第十三話 伝説の双子の大賢者
「え? あ、はい?」
僕は顔を上げる。
すると目の前には、『ハーフェン魔術学校』の生徒らしき三人の少女の姿があった。
たぶん、年齢的にはセレーナやコロナより少し年下かな?
「と、突然お声がけしてすみません。えっと、先程セレーナ様やコロナ様と一緒に歩かれていた方、ですよね……?」
「? え、ええ、そうだけど……」
「や、やっぱり! 貴方様は、あのお二人とどういうご関係なのですか!?」
三人の少女は、目を輝かせてぐいっと迫ってくる。
しかし……"セレーナ様"に"コロナ様"かぁ。
やっぱり二百年来の学校公認の【賢者】ともなると、有名人なワケだ。
「ど、どういう関係って聞かれても――」
「あのお二人が男性の方を連れて歩くなど、これまで一度もなかったのです! 今、そこら中で話題になってますよ!」
「コロナ様と一緒にココへ入っていくのが見えて、お、思わずついてきちゃいました!」
「え、えっと、悪いことをしたとは思ってるんですけど、その、ど、どどどどうしても気になって!」
息を荒げる三人の少女。
年頃の少女らしく、直近の話題性に目がないらしい。
こういう部分は、如何に魔術学校の生徒といえど変わらないようだ。
しかし、僕がセレーナとコロナの二人と一緒に歩いてただけで、そこら中で話題になっちゃうの?
もしかして、さっきやたら視線を感じたのは、それが理由?
うーん、変な勘違いをされてなければいいけど……
……それにしても、あの二人が"男を連れて歩いている所を一度も見たことがない"とは……
微妙に嬉しいような、やっぱり将来が不安になるような……
いや、とりあえず悪い意味で遊んでない点は喜んでおくべきか。
「あ、あはは、僕は彼女達の"父親"だよ。だから、なにも面白いことは――」
「! で、では、貴方様が【伝説の双子の大賢者】に魔術を教授された方なのですね!?」
何故か、今まで以上に少女達の目が光り輝く。
……なんで?
僕は普通に"父親です"って言っただけなのに?
いやまあ、彼女達に魔術を教えたのが僕なのは間違いないけど。
……それと今、この子達セレーナとコロナのことを――
「で、【伝説の双子の大賢者】って……」
「そうです! セレーナ様とコロナ様は、『ハーフェン魔術学校』でそう呼ばれているのです!」
「二百年も【賢者】が現れなかったこの学校で、たった十七歳で、しかも双子揃って公認の【賢者】となったあのお二人は、私達にとっては紛れもない"生ける伝説"なんですよ!」
異様に早口になって、ハイテンションで喋る少女達。
"生ける伝説"――
まあ、それはそうなるか。
ただでさえ数が少ない【賢者】なのに、十七歳の双子が揃って名門校公認の【賢者】になったら、それは英雄扱いになるだろう。
いや、彼女達の場合は美少女だから女英雄かな?
この子達にとって、セレーナとコロナは憧れの存在なのかもしれない。
わかるよ。
僕も子供の時に、《メテオ》で村を救った黒魔導士に憧れたんだから。
「ハハハ、そっかそっか、それは鼻が高いなぁ。娘達がそんなに有名人だなんて」
「い、いえ! 貴方様も、『ハーフェン魔術学校』では"もうハンパじゃなく著名なお方"なのです!!!」
「へ?」
僕は思わず、気の抜けた声を出してしまう。
「セレーナ様とコロナ様は、ずっと前から学校内の生徒達に自慢してらしたのです!
