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第十四話 たまには娘を叱ります

 ゆっくりと振り向くと――そこには、絵に描いたような作り笑い(・・・・)を顔面に張り付けたコロナが立っていた。


 普段から笑顔でいることの多い彼女だが、この笑みが明らかにいつもと違う。

 顔は笑っているけど、その背後には角の生えた鬼がいるかのようだ。

 一言でまとめると、凄く怖い。


「こ、コロナ……さん……?」

「聞こえたよぉ~……? アタシの大事なパパから、魔術を教えてもらいたいんだって~ぇ……?」


 コロナは冷たい笑顔のまま、ユラリユラリと身体を揺らしながら三人の少女の前まで歩いてくる。


「そんなに勉強したいならぁ~……まずアタシが教えてあげよっか~ぁ……?」

「ふ、ふぇっ!?」

「怖がらなくてもいいよぉ~……? 【賢者】であるこのコロナ・ハルバロッジちゃんが~ぁ……しっかりきっちりがっちりばっきり、もう悲鳴を上げたくなるまで鍛えてあげるから~ぁ……」

「ひ、ひぃっ!?」

「それじゃ~ぁ……地獄(・・)を見に行こっか~ぁ……☆」

「す、すすすすみませんでしたあああああああああッ!!!」


 三人の少女は半泣きになりながら、逃げるように店から出て行った。


「フ~ンだ、泥棒猫め。パパに擦り寄ろうなんて百億万年早いんだから!」


 コロナはふんす!と腰に手を当てる。

 その様子は、まるで縄張りに来た相手を追い返した子犬のようだ。


「……コロナ」

「安心してねパパ♪ またああいう手合いが出てきても、アタシが追い返して――」


 そう言いつつクルリと僕の方に振り向いたコロナに対し、僕は――



 ビシッ!



 ――っと、頭にチョップを入れた。

 多少手心を加えて、弱めに。


「はぅっ!?」

「こら、コロナ! なんだい今のは!」


 僕はちょっと強めの口調で、コロナを叱る。 

 今の彼女の行為は、少しやりすぎだと感じたからだ。


「あの子達は、失礼なのを十分承知で僕に魔術を教えてくれって言ってきたんだよ? 声まで震わせて……。それをいきなり追い返すなんて、酷いと思わないのかい?」


 僕は父親らしく説教モードで、クドクドと話し始める。


 いくら可愛い娘でも、たまには叱ってやらないといけない。

 それも父の役目だろう。


 ……もっとも、実は今までセレーナやコロナにちゃんと説教したことって、ほとんど無いんだけどさ……


「そりゃ、僕も突然あんなこと言われて困ったのは事実だよ。でもあの子達だって、魔術への向上心があってこその行動だったワケだし、もしかしたらもっと魔術が上手くなりたい事情があったのかもしれない」


 そう、魔導士を志す者なら、誰だって"もっと魔術が上手くなりたい""もっと魔術を使えるようになりたい"と思うはずなのだ。

 実際、昔の僕はそんな意識の塊だった。

 それしか考えてなかったと言ってもいい。


 『ハーフェン魔術学校』に通う生徒なら、そんな想いはより一層強いだろう。

 だから、僕に話しかけてきた。

 ……女英雄(ヒロイン)に憧れるミーハーな少女心が、多分に混じってもいたが。


 もし昔の僕が同じ扱いをされたら、そりゃ落ち込んだはずだ。

 他人の心を理解は出来ずとも、無視するような人間に、コロナにはなってほしくない。

 故に、僕は父として叱る必要がある。


「それにあの三人は、キミ達姉妹を尊敬していたんだよ? だからねコロナ、いくら迷惑だったからとはいえ、あんな風に人を――」


 ――そこまで言いかけて、僕は言葉を詰まらせた。


 何故なら――



「う……うううぅぅぅ~~~~……っ」



 コロナが目尻に涙を浮かべ、全力で悲しそうな顔をしていたからである。



「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛ッ!!! パ゛パ゛か゛お゛こ゛っ゛た゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ゛!!!」



