第十話 もうパパと一緒に寝るのは止めなさい
――――朝。
カーテンで覆われた窓の隙間から、日差しが漏れている。
外からチュンチュンと小鳥のさえずりが聞こえ、人間も起きる時間だと知らせてくれる。
「ん……」
僕は、そんな朝の気配を感じて目を覚ました。
自室のベッドの上で身体を起こし、枕の横に置いておいた眼鏡を取る。
「ふぁ~あ……もう朝か、朝食の準備をしないと」
眼鏡を掛けて、う~んと背伸びをする。
歳を取ってからというもの、朝が弱くなった気がするなぁ。
昔はもっとすんなり起きれたと思う。
「……昨日は色々あったからなぁ。疲れが残ってるのかも」
まさか、大切に育ててきた娘達からパーティに誘われるなんて、夢にも思わなかった。
おまけに、"父の夢を叶えたい"なんて言われるなんてさ……
人間生きていれば、色々なことがあるものだ。
――そういえば、セレーナとコロナはもう起きてるだろうか?
コロナはまだうたた寝をしていそうな気もするけど、しっかり者のセレーナは今頃顔でも洗っているかもしれない。
父として、帰省した娘にだらしない所は見せられないな。
そう思って、僕はベッドから出ようとした――――のだが、
「……ん?」
――僕は、違和感を感じた。
ベッドの感覚がいつもと違う。
よく見ると――シーツがこんもりと膨れ上がっている。
丁度、僕の両横に人が一人ずついるような感じで。
「まさか……」
僕はバッ!とシーツを剥ぎ取る。
するとそこには――
「すぅ……すぅ……」
「むにゃあ~……パパぁ~……うぇへへ……」
すやすやと穏やかな寝息を立てるセレーナとコロナの姿があった。
しかも、何故か二人とも下着姿である。
「う、うわあ!? 二人とも、なんでここにいるんだ!?」
昨日は自室で寝たはずなのに!
僕は驚きのあまり、一瞬心臓が止まるかと思った。
「んぅ……お父様、おはようございます……」
「むにゅ~……もう朝なの~……? おはようパパ~」
僕の声で目を覚ましたセレーナとコロナは、ゆっくりと起き上がる。
十七歳に成長した彼女達のプロポーションは非常に扇情的で、育ての親でも思わずゴクリと唾を飲むほどである。
セレーナはスラリとした四肢が芸術的に美しく、紫の下着が歳不相応な大人っぽさを備えさせている。
コロナは逆に豊満な身体を子供っぽい薄ピンクの下着で隠しており、そのアンバランスさにどうしても目が行ってしまう。
いつの間にか、僕はそんな下着姿の娘達と添い寝をしていたことになる。
コレは不味い。非常に不味い。
もしそんなことが近所にバレたら「ちょっと奥さん、あの古書堂の店主、下着姿の娘と添い寝してるらしいわよ」「や~ね~、不潔だわ!」などと陰口を叩かれるに決まってる。
僕ももういい歳なのだ。
世間体というモノがある。
というか十七歳のピチピチで青春真っ盛りの娘が、下着姿で父のベッドに潜り込むのはどうなんだ?
いや、どこの馬の骨とも知らぬ若造に対してやって欲しいワケではないが。
「おはよう、じゃなくて! 二人とも、昨日は自分の部屋で寝るって言ってたじゃないか!? なんで僕と一緒に寝てるの!?」
「ウフフ、それはやっぱり……一秒でも長くお父様の温かみを感じていたくて……きゃっ、恥ずかしいですわ!」
「アタシは~パパの傍だと落ち着いて~良く寝れるから~……むにゃむにゃ……」
頬を赤らめるセレーナと、まだ半分寝ぼけた様子のコロナ。
こういう時のリアクションも、双子だというのに似ていない。
いやあ、人間とは不思議な生物だよなあ、アッハッハ。
などと一瞬脳内が現実逃避しそうになったが、二人が下着姿のまますり寄ってきたことで現実に引き戻される。
「……お父様? まだ起きるには……少し早いのではなくて?」
「そうそう、もうちょっとだけ一緒に寝ようよ~」
――――下着姿の二人が、ベッドの上でピッタリと密着してくる。
肌と肌が触れ合う感触。
彼女達の体温はとても暖かくて、そして柔らかい。
「――ねえ、いいでしょう? お父様――」
「――パパ、もうちょっとだけ――」
静かな部屋の中、二人の囁くような声が、左右の耳に滑り込んでくる。
僕は――――
「あ――――朝ごはんの支度があるからっ、先に起きてるねッッッ!!!」
脱兎の如くベッドから抜け出し、全速力で部屋から出て行った。
こうするしかないんだ。
許してくれ、我が愛娘達よ。
「あん、お父様ぁ~!」
「むにゅ……パパのいけずぅ~……」
セレーナとコロナの残念そうな声が聞こえてくる。
……娘に好かれ過ぎるのも、考えものかもしれないなぁ……
◇ ◇ ◇
――昼過ぎ。
朝の一件があって、僕はさっそく疲れ気味である。
いやぁ、娘を持つ父は辛い。
「――コホン、では"お約束"ですので、昨日の続きをお話させて頂きますわね」
セレーナが可愛らしく咳き込む。
僕とセレーナは昨日のように、再びリビングのテーブルに腰掛けていた。
「ああ、詳しい話を聞かせてくれ」
僕も真面目な面持ちになって、娘の話を聞く姿勢になる。
……ところで――
「ところで、コロナはどこに行ったんだ?」
そう、さっきからコロナの姿が見えなくなっていた。
昔から二人はだいたい一緒に行動してるイメージがあったので、片方がいないと気になる。
「ええ、あの子ならご近所の家々に挨拶回りに行っています」
「? ああ、帰省の報告かい? それなら後で三人一緒に行けば良かったのに」
「いえ、それだけではありませんの。それに、もうすぐ――」
セレーナが言いかけると、
「たっだいまー! 任務終了だよん♪」
まさにグッドタイミングとばかりに、コロナが帰ってきた。
すぐに彼女はリビングの方へと走ってくる。
「セレーナ、これでOKだよ。ちゃ~んと、デイモンドおじさんや周りの人達に伝えてきたから!」
「ええ、ありがとうコロナ。それではお父様、少し中庭へ出ませんこと?」
ニッコリと笑顔を作り、僕にそう言ってくるセレーナ。
「中庭? どうして?」
「良いではありませんか、お外の方が気分も晴れるやもしれません♪」
ハア、と僕は腑に落ちないながらも、彼女の提案を聞き入れて席を立つ。
――そして中庭へ出た。
……セレーナとコロナが十歳の時、初めて僕にC級の攻撃魔術を見せてくれた場所だ。
「ハハ、懐かしいねセレーナ。覚えてるかい? この地面の焼け跡は、キミが作ったんだよ?」
「そ、そんな昔の話をしないで下さいませ! 恥ずかしいですわ!」
彼女にとっては黒歴史の一部になっているのか、セレーナは両手で顔を覆う。
僕としては思い出深くて、こうしてわざと痕を残してるくらいなんだけどなぁ。
「さて、それで中庭に来たワケだけど――」
僕は話を再開させようとする。
その、刹那、
「ええ♪ ではさっそく――お父様を『ハーフェン魔術学校』にご招待致しますわね♪」
満面の笑みで、セレーナが言った。
――ん?
今、なんて?
僕は聞き返そうとした。
だがそれよりも、コロナが魔術を詠唱する方が早かった。