――"自分達の父は天才で優しくて人格者でカッコよくて最高で最強でオマケに男性としての魅力が世界一"だと!」
「それだけではありません! あのお二人に言い寄った男は全員、"父の方が三千億倍くらい魅力的"と言われてこっぴどく振られているのです!」
「だから学校内では、【伝説の双子の大賢者】の父親は超スーパーウルトラハイパフォーマンスイケメン魔導士だと言い伝えられていたのですよ!」
「…………」
僕は初めて、セレーナとコロナを本当に一度しっかりと叱らなきゃいけないなって思った。
いや、もう、勘弁してくれ……
僕の人間性が、九割九分九厘くらい脚色されて伝わってるじゃないか……
事実が歪められまくってるよ……
もう三十六歳中年おじさんの僕のどこを見れば、超スーパーウルトラハイパフォーマンスイケメン魔導士になるんだよ……
僕は「ハア~……」と深いため息を吐き、頭を抱えた。
「で、ですが、セレーナ様とコロナ様が一番自慢していた点は、もっと別にあるのです!」
「……まだあるの?」
「あ……貴方様は、下降支援魔術のエキスパートで、尚且つ"魔導士育成の達人"だと!」
――え?
少女の口から発せられたあまりに予想外の一言に、僕は一瞬思考が止まる。
"下降支援魔術のエキスパート"っていうのは、セレーナが言っていたからわかる。
自分ではまだイマイチ実感がないけど。
ただ、"魔導士育成の達人"というのは初耳だ。
「セレーナ様もコロナ様も、自分達は父の教育があったから【賢者】になれたと日頃から仰られています。
"父の魔術に対する理解と知識は一流であり、楽しく教えて、ちゃんと褒めてくれたから、幼い頃から魔術にのめり込めたのだ"と。
もし貴方様の教え方が少しでも違えば、双子の【賢者】は生まれなかっただろう、と」
「『ハーフェン魔術学校』に在籍する先生達よりも、ずっと教えるのが上手だと言っていましたよ! だから先生の中には、貴方様に嫉妬する人もいるほどです!」
うわあ、聞きたくなかった。
教師に嫌われるとか、子供を預ける親の立場としては厄介極まる。
しかもこれから、その教師達がいる学校の本丸に足を踏み入れるというのに……
面倒なことにならなければいいなぁ……
――しかし、"父が教えてくれたから【賢者】になれた"、かぁ。
正直、僕が教えたというよりも、あの子達が自分から学んで吸収していったという方が正しい気もするけど。
僕自身は、特別な教え方なんて何一つしたつもりはない。
二人が天才肌だっただけだ。
それはもう、十歳でC級攻撃魔術が使えるほどに……
……でも、セレーナとコロナがそんな風に思ってくれていたのは、嬉しい。
ちょっと照れちゃうな。
あの二人が【伝説の双子の大賢者】なんて呼ばれる、最初のきっかけを作った者としては。
僕が内心照れ臭くなっていると、
「で、で、ですから! お話を聞かせて頂けないでしょうか!?」
「【伝説の双子の賢者】に、どのようにして魔術を教えたのか、私達気になります!」
「た、たた大変なご迷惑であることは承知していますが、あ、あわよくば私達にもご教授頂けないかと、ととと!!!」
うおぉ……そう来たかぁ。
僕は三人の少女の勢いに、少したじろいでしまう。
"ご教授"と言われても、僕はこれから向かう場所があるし、その後はセレーナやコロナと冒険に出ることになるし……
ましてや、既に『ハーフェン魔術学校』に所属している生徒に僕が教えることなんてあるのかなぁ……
やっぱり、今一つ自信が持てない。
「う、う~ん、困ったな。僕はちょっとやることがあって――」
「も、ももも勿論ご自身のご都合を優先して頂いて結構ですぅ! ですから、"いつか"でいいので!!!」
「何卒っ! 何卒ご教授を!!!」
パンッと手を合わせ、懇願する少女達。
いやはや、これが若さなんだろうな。
見ず知らずの他人に、ここまで無鉄砲になって教えを請えるというのは。
おじさんには眩しく見えてしまう。
頼られるのは悪い気はしないし、若い子が向上心に溢れているのは良いことだが……さてどうしたモノか……
僕が考えていると――
「――ふ~ん……? 随分とモッテモテだね~ぇ? パパぁ……?」
背後から、背筋が凍りつくような声が聞こえた。