 そしてペタンと床に座り込み、大声で泣き出してしまった。

 それはもう凄いボリュームの声で、滝のように涙を流しながら泣きまくる。

 "パ"に濁点()を付けて泣き叫ぶとかどうやって発音してるんだと思ったりするが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 

「ち、ちょっとコロナ!? そこまで泣くこと――!」

「パ゛パ゛が゛と゛ら゛れ゛る゛と゛お゛も゛っ゛た゛ん゛た゛も゛お゛お゛お゛お゛お゛ん゛ッ゛!!!

 パ゛パ゛は゛ア゛タ゛シ゛た゛ち゛た゛け゛の゛パ゛パ゛た゛も゛お゛お゛お゛お゛お゛ん゛ッ゛!!!

 パ゛パ゛は゛ア゛タ゛シ゛た゛ち゛と゛ほ゛う゛け゛ん゛す゛る゛ん゛た゛も゛お゛お゛お゛お゛お゛ん゛ッ゛!!!」


 コロナは人目もはばからずに、堂々と泣いて駄々をこねる。


 ……あ~もう、どうしよう……

 幸いなことに、服屋の中には僕とコロナ以外には会計(レジ)の店主らしき人しかいない。

 だから大勢の人から見られているワケではないが――その店主には「オッサン、なに女の子泣かしとんねん……?」みたいな凄い目つきで睨まれている。

 気まずい。

 非常に気まずい。


「お゛こ゛る゛パ゛パ゛な゛ん゛て゛パ゛パ゛し゛ゃ゛な゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛ッ゛!!!

 や゛さ゛し゛い゛パ゛パ゛か゛い゛い゛い゛い゛い゛ッ゛!!!」


 泣きながらアクロバティックに床を転げ回り、バタンバタンと暴れるコロナ。


 ……この子、もう十七歳だよな……?

 しかも【賢者】だよな……?

 世の中の十七歳の女子って、こんな感じなのか……?

 それともコロナが精神的に少し幼いだけなのか……

 わからん……父には女の子がわからん……


 とにかく僕は、彼女を泣き止ませることにした。


「わ、わかったわかった、ホラ、僕はもう怒ってないから。ね?」


 そう言うと、コロナはピタリと動きを止める。


「うぅ……ほ、本当……?」


 しかしまだグスグスと涙を浮かべ、疑う感じでこちらを見てくる。


「本当だよ。それに、僕はなにをどうやったってキミ達だけの父親なんだから。誰かに取られるとか、そんなことあるワケないだろ?」


 とにかく安心させようとして、笑ってみせる僕。


 ハアァ……我ながら娘に甘いなぁ……

 こんなんじゃ、しっかり叱るなんていつになることやら……

 僕、実は自分がダメな父親なんじゃないかと思ってきた……


 そんな感じで、自己嫌悪にも近い状態に陥る僕。

 だが、そんな僕とは対照的に、


「やったぁ! パパ大好きぃ!」


 コロナは手の平を返したかのように、ガバッと僕に抱き着いてくる。

 そしてそのまま、僕の背中に覆い被さってきた。


「うわっ!? こ、こら! 離れなさい!」

「へへ~ん、や~だよ~だ♪ 離れないも~ん♪」

 

 ……やっぱり娘は可愛い。

 だけど娘を持つ父は大変だ。


 そんなことを改めて自覚する、今日この頃。


 そこに、


「――――お父様、衣服はお決まりですか? お金をおろして参りましたので、どうぞお好きな物を……」


 セレーナが店の中に入ってくる。

 彼女は、やつれた顔の僕と、嬉しそうに僕の背中に乗るコロナを見て、


「……な、なにかありましたの……?」


 やや困惑した感じで、僕に聞いてくるのだった。


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