく。


 確かに、彼女の言う通りだ。

 壁の紋様で一々驚いていては、先が思いやられてしまうな。

 僕はそんなことを思い、傍に落ちていた杖を拾い上げ、セレーナと一緒に歩き出す。 


 そして、僕は"門"にある詰所の窓口を覗き込んだ。


「すみませーん、どなたかいらっしゃいませんか?」


 すると、


「うお!? な、なんだお前さん!?」


 詰所の中では、年老いた衛兵らしき人物が一人、慌てて兜を被っていた。

 すぐ傍には槍も立てかけてある。

 『ディカーラ』はそれほど大きな都市ではないから、こういう税関の詰所にはあまり人員が配置されていないのだろう。


 ……彼はまあ、間違いなく僕らが落下してきた衝撃に驚いたんだろうなぁ。

 そもそも、飛行魔術なんて普通の人ではそうそうお目にかかれないし。


「い、いや~……なんと言いますか、つい今しがた空から落ちてきた魔導士です。驚かせてごめんなさい」

「ま、魔導士だあ? いやいや、まったく驚いたぜ……新手のモンスターの襲撃かと思っちまったよ」


 年老いた衛兵は落ち着きを取り戻し、兜を脱ぐ。

 そして僕達三人の顔を一瞥すると、


「最近の魔導士は、とうとう人間大砲でも始めるようになったのか? まあ、なんでもいいけどよ。

 しかし、お前さん方みたいな若ぇ奴らが来るのは珍しいな。冒険者かい?」


 人間大砲とは言い得て妙だけど、正直反論できないなぁ。

 実際、僕らが落ちた場所とかクレーターになってるし。


 それはそれとして、


「ええ、僕らは――」

「そうですわ! (わたくし)達はいずれ世界にその名を知らしめる、魔導士三人の冒険者パーティ!」

「その名も、家族の愛と絆で固く結ばれた『ハルバロッジ一家』! おじいさんも、よく覚えておいてよね♪」


 ビシィ!っと僕の両隣で、セレーナとコロナがポーズと決める。

 高らかに名乗る彼女達は、実に誇らしげな顔をしているが――


「「…………」」


 僕と年老いた衛兵は、当たり前のようにリアクションに困った。

 親である僕は、普通に恥ずかしくて顔が赤くなる。


「……なんというか、すみません、僕の娘達が……」

「お、おう、気にすんな。お前さんが父親なのかい? 大変そうだな、色々と……」


 ああ、わかってくれます?

 それはもう大変なんですよ、ええ本当に。

 

 僕は同情してくれる年老いた衛兵の言葉に、涙が出そうだった。


「そ、それよりちょっとお聞きしたいんですが、この街を囲う壁には随分特徴的な絵が描いてありますね? なにか意味が?」


 僕が興味本位で尋ねると、年老いた衛兵は「ああ」と顎を撫でる。


「あの"紋様"は、『ディカーラ』が出来た時からあるのさ。俺が生まれるよりも、ずっと前からな。

 この街には昔から"雷神信仰"っていう、雷の神様を祀る小さな宗教があるんだよ。壁の"紋様"は、そんな雷神様の力を書き記した、なんて言われてる。

 俺がガキの頃にゃ、悪いことすると雷神様が雷を落とすぞ、なんて親に聞かされたモンだ。

 ま、今となっちゃ"雷神信仰"は廃れちまって、ほとんど信徒なんていやしないがね」


「……へえ、"雷神信仰"……ですか」


 ――コレはまた、随分生々しい話(・・・・・)が出たものだ。


 間違いない。

 その"雷神信仰"は、【雷の精霊】が伝承として伝わった産物だ。

 きっと、大昔にその力を目の当たりにした人々がいたんだと思う。

 よほど……強力な力を有していたに違いない。


 あ、ヤバい、なんか胃が痛くなってきた。

 頑張れ僕、まだ戦いは始まってもいないんだぞ。

 

