第九話 僕、もう【黒魔導士】は引退したんだけどなぁ
「ほ……本当……かい……?」
僕は眩暈がした。
高位の攻撃魔術を――使える――?
D級しか使えない――この僕が――?
セレーナはこくりと頷き、
「"個々の魔導士が持つ先天的素質"に関する研究をしている先生が、『ハーフェン魔術学校』にいらっしゃるのです。私とコロナは、その研究をお手伝いしておりました」
「そうなの! それで、パパも攻撃魔術を使える方法を見つけたんだから!」
コロナもうんうんと自慢気に頷く。
『ハーフェン魔術学校』では、魔術の発展のために様々な実験が日夜行われているという話を聞く。
とすれば、確かに僕のような先天的に攻撃魔術に不向きな者がいる理由を研究していても不思議はない。
そしてその研究を、十七歳にして【賢者】となった双子が協力しているのは、実に理に適っている。
彼女達も、先天的に"魔術の天才"として生まれたのだから。
「そ、それはどうやって――!」
「ですから、私達とパーティを組んで下さいませんか、と申し上げたのです♪」
「色々やり方というか~、手順があるからさ~♪ 承諾してくれたら、詳しく教えるよん♪」
また話が飛んだ。
僕が彼女達とパーティを組むことと、僕が攻撃魔術を使えるようなることに、どういう関係があるのか――?
……なんだか、まるで娘相手に交渉をしている気分だ。
明らかに二人は何か企んでいる。
しかも、話を有利に進めるカードは彼女達が保持している。
――――僕は大きく息を吐き、ハハっと苦笑した。
「……僕、もう【黒魔導士】は引退したんだけどなぁ」
その出涸らしのような一言は、「お前はもう"夢"を諦めたんじゃなかったのか?」という自分自身への問いかけだった。
また――"夢"を追うのかと――
そんな僕に対し、今度はセレーナとコロナが真剣な眼差しを向ける。
「いいえ、私達がお父様の"夢"を叶えて差し上げます」
「パパの本当の人生は、これから始まるの!」
二人の真っ直ぐな気持ち。
こんなにも僕を想ってくれる気持ち。
……これ以上、この子達の気持ちを無碍にしたくない。
親として――魔術を愛する者として――
そしてなにより――――
かつて、【黒魔導士】に憧れた者として。
「……わかった、わかったよ。セレーナ、コロナ、僕はキミ達とパーティを組む。こんな中年で良ければ、一緒に冒険を始めよう。これから――よろしく頼む」
僕は遂に、承諾した。
瞬間――パアっとセレーナとコロナの表情が明るくなる。
「あ――ありがとうございますっ、お父様あああああッ!」
「やったあああ! パパだ~い好きっ!」
再び抱き着いてくる双子の娘。
いやはや、父親冥利に尽きるとはこのことだ。
でも親離れはまだまだ遠そうだなぁ、なんて思ったりする。
「それから、キミ達が見つけた"攻撃魔術を使う方法"とやらもしっかり教えてもらうよ。約束は守ってくれ」
「勿論ですわ。――ですが、私達も帰省したばかり……明日には詳しくお話しますので、今日はたっぷりとお父様に甘えさせて下さいな♪」
「そうだよそうだよ~! やっと帰ってこれたんだから、今日くらいはパパとゆっくりしたい!」
おっと、そういえばそうだった。
彼女達はついさっき二年ぶりに帰ってきたばかり。
こんな話ばかりでは、気も休まらないな。
「ハハ、そうだね。この話は明日に持ち越すとしよう。二人とも、羽を伸ばすといい」
――この後、僕達はゆっくりと時間をかけて、二年間分の話題を聞かせあった。
セレーナとコロナは学校での出来事や、【賢者】になるまでの苦労話を。
僕は、お店で起きた面白い話を。
夜になったら、三人で台所に立って料理を作った。
初めは僕が作ってご馳走するよ、と言ったんだけど、二人は"お父様/パパのために腕を磨いたので"と言って手伝ってくれた。
実際、二人は驚くほど料理上手になっていた。
これならどこに嫁に出しても恥ずかしくない、と褒めたのだが、何故か二人に怒られてしまった。
やはり年頃の娘は難しい。
そんなことを、二年ぶりに感じたのだった。




