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第十九話 二つの打開策③

「な、何故ですか、お父様ッッッ!?!?!?」


「ど、どうしてなの、パパッッッ!?!?!?」


 セレーナとコロナの怒号にも似た叫びが、僕の両耳を直撃した。


「そんなの当たり前だろう!? 僕は父親で、キミ達は娘なんだよ!? むしろ、どうしてOKだと思ったのさ!?」


 いやもう、本当に、それ以外に言葉が出ない。


 ダメでしょ?

 というか無理でしょ?


 え、普通って、年頃の娘って父親と"そういうこと"するのって、想像するのもイヤなんじゃないの?

 僕の中の十七歳の娘のイメージが間違ってるの?



 もしかして――僕らの血が繋がっていないことが、二人にバレてる――?



 い、いや、仮に、もし仮にそうだとしても、ダメなものはダメだ。

 僕にとって、彼女達は"愛娘"なんだから。

 娘に手を出すなんて、絶対にあってはならない。

 もしそんなことをすれば、その時点あらゆる意味で父親失格だ。


(わたくし)達はOKなのです! ですからお父様は頷いてさえ下されば――いえ、黙認さえして下されば良いのです! あとは既成事実を作るだけですので!」

「そうだよパパ! 親子の絆の前には道理が引っ込む! そうでしょ!?」

「セレーナは既成事実って言葉好きだね!? それとコロナは言葉の使い所を間違ってるから!」


 わからん。

 もう父には娘がわからん。


「……とにかく、僕はキミ達とそういう関係になるつもりはない。そうするくらいなら僕は、今度こそハッキリと【黒魔導士】の道を諦める。いいね?」


 僕が厳とした口調で言うと――二人は、とても寂しそうな顔になる。


「……お父様は、(わたくし)達のことがお嫌いですか……?」


 セレーナは、徐々に涙目になっていく。


 そういうつもりで言ったワケじゃないんだけど……なんだか、少し申し訳なくなってしまう。


「いや、そうじゃないよ。僕は、キミ達に"娘"であってほしいんだ。そして僕自身は、キミ達の"父親"でありたい。ただ、それだけなんだよ」

「で、でも! パパの"夢"が叶うんだよ!? アタシ達は、そのために――!」


 僕はコロナの言葉を遮るように、彼女の頭にポンっと手を乗せる。


「うみゅ……」

「どんな形にせよ、二人が僕を想ってくれるのは嬉しい。でもね――その行為は"今の僕"のためにはなっても、"キミ達の将来"のためにはならなくなってくる。

 この感覚は、まだわからなくて良い。でも……僕は、まだ"キミ達の将来"を台無しに出来ない。

 それは怖い(・・)からだ。僕自身が、父親失格となるのが――そして、そんな父親失格の男が、娘を傷つけるのが――

 臆病者だと笑ってくれていい。でも、それが僕の父親としての在り方なんだよ」


 なだめるように、僕はコロナの頭を撫でる。

 だがコロナの瞳からは、ポロポロと"雫"が零れ落ち始めた。


「わ……わ゛か゛ん゛な゛い゛ぃ゛ぃ゛……! そ゛ん゛な゛の゛わ゛か゛ん゛な゛い゛も゛ぉ゛ぉ゛ん゛……!

 ア゛タ゛シ゛は゛……パ゛パ゛の゛お゛よ゛め゛さ゛ん゛に゛な゛る゛ん゛た゛も゛ぉ゛ぉ゛ん゛……!」


 その姿は――まるで、"失恋"してしまった少女のようだった。

 

