第十七話 二つの打開策①
「ワタシも、どうしても、使えない、魔術がある。だから、研究してる」
クレイチェット先生の答えは、僕にとってあまりにも予想外だった。
「く、クレイチェット先生も、ですか……!? ――い、いえ、あの、なんと言いますか……」
思わず、口をついて出そうになった。
"一体、なんの魔術が使えないんですか"――――と。
だが、これは魔導士にとって非常にデリケートな問題だ。
勢いで聞くのは、あまりにも失礼にあたる。
……僕も同じだから、よくわかる。
"そこ"に土足で踏み入れられるのは、お世辞にも良い気分にはならない。
「……気を使わなくて、大丈夫。わかってる、から」
クレイチェット先生は、コクリと頷いて言う。
逆に、僕が彼女に気を使われてしまった感じだ。
僕はひと呼吸入れて間を置くと、
「……驚きました。僕意外にも、そういう人がいたなんて」
「『ハーフェン魔術学校』の教師に、特定の魔術が、使えない人が、いるなんて――って、言わないの、すき」
無表情なクレイチェット先生の口元が、僅かに緩んだ。
――だが同時に、何故かセレーナとコロナが一瞬禍々しいオーラに包まれた、気がする。
たぶん気のせいだと思いたい。
「それは、娘達がお世話になってる人に、そんなデリカシーのない言い方しませんよ」
「ミスター・ハルバロッジは、優しい。セレーナちゃんと、コロナちゃんが、親離れしないのも、わかる、かも」
「――コホン、コホンコホン」
ものすっごくワザとらしく、かつ不快そうに、セレーナが再び咳き込む。
「クレイチェット先生? 話が逸れていましてよ?」
「そうだよ~ク~ちゃん先生~、今は魔術の話をしてたんだよ~? にゃははは~」
コロナも笑顔で、話の筋を戻そうとする。
だけどその笑顔は、さっき服屋で見たモノに似ている。
口の両端が吊り上がっているが、目が笑っていない。
「そう、だった。話を、戻す」
二人に指摘されて、クレイチェット先生も話題を軌道修正する。
「ワタシが、使えない魔術。それは――」
クレイチェット先生は自らの胸元に手を当て、そして――
「――――"属性魔術"。ワタシは、属性のある、魔術が、全て使えない」
そう、打ち明けた。
「な……なんですって……!?」
僕はあまりにも衝撃的すぎる彼女の言葉を、すんなりとは受け入れられなかった。
「属性魔術が使えないってことは……ほぼ全ての攻撃魔術が――いや、黒魔術はもうほとんど発動できないじゃないですか! 白魔術だって――!」
「ワタシは、一応、白魔導士を、やってる。だけど、使えない魔術は、凄く多い。凄く、凄く……」
彼女は静かに、落ち着いて語る。
――"属性魔術"。
僕ら魔導士が扱う魔術には、属性という概念が存在する。
『炎』『水』『風』『土』『雷』『氷』『光』『闇』
全部で八種類の属性があり、多くの魔術はこのいずれかの属性にカテゴライズされる。
この全ての属性の魔術を使えて、魔導士はようやく魔導士として認められると言っていい。
ただ、黒魔術・白魔術問わず一部の魔術は属性がない場合もあり、それは便宜上"無属性"として分類されたりする。
僕の得意な弱体化やステータス異常には無属性のモノも多いが、攻撃魔術は属性があるのが基本だ。
かつてセレーナとコロナが十歳の時にC級攻撃魔術を発動したことがあったが、詰まる所"魔導士は属性魔術を使えて当たり前"なのである。
初心者魔導士なら、属性魔術につまづくこともあるかもしれないが――通常なら、大なり小なり発動できるようになる。
だから"属性魔術が全く使えない"というのは…………少なくとも僕は、これまで聞いたことがない。
下手をすると――いや、完全に僕よりも発動できる魔術が少なくなってしまうだろう。
"不遇"なんてレベルじゃ済まない。
「ワタシも、どうして自分が、属性魔術を発動出来ないのか、知りたい。だから、研究、してる」
「そう、だったんですね……。すみません、言い難いことを聞いてしまって……」
「気にしないで、ほしい。むしろ、わかり合えるのが、嬉しい」
……そうか、今でこそ『ハーフェン魔術学校』の教師をやっているが、きっとこの人も苦しい頃があったんだろうな……
