第十六話 魔導士が持つ先天的素質について
「――それではモグモグ……改めて、ご挨拶モグモグ……させてもらうモグモグモグ……」
青髪の女性――もといクレイチェットという名の先生は、サンドイッチを両手に持って美味しそうに頬張りながら挨拶してくれる。
その様子は、やっぱり子供みたいだ。
僕達は今、時計台の学生食堂の中にいる。
『ハーフェン魔術学校』の学食だけあってかなりの広さを誇るが、今日は学校が休日なので、僕ら四人を含めても数えるほどしか人がいない。
なので僕としても、大人数に見られることがなくて、気持ちは楽だ。
「あ、あの、どうか落ち着いて食べてほしいといいますか……ご挨拶は、全然食事の後でも……」
「そういう、ワケにはモグモグモグ……セレーナちゃんと、コロナちゃんにはモグモグモグ……普段から、世話になってモグモグ」
クレイチェット先生はそもそも話すのがあまり得意ではないのか、どこか舌足らずな感じで喋る。
まあ……なんというか、人付き合いが上手な人ではないのだろう。
たぶん。
「にゃはは~、"ク~ちゃん先生"はこういう人だから、諦めるしかないよ、パパ」
「……コロナちゃんモグモグ……ワタシの、ことはモグモグ……ちゃんとクレイチェット先生と、呼ぶようにとモグモグ……」
絶えず口の中を一杯にしながら話すその姿は、子供のような見た目と相まって、魔術教師としての風格とか威厳がまるで感じられない。
……なんというか、ちょっと残念な感じの人であるが、これでもセレーナとコロナが認める『ハーフェン魔術学校』の教師なんだよねぇ……
正直、いまだに信じ難いんだけど……
そんなこんなで、クレイチェット先生はようやくサンドイッチを食べ切り、最後にカップの紅茶を飲み干す。
「フゥ……改めて、挨拶する。ワタシは、クレイチェット・アルチョム・ロンスカヤ。以後、よろしく」
目元が見えず、まったくの無表情のまま、クレイチェット先生は挨拶してくれる。
……うん、ちょっと変な人ではあるけど、悪い人ではなさそうだ。
変な人では、あるけど。
「え、ええ、僕はエルカン・ハルバロッジ。どうも、娘達がお世話になっております」
「とんでも、ない。二人は、とても、優秀。ワタシも、助かって――」
「――コホン」
とてもワザとらしく、セレーナが小さく咳き込む。
意図的に話の腰を折ろうとしたようだ。
まあ、親と先生の保護者面談は長くなるもんな。
主に子供の話題で。
「さっそくなのですが先生、お話を先に進めたいのですが……」
「ム……そうか。それでは……」
クレイチェット先生も、仕切り直すように話を始める。
「ミスター・ハルバロッジ、貴方のお話は、セレーナちゃんと、コロナちゃんから、よく聞いている。攻撃魔術が、使えない代わりに、下降支援魔術が、非常に強力、だと」
「……はい、その通りです。僕は昔から攻撃魔術がほとんど使えません。代わりに下降支援魔術に特化している――というのも、つい昨日娘達から聞かされました」
僕が答えると、クレイチェット先生は「フム……フム……」と興味津々に相槌を打つ。
「ご存知かも、しれないが、魔術には先天的に、"相性"が、存在する。向き不向き、と言えば、いいだろうか」
それは、嫌ってほどよく理解している。
僕が攻撃魔術をロクに使えないと分かった時、"どうして使えないのか"という理由を随分と調べたものだ。
だけど結果的にわかったのは、"向いてない"という漠然とした答えだけだった。
いや――それは当時の僕にとって、とても答えとは言えなかったが。
「昔から、魔術と魔導士の相性に、関しては、研究されてきた。
曰く、"体内魔力の質の問題"とか、"個人が持ちうる魔力の量"とか、"遺伝による血と魔術の親和性"だ、などと、実に様々な意見が、ある。
だが、正直、ハッキリとしたことは、わかっていない――というのが、実情」
「ですから私達は、その真相を調べるために研究をしておりました。先生の研究を手伝い始めてまだ一年も経っておりませんが、少しは"進展"した部分もあります」
クレイチェット先生の説明に、セレーナが言い加える。
「進展――って、じ、じゃあ原因がわかったのかい!?」
「……ゴメンねぇ、パパぁ。正直に言うと……根本的な理由を解明するまでは、まだ出来てないんだぁ……」
コロナが申し訳なさそうに、僕に謝った。
「そもそも、セレーナちゃんと、コロナちゃんが、来てくれるまで、ワタシの研究は、『ハーフェン魔術学校』の中では、冷遇、されていた。というか、重要視、されていなかった」
クレイチェット先生は無表情に、けれどハッキリと悔しさを言葉に滲ませる。
――なるほど、それはそうだろう。
考えてみれば、『ハーフェン魔術学校』にとって"魔術と魔導士の相性"や"向き不向きの原因"などというのは、時間と経費をかけてまで研究する意義性は低いはずだ。
そもそも、魔術を当たり前に使える者達が入ってくるのが魔術学校という場所である。
中でも『ハーフェン魔術学校』はエリート校。
もれなくほぼ全員が、入学時から魔術を発動できる。
底辺の劣等生でも、B級やA級の魔術を扱えると言われる。
そんな所で"魔術を使えない人が、魔術を使えない理由"なんて研究して、なんになるのか。
それに、"魔術に何故向き不向きがあるのか解明された"と発表すれば世間で話題になるかもしれないが、"○○という魔術が使えるSランクの魔導士が輩出された"と喧伝する方が『ハーフェン魔術学校』にはずっとプラスになる。
そう――【伝説の双子の大賢者】が、学校で持てはやされているように。
『ハーフェン魔術学校』は、多くの著名な魔導士を輩出してきた。
その中には、クレイチェット先生のような魔術の根源的な問題の研究に取り組んだ人もいたかもしれないが――実際は、ほとんどが強力な魔術を使える魔導士冒険者となるべく修練を積んだか、あるいは人々の日常生活に役立つ新魔術の研究家となったはずだ。
簡単に言えば、"出来ないことを出来るようにする"ではなく、"出来ることをより出来るようにする"のが、この学校なのだ。
そうして本当の意味でのエリート魔導士を世に出すことで、ようやく面子が保たれる。
――クレイチェット先生の研究に、ロクな研究費用が下りてこなかったのも頷ける。
まあ、それを変えたのが【伝説の双子の大賢者】のようだけど。
「……そうですか、いや、元々が難しすぎる問題だ。そこに挑戦しているだけでも、僕は先生達に敬意を払います。
……ところでクレイチェット先生は、どうして"魔導士が持つ先天的素質について"の研究を?」
元から興味があったので、思い切って聞いてみる。
そう、そんな大それた研究をするなら、"Aランクの魔導士をSランクにする効率的な方法"でも研究した方が、学校からのウケは良いだろうに。
そんな僕の質問に対し、
「ワタシも、同じ、だから。貴方と、同じ、だから」
彼女は、そう答えた。