 聞いて良かったような、聞きたくなかったような、そんな話を聞いて自らを奮い立たせる僕。

 とにかく、年老いた衛兵の話し方からすると【雷の精霊】の存在は、まだ街の人々には漏れていないようだ。

 その辺の手際は、流石『ハーフェン魔術学校』と言うべきか。


「ところで、早く『ディカーラ』に入りたいのですが、手続きをして下さいませんこと?」


 セレーナが仕切り直すように言う。 

 キミとコロナが一瞬、話の腰を折っていたような気がしなくもないが。


「おっと、そうだな。そんじゃあ、三人のギルドカードか身分証を見せてくれ。それから通行料は一人銀貨三枚だ」


 年老いた衛兵から提示を求められると、コロナが懐から証明書(カード)を取り出す。


「う~ん、ギルドカードはまだ持ってないから、これで良いかにゃ?」

「ん、どれどれ――――って、こッ、コイツはッ!?」


 コロナが出した証明書(カード)――といえば、アレ(・・)である

 そう、僕も実家で見せられて大層驚かされた、あの『ハーフェン魔術学校』公認の【賢者】の証明書だ。


 そんなモノを見せられたら――


「こっ、こいつは失礼致しやした! ま、まさか【賢者】様のご一行だったとは……!」


 普通の人なら、こうなる。


 魔術詳しくない人や魔導士と普段関わらない人でも、【賢者】という名称は知っている。

 それだけ【賢者】には権威と知名度があるのだ。

 存在自体が、童話や御伽噺になるくらいなのだから。


 なので、もしお目にかかれたら超ラッキー!という感じになる。

 

 おそらくこの年老いた衛兵は、僕らのことをCランクかBランク程度の冒険者だと思っていたはずだ。

 しかし、【賢者】となれば問答無用でSランク冒険者の扱いになる。

 だからこそ、その驚き様は半端ではなかったのだろう。


 セレーナは僕ら三人分の通行料、つまり銀貨九枚を年老いた衛兵の前に置くと、


「では、コレが通行料になりますわ。……残りの証明書の提示は、必要かしら?」

「い、いえ、結構です! どうぞ、お、お通り下さい!!!」


 年老いた衛兵の言葉を聞くと「では行きましょうか、お父様、コロナ」と門に向かってセレーナは歩いていく。


 娘達の後をついていく僕は「やっぱり【賢者】って凄いなぁ……」などと思ったり。


 街の"門"には鉄柵が下ろせる仕組みになっているようだが、普段は平和であるためか開けっ放しになっており、僕らはすんなり"門"を潜る。


 潜った先に見えた『ディカーラ』の街は、一言で表すと活気のある街だった。

 街の規模は、僕が古書堂を開いていた『リートガル』よりは栄えているが、都市化した『ハーフェン魔術学校』ほどではない。

 

 しかしどうやら採鉱業が盛んであるらしく、鉱石を満載した荷車を引く鉱山夫が、道行く人々に混じっている。

 そんなガタイの良い男達がまず目に付くが――それに混じって、鎧を着た剣士や、弓を携えた弓手などの"冒険者"も確認できる。


 冒険者がいるということは、街の近くに"ダンジョン"があるという証左だ。


「結構冒険者がいるなぁ……彼らも『雷電の洞窟』に向かうんだろうか」

「ええ、おそらく。あまりモタモタしない方が良いかもしれませんわね」

「それじゃ早く、クレイチェット先生の言ってた"水先案内人"に会わなくちゃ、だね!

 ……それで、その人は『ディカーラ』のどこにいるんだろ?」


 コロナが発した一言に、僕は「え゛っ」と聞き返す。


「……聞いてないの?」

「聞いてない♪」


 コロナの返事を聞いた僕は、セレーナへくるりと顔を向ける。

 すると、彼女は微妙に冷や汗をかきながら目を逸らした。


 ……キミ達、どうしてそう肝心な部分で抜けてるのさ……クレイチェット先生も……

 いや、細かく聞かなかった僕も悪いか……悪いな……

 

 僕は頭を抱えるが――


「……しょうがない、だったら一番そういう人が居そうな場所に行こうか」

「? どこなの、それ?」


 不思議がるコロナに対し、僕は、 


「決まってるだろう? ダンジョンに潜る冒険者が、必ず一度は顔を出す場所――――『冒険者ギルド』さ」


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