クレイチェット先生を見て、僕は深く同情する。
「……先生がどういった経緯をお持ちかはわかりませんが、『ハーフェン魔術学校』の教師になるのは、さぞ大変だったでしょう。僕には、想像もできませんが……」
「それなら、理由がある。ワタシは、"この魔術"が、使える、から」
クレイチェット先生はそう言うと、ローブのポケットからゴソゴソと小さな水晶を取り出す。
そして、
「……"普遍の理よ、常世の在り方を統べる力、万有の血である引と斥、クレイチェット・アルチョム・ロンスカヤの名の下に、虚空の間を歪め給え"――《ブレーン・ワールド》」
唱えた、刹那――――
空間が拡張した。
僕達が居た食堂が、何倍という広さに広がったのだ。
天井はどこまでも高くなり、置かれていた長いテーブルも異様に伸びている。
空間そのものが歪んで、人以外の全ての物が大きく、だだっ広くなったように感じている――と言えばいいのだろうか。
今までテーブルを挟んで目の前に座っていたクレイチェット先生は、何十メートルも遠く離れた場所に同じように座っている。
両横にいたはずのセレーナとコロナも、いつの間にかとても離れた場所にいる。
そう、部屋全体と、僕とクレイチェット先生、セレーナ、コロナの間にあった"空間"を歪曲し、拡張させたているのだ。
「こ、これは……!?」
「これが、ワタシが使える、"空間魔術"。聞いたこと、ある?」
突然クレイチェット先生が僕のすぐ隣に現れ、そう聞いてくる。
「うわ!? く、空間魔術って……た、たしか、え~っと……魔術に関するかなり古い書物に、そんな御伽噺が出てきた……ような……」
僕は必至に記憶を探り、どこかで読んだようなその言葉を思い出す。
かなり前のことだが、実家の古書堂に異常なまでに古い魔術の書物が入荷してきて、扱いに困った記憶がある。
しかもその本は魔術に関する物とはいえ、童話というかほぼ虚構が書かれた内容だった為、どうせ価値のない本だろうと倉庫の奥に適当にしまっていた――と思う。
「そう、空間を、操作する魔術は、ずっと存在しないと、言われてきた」
すぐ隣にいたはずのクレイチェット先生は、まるで瞬間移動でもしたかのように、いつの間にか遠くの席に座っている。
なんというか"混乱"のステータス異常を受けた時に見る幻覚のようだが、それにしては生々しいというか、現実感がある。
「でも、ワタシは、それが使える。今、食堂の空間を、捻じ曲げてる」
クレイチェット先生はパンッと両手を叩くと――全てが縮むように元に戻る。
食堂は元通りの大きさに戻り、すぐ両横に娘達が戻ってくる。
「ワタシは――"空間"を、少しだけ、操れるの。きっとコレが、貴方にとっての、下降支援魔術、のような感じ」
――僕は唖然としてしまう。
"空間"を操れる、だって?
そんなの、チートじゃないか。
ほとんど神様に近い力じゃないか。
僕はようやく、彼女がどうして『ハーフェン魔術学校』の教師になれたのか、理解できた。
「……は、ははは……いや、ちょっと凄すぎて信じられないというか、もう万能の能力ですね、ソレ……」
「そんなこと、ない。ワタシ自身、まだ上手く、使いこなせて、ない。空間魔術は、魔力を大量に、使うし、操作が、難しい。未知の部分も、多い」
それはそうだろう、と僕は思う。
空間魔術なんて世界で使えるのは彼女だけだろうし。
空間を操作して、部屋を広げる。自分を瞬間移動させる。
応用すれば、本当に色んなことが出来そうだが――
そこまで考えて、僕はふと思い出す。
「……クレイチェット先生、もしかして、さっき本の中で生き埋めになってたのは……」
「研究室の空間を、操作して、本棚にたくさん、本を入れてたら、本棚が、壊れた。徹夜で研究した後、だったから、魔力も残って、なかった。……恥ず、かしい」
クレイチェット先生は頬を赤らめ、"しゅん"とする。
セレーナはため息を吐き、
「……以前にも同じようなことがありましたが、先生はもう少し空間魔術の活用方法を考えた方がいいと思いますわ」
前にもあったのか、アレ……。
僕は「どんな魔術も使い方如何なんだなぁ」と心の中で思ったりした。