 ……そういえば、七年前に裏庭で魔術を見た時も、この子達は"(パパ)のお嫁さんになるんだ"って姉妹喧嘩までしてたっけ。


 変わらないモノだなぁ――

 それは、良くも悪くもだけど。


「そうだよ、わからなくて良いんだ。でも、いずれわかってしまう時がくる。

 ……コロナ、キミはさっきも服屋で駄々をこねて泣いたね? あの時は、中途半端にしかキミを叱ってやれなかった。

 でもね、僕達が一緒に冒険をするなら、僕はいつか真剣にキミを叱る時がくると思う。

 コロナは――成長できるはずなんだ。いや、成長しなくちゃならない。魔導士としてではなく、"人"として。

 もしかしたらその時、僕の言うことが少しだけわかるようになるかもしれない」


 出来るだけ優しい口調で、諭すように話す僕。


「……? ぐす……?」


 なにを言われているのか理解できない、という表情でコロナは泣く。


 それはそうだろう。

 人間、歳を取らないとわからない感覚ってモノは、やっぱりある。

 それは幾ら言葉で説明したって、ダメなんだ。


 セレーナもコロナも、やはりまだ若すぎる。

 いくら【伝説の双子の大賢者】と呼ばれても、心は子供のままだ。

 そういう意味でも――僕はまだ、"保護者"でいなくちゃならないのだろう。


「セレーナも、だ。キミはしっかり者で頼りになるけど、どうしても目の前だけを見ちゃってる。視野を広げる必要はないけど、もう少し"先"を見れるようになると、もっと素敵な女性になれるよ」

「わっ、(わたくし)は十分に広い視野と先々のことを――!

 …………い、いえ……お父様がそう仰るのなら……精進、致しますわ……」


 僕はセレーナの頭も、優しく撫でる。

 彼女は確かにコロナよりしっかりしてるけど、やっぱり無鉄砲な少女であることに変わりない。


 ……こういうことすると、本当にいつか嫌われてしまいそうだなぁ。

 いや、仕方ないんだけど。

 父親というのは、基本的に子供には嫌われる存在だし。

 でも嫌われる以上に、やっぱり子供達の将来が大事なんだよね。


「……ミスター・ハルバロッジは、やっぱり、良い、お父さん」


 唐突に、クレイチェット先生が僕を褒めてくれた。


「ワタシも、教師を、やってるから、わかる。"叱る"のと、"怒る"のは、別。そして、目的のために、"叱る"のは、難しい」

「アハハ……わかります? いやはや、お見苦しい所をお見せしました」

「構わ、ない。普段は、セレーナちゃんと、コロナちゃんを、叱る機会なんて、ないから、新鮮」


 目尻に涙を浮かべる【伝説の双子の大賢者】とは逆に、普段は無表情なクレイチェット先生がニコニコと笑った。




「では……仕切り直して――クレイチェット先生、"もう片方の方法"とやらを聞かせてください」


 どうにか娘達を落ち着かせた僕は、改まって尋ねる。


 クレイチェット先生もテーブルの上で指を組み、


「……こっちは、本当に、難しい方法。遠くへ、冒険に出なきゃ、ならないし、危険。しかも、不確実性が、高い」

「でしょうね。でも、覚悟は出来ていますよ。娘達の前で啖呵を切った手前もあります。最悪、一人でもなんとかしてみせますよ」


 僕がそう言うと、すぐさまセレーナとコロナが僕の袖を掴んだ。


「なっ、なにを仰るのですか、お父様!」

「アタシ達は、パパと一緒に行くもん! 離れないもん! 【賢者】に二言はないんだから!」


 うーん、実に漢らしい台詞だよ、コロナ。

 でもキミは可愛らしい女の子なんだよねぇ。


「ハハハ、ありがとう。じゃ、やっぱり三人で冒険だ。

 ――先生、お願いします」


 クレイチェット先生が、コクリと頷く。


「……ミスター・ハルバロッジは、どうして、魔術に、属性があるのか、知ってる?」

「ええ――今から七千年前に、人類史上初めて魔術を生み出した【始まりの賢者】が、自然界に存在するマナの力を"技"として転用したのがそもそもの起源であり、それから魔術には自然界の力が属性として付与されるようになった――というのが通説ですよね」

「そう、でも、その説には、もう少し"詳しい話"が、ある」


 クレイチェット先生の言葉を聞いて、僕は「――ああ」と察したように相槌を打つ。

 魔術の起源については、有名な話だし書物もたくさん出ているので、よく知っている。


「えっと――確か【精霊】に関する逸話ですか? それぞれの属性を司る八体の【精霊】が、【始まりの賢者】に知識と魔術を伝授した、とか。

 けど、それはもう何千年も【精霊】のいた痕跡が見つからなかったことから、後の世に付け足された"ほら話"だとされているじゃないですか」

「その、通り。でも、ね、ミスター・ハルバロッジ」


 クレイチェット先生は僕の名を呼ぶと、少し間を置く。

 そして口を開くや、




「その、【精霊】が、発見された、の」




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