第十五話 真理と根源の探究者クレイチェット
服屋で一悶着あった後、結局僕はセレーナに衣服やらローブやらを急いでチョイスしてもらった。
これで、誰と会っても恥ずかしくない程度の格好にはなれただろう。
やはり娘に会計を支払わせるのは、気が引けたけど。
店主には最後まで凄い目で見られてたしさぁ……
ちなみに、元々着ていた服はセレーナとコロナが預かると言って、そそくさと回収されてしまった。
……なんだか妙な胸騒ぎがするので、今度しっかり取り戻すとしよう。
そんなこんなで――――僕ら親子は、『ハーフェン魔術学校』の時計台へと入っていた。
時計台の入り口には、おそらく部外者の入館を拒む見張りの魔導士らしき人が立っていたけど、セレーナとコロナの顔を見るや僕がいてもすんなり通してくれた。
流石は有名人。顔パスということらしい。
「へぇ……学校の中で一番目立つ時計台って、中はこんな風になってるんだね」
僕は廊下を歩きながら、周りをキョロキョロと見回す。
床には赤いカーペットが敷かれており、壁には一定間隔ごとに絵画が飾られている。
しかも隅々まで清掃が行き届いているらしく、まるで貴族の屋敷のようだ。
だが窓はなく、外からの光が差し込んでこない。
そのため、天井から吊るされたランタン光に照らされる廊下は、不気味なほど薄暗い。
如何にも魔導士の住処らしい、といえばらしい。
「普段生徒達は、この時計台から繋がる教室で魔術の授業を受けているのです。ですから『ハーフェン魔術学校』の生徒にとって、時計台はシンボルのようなものですわ」
「今日は休日だから誰もいないけど、いつもは人でごった返してるんだから」
なるほど、ここも普段から生徒達の生活の場なのだな。
"魔導士は、より魔導士らしく――"
そんな『ハーフェン魔術学校』からのメッセージが、雰囲気として表れているワケだ。
そう感じつつ、しばらく廊下を歩いていると――
「……着きましたわ。ここが"先生の研究室"です」
セレーナとコロナが、とある扉の前で立ち止まる。
「この部屋に、アタシ達が研究を協力してる先生がいるの♪ ちょ~っと変わってるけど、面白い先生だよ!」
ほう、コロナを以て"変わってる"と言わしめるとは。
……ゴクリ、と唾を飲む僕。
"個々の魔導士が持つ先天的素質"。
解明などとても不可能に思える、魔術の真理と根源の一端。
そんな大それた、途方もないテーマを研究する人物。
さらに『ハーフェン魔術学校』の先生として教鞭を振るい、【伝説の双子の大賢者】を助手とする名士。
いやはや、どんな老巧な魔導士が出てくるのやら――
僕は緊張で、冷や汗が出そうだった。
「う、うおっほん! とにかく二人がお世話になっているなら、親としてはちゃんとご挨拶しなきゃだな」
僕がワザとらしく咳き込んで覚悟を決めると、セレーナがコンコンと扉をノックする。
「――先生。"クレイチェット先生"、いらっしゃいますか?」
彼女は呼びかけるが――シーンとしたまま、返事はない。
「あ~……これは……」
「……ええ、おそらく。まだ生きていると良いのですが……」
苦笑いするコロナに、頭を抱えるセレーナ。
二人はなにかを察した様子だった。
え? なに?
"まだ生きているといいのですが"って、どういうこと?
僕が聞くよりも先に、セレーナが扉のドアノブに手を掛ける。
「お父様、少し扉から離れていてくださいませ」
「へ? な、なんで?」
「いいからさ……すぐにわかるよ」
コロナにも催促され、僕は頭上に"?"を浮かべつつも扉から離れる。
するとセレーナは、扉のすぐ横の壁に背中をピタリとくっつける。
そして片手を伸ばし、僅かにドアノブを回して扉を開けた。
刹那――
ズシャアアアアアアアアアアアアアアア――――ッ!!!
堰を切ったように、扉の向こうから"何か"が流れ出てくる。
――"本"だ。
何百何千という大量の書物が、さながら土石流の如く部屋の中から溢れ出てきたのである。
「う、うわあッ!?」
僕は、そんな目を疑うような光景に絶句する。
本当に凄い量の本だ。
しかも、そのほとんどが魔術に関連する物ばかり。
僕の古書堂に置いてある全ての本をひっくるめたって、ここまでの冊数にはならないぞ。
中の部屋の広さはまだ把握できないが、"研究室"なんだから大図書館ほどの広さがあるワケではないだろう。
一体どうやったらこんな数の本を、一部屋の中に敷き詰められるのか――
"不可能"だ。普通に考えれば、とても。
僕には、あらゆる意味で想像できなかった。
そしてひとしきり部屋の中から本が流れ出てくると――
「…………う…………うぅ…………」
本に混じって、流れ出てきた物体があった。
いや、物体と呼ぶのは失礼だろう。
何故なら、それは明らかに人間の形をしていたからだ。
「……助かった……死ぬかと、思った……」
とても小柄な――女の子?
いや、声は大人の女性っぽいのだが……
彼女はボサボサに伸びた長い青髪をしており、前髪も伸び切っているため目元が見えない。
黒いローブを着ているが、そのデザインはまるで"黒色の白衣"のような感じで、まるで魔導士というより闇医者か危ない薬の研究者にでも見える。
そんな青髪の女性は無表情のまま、むくりと本の中から起き上がる。
それを見たセレーナは、
「こんにちは、クレイチェット先生。一昨日振りですわね。ご無事でなによりです」
「セレーナ、ちゃん。貴女が、助けて、くれた……?」
「いえ、私は扉を開けただけですわ。……それより、私達がいない間は"あの魔術"を使わない方が良いと、ご忠告しましたのに……」
やれやれ、という感じでセレーナは肩をすくめる。
「ところで、お話していた通り私達のお父様をご案内致しましたわ」
「本当……? どこ、どこ……?」
青髪の女性はキョロキョロと辺りを見回すと、すぐに僕を見つける。
「……フム……フム……」
青髪の女性はフラフラヨロヨロと歩きながら、僕へと近づいてくる。
目元は見えないが完全に無表情のままなので、正直ちょっとホラーだ。
「……エルカン・ハルバロッジ。セレーナちゃんと、コロナちゃんの、お父、さん。会えるのを、楽しみに、していた。――フラリ」
言い切るや否や、青髪の女性はバタンッ!っと本の上に倒れた。
そして、
ぐぅ~~…………
という腹の虫が盛大に鳴く音が、彼女の身体から奏でられる。
「……お腹、空いた……一昨日、本の山に、閉じ込められてから……なにも、食べて、ない…………ごはん……」
顔面から本の山に突っ伏し、ごはんを要求してくる。
この人物が、『ハーフェン魔術学校』の教師であり"個々の魔導士が持つ先天的素質"を研究する、偉大なる魔導士である――
そう信じるのに、僕はセレーナとコロナによる説得にも似た説明を必要としたのだった。




