第二話 赤ん坊の泣き声
僕は――子供の頃から【黒魔導士】に憧れていた。
黒いローブに身を包み、水晶が取り付けられた杖を持つ。
一言呪文を唱えれば、強力な攻撃魔術で群がる敵を吹き飛ばす。
冒険者のパーティに加われば、一団の貴重な支援役として中核を成す。
そんな存在に憧れていたんだ。
初めて僕が【黒魔導士】の攻撃魔術を見たのは、まだ十二歳の頃だった。
巨大なワイバーンが故郷の村を襲った時のことである。
もしその場に村人しかいなかったら、きっと全員ワイバーンに食い殺されていたと思う。
僕もワイバーンの腹の中だったはずだ。
でも、その日は偶然"一人の冒険者"が村に寄っていた。
その冒険者の職業が、【黒魔導士】だったんだ。
【黒魔導士】はワイバーンと立ち会うなり呪文を唱えて、たった一撃の攻撃魔術で仕留めてしまった。
その魔術は空から巨大な隕石を落下させるモノで、後々になって《メテオ》という【黒魔導士】のみが扱える高位攻撃魔術だと知った。
その魔術は凄い迫力だったよ。
ワイバーンの巨体よりも大きな隕石が、地表にぶつかった時の衝撃と閃光。
ただただ、圧倒的だった。
アレを見せられた時、「人間にこんなことが出来るんだ!」って感動を覚えたよ。
その日から、僕にとって【黒魔導士】は英雄であり、憧れになったんだ。
僕はすぐに黒魔術の猛勉強を始めた。
全て独学で、だ。
魔術を専門に教育する魔術学校の存在は知っていたけど、実家は貧乏だったため通うことは出来なかった。
だから自力で勉強して、覚えて、使えるようにした。
魔術に関する書籍なんて、もう何万冊読んだかわからない。
とにかく、覚えられることは全て頭に叩き込んだ。
本に書かれた黒魔術はほとんど実践した。
技術はともかく、知識量だけなら魔術学校の優等生に勝てるだろうという自負はある。
そうして成長し、なんとか両親を説得して、実際に僕は【黒魔導士】になることが出来た。
冒険者パーティの一員になることも出来たんだ。
夢は叶った……と言えるのかもしれない。
だがそれは、僕が夢見た光景とは全く異なるモノだった。
その終わりも――あまりに唐突で残酷だった。
◇ ◇ ◇
酒場を後にした僕は、トボトボと街の裏通りを歩いていた。
既に深夜なので人通りは全くなく、無駄に静かで怖い。
表通りと違って小汚く、微妙な治安の悪さを感じさせるのも不気味である。
「うぅ……あそこまで言うことないじゃないかぁ……」
今この時が、まさに人生の谷底――――
そんな表情で、暗い夜道を歩く僕。
パーティを一つクビになったくらいで大袈裟な、と思われるかもしれない。
しかし僕にとって、あそこを追い出されるのは死活問題だった。
何故かと言うと――攻撃魔術を使えない【黒魔導士】は、価値が低いのだ。
低いというか、無い。
需要そのものが、無い。
市場価値は、ほぼ0である。
仮に、僕がこの後新しいパーティを探そうと求職活動を始めるとしよう。
僕をパーティに入れてください、と。
すると、
『ハア、それでどんな攻撃魔術を使えるの?』
まず初めに、必ずそう聞かれるだろう。
どんなパーティでも【黒魔導士】に求めるのは攻撃魔術による火力であり、戦闘での決定打なのだ。
ここで「僕は《メテオ》が使えます!」とか「僕は《フレイムバースト》が使えます!」と言えれば、まあ仕事はすぐに見つかるだろう。
【黒魔導士】を欲しているパーティなら、どこでも歓迎されるはずだ。
しかし「い、いやぁ、僕の特技は下降支援魔術の方でして……」等と言おうものなら、即座にいらん子扱いされる。
間違いない。
実際に、僕は攻撃魔術を使えないという理由だけでパーティをクビにされたのだから。
何故そこまで下降支援魔術の価値が低く見られるかというと、それは弱体化の効き目が魔術を発動してる者しか精確に把握できないからだ。
具体的に敵のステータスを何割低下させているか、魔術を行使している本人しかわからない。
他のパーティメンバーは、目に見えないステータス低下を信じて戦わねばならないのだ。
こればかりは仕方ないんだけどなぁ……
仮に自己申告しても、コンラルドなんかはマトモに聞かなかっただろうし……
個人的には、多少高めに弱体化を掛けられていたと思ってるんだけど……
そんな感じで、とにかく下降支援魔術は不遇の扱いを受けている。
むしろあのパーティ――特にジョッシュは、まだ下降支援魔術への理解があった方だろう。
だから僕を仲間に加えてくれていた。
もう、そんな理解者が現れてくれる可能性は低い。
「……コンラルドの言った通り、僕は【黒魔導士】なんて辞めるべきなのかな……」
【黒魔導士】になって、強力な攻撃魔術で敵を吹っ飛ばす。
僕もそれに憧れていた。
でも、それは叶いそうにない。
それどころか【黒魔導士】として必要ともされない。
黒魔術の才能がないと言われたのは、精神的ダメージが大きかった。
確かに、僕は攻撃魔術がほとんど使えない。
だから使えるようになるために、相応の努力はしていたつもりだ。
パーティの皆が寝ている間に本を読み漁り、街の外で実践と失敗を繰り返して、何日も徹夜したりした。
それでも、遂に攻撃魔術の進歩はなかったが――下降支援魔術に関しては、貢献出来ていると思ってたんだ。
確かに僕は攻撃魔術を訓練してた。
けど、下降支援魔術の訓練も怠ったことはない。
長所を伸ばすことだって、"夢"を追う大事なステップのはずだ。
そう思って――そう信じて――
これまで、ずっと理想の【黒魔導士】になりたくて――
ずっと"夢"を追いかけてきたけど――
「……もう、潮時なのかもしれないな」
僕は、自らの限界を知った気がした。
僕は…………僕の目指す【黒魔導士】には、なれなかったんだと。
悔しい、情けない。
でも、それが現実だ。
もう【黒魔導士】の道は諦めて、別な生き方を選ぼう――
――――そう思った時だった。
「「――おぎゃあ!」」