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第二十一話 お前のせいで彼女達は


「――はい?」


 紅いローブの男に呼び止められて、僕は足を止めて振り返る。

 対して、男の方はこちらに背中を向けたままだ。


 そして、男は――


「……"天陽の魔眼よ、夜闇を制す極光の波動"――』


「――! お父様、(わたくし)達の後ろへ!」

「パパ! 伏せて!」


 紅いローブ男の言葉を聞いたセレーナとコロナは、間髪入れず僕と男の間に入る。

 まるで、僕を庇うような感じで。


「"カール・(ツェット)・ツァイスの名の下に、光の槍で深淵を穿ち給え"――――《ピアシング・レーザー》」


 詠唱(・・)を終えるや、男はこちらに振り向き、彼の眼前に"巨大な眼"が現れる。

 そして"巨大な眼"の瞳に、光が収束されていく。


 僕は、あの魔術を知っている。

 アレは――光属性のB(クラス)攻撃魔術だ。


 だが、その魔術が僕らに向かって放たれる直前、コロナが先頭に出た。


「――《略唱》! 発動術式・()号・七十七番――――《ファントム・カバー》」


 瞬間、コロナが"漆黒のマント"に覆われる。

 こっちは闇属性のA(クラス)の防御魔術である。

 白魔術であるが、闇属性という珍しい魔術だ。


 刹那――"巨大な眼"から、光の線(レーザー)が放たれた。

 その攻撃は、コロナを覆う"漆黒のマント"に直撃する。

 

「むうううぅぅぅぅ~~~~……ッ!」


 "漆黒のマント"は光の線(レーザー)を拡散させ、攻撃から術者(コロナ)を護る。

 だが、お世辞にも楽にガード出来てはいない。


「こっ、コロナッ!!!」


 僕は愛娘を護ろうとするが、それよりもセレーナが動く方が速かった。


「《略唱》! 発動術式・()号・十四番――――《アクア・ウィップ》!」


 そう叫ぶや、彼女の右手に長大な"水の鞭"が現れる。

 水属性のB(クラス)攻撃魔術で、比較的接近戦で使われる魔術だ。

 だがコロナの使った魔術同様、そもそも白兵戦を苦手とする魔導士にとって、この手の魔術も珍しい部類に入る。


「――はあッ!」


 セレーナがそんな"水の鞭"を振るうと、鞭は変幻自在に長さを変え、さながら踊り狂う大蛇のように廊下を破壊しながら、紅いローブの男へと襲い掛かる。


「…………」


 それを見た紅いローブの男は攻撃魔術を中止し、回避行動を取った。

 

「……フム、悪くない反応だ。75点を与えよう」


 男は冷たい口調で、冷静にそんなことを言う。


「あら、思いのほか低い評価ですわね"ツァイス先生"。これでも気を使ったんですのよ?」

「非反射系の防御魔術に、非殺傷の攻撃魔術。その上、(やつがれ)本来の"得意魔術"を警戒しての《アクア・ウィップ》とは……甘く見られたものだ」


 ツァイスという男は、僕らに向かって歩いてくる。


「……咄嗟の事態に素早く対応して、《略唱》を使った点も評価しよう。しかし《略唱》は実質的に魔術の(クラス)を下げてしまうと、教えたはずだぞ?」

「フーンだ! ツァイス先生なんて、魔術の効果がワンクラス下がるくらいで十分だもんねーだ!」


 べー、っとコロナがツァイスに向けて舌を出す。

 非常に、ピリピリとした雰囲気だ。


「な……なに? 一体なにが起きてるのさ……?」


 僕は呆気に取られてしまう。

 ま、まさかコレが『ハーフェン魔術学校』の日常だ、なんて言わないよな……?

 廊下とか、既にボロボロになってるしさ……怖い……


「お父様、あの方は――」

「ご挨拶が遅れてしまったな。(やつがれ)はカール・(ツェット)・ツァイス。この『ハーフェン魔術学校』で黒魔術の教師と主任をやっている」


 ツァイスは、紅いローブを持って頭を下げる。


 整った髪型の金髪に、冷徹な美貌を持つ美男子。

 おそらく年齢は三十半ばで、僕とあまり変わらない年齢だろう。

 だが、僕とは比較にならないほど品位というかオーラをまとった偉丈夫だ。


 クレイチェット先生を比較に出すのはあまりにアレかもしれないが、このツァイス先生なら『ハーフェン魔術学校』の黒魔術主任と言われても納得できる風体をしている。


「……双子の【賢者】の父、エルカン・ハルバロッジ氏――で、相違ないな?」


 ツァイス先生は、スゥっと僕を冷たい瞳で見据えて、尋ねる。


「え、ええ、僕がセレーナとコロナの父親で間違いありません。……ところで、いきなり僕や娘達に向けて魔術を使った理由を、お聞かせ願えますか」


 僕は今非常に驚いているが、同時に怒ってもいる。

 当然だ。

 もしセレーナとコロナの反応が遅れていれば、怪我では済まなかった。

 自分はともかくとしても、突然娘達を攻撃されて怒らない親がいようか。


「大した理由はない。ただ、【賢者】の父を試しただけのこと。結果は――"0点"だ」


 ツァイス先生の目が、一層冷たさを増す。


「咄嗟の事態になにも対応できず、あまつさえ娘達に守られる始末とは……。それで【黒魔導士】を名乗ろうなどと、恥を知るべきではないかね?」

「……っ!」


 僕はぐっと言葉に詰まる。

 言い返す言葉が、見つからない。


 そうだ……僕は今、なにも出来なかった。

 ただ、セレーナとコロナに守られただけだ。


 もし今のが、冒険の道中の出来事だったとしたら――?

 

 父として――いや、魔導士として、これほど恥ずべきことはない。

 ツァイス先生の言う通りだ。


「ハルバロッジ氏の名前は、この学校ではよく知られている。彼女達が堂々と言いふらしているからな。"父が自分達に魔術を教授した"と。

 今や双子の【賢者】は、『ハーフェン魔術学校』を代表する魔導士なのだ。しからば、その【賢者】の父を名乗る以上、それ相応の実力と気位を持っていなければならないのではないかね?

 いつか会えることを楽しみにしていたが…………正直に言えば――とてもとても失望したぞ?」


「……ツァイス先生、それ以上仰るなら――」

「本当の、本当の、本当に、アタシ達怒る(・・)よ――?」


 セレーナとコロナが、これまで見たことのないほど怒りに満ちた形相で、ツァイス先生を睨む。

 それを見たツァイス先生は「フム」と唸ると、


「双子の【賢者】には、輝かしい未来が待っているべきだ。彼女達こそが、『ハーフェン魔術学校』を引率するに相応しい。

 それなのに……彼女達は父と共に居たいのだと、日頃から言っているのだ。嘆かわしいと思わないかね? まるで呪われているようだよ。

 わかるか? ハルバロッジ氏が――いや、"お前"のせいで彼女達は、未来へ歩めなくなっている。

 それを――自覚してほしいものだな」


 それだけ言うと、ツァイス先生は嵐が過ぎ去るように踵を返して、廊下の向こうへと歩いていく。


「…………」 


 去り際に残した彼の言葉は、僕の心に"しこり"を残すことになる。


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