第一話 才能のない黒魔導士
「エルカン、お前今日限りでクビな」
――パーティリーダーからの一言で、僕の全ては終わった。
地下ダンジョンへ潜った帰り、酒場の席で言われたことだった。
「はあ……!? ど、どうしてですか!?」
「それは、なぁ……」
突然の、冒険者パーティからの解雇宣告。
白い髭を蓄えた壮年のリーダー、ジョッシュが言い難そうにしていると、
「どうして、じゃねえ!」
モヒカン頭がトレードマークの【剣士】コンラルドが、樽ジョッキをテーブルに叩きつけて叫んだ。
「テメエが【黒魔導士】なのに、ロクな攻撃魔術を使えねえせいだろうが!」
……まあ、やっぱりそれが原因ですよね。
わかってたけど。
「テメエときたら戦闘中は支援系魔術ばっかりで、ちっとも攻撃魔術を使いやがらねえ!」
「い、いやあ、それは……アハハハ……」
「笑いごとじゃねえ! おかげで前衛は迷惑してんだよ!」
「むぐぅ……で、でもその弱体化とステータス異常で、これまでずっと貢献してきただろう!?」
僕がコンラルドに反論すると、
「……アナタの"下降支援"が優秀なのは認めるわ」
今度は【弓手】のイザベラがため息を吐いた。
「毒や炎上によるスリップダメージ、睡眠、麻痺、スタン、混乱、魅了、他にも弱体化によるステータス下降なんかに関しては、確かにいい仕事をしてる」
「な、なら――」
「でもね、自分でもわかってるんでしょ?」
見透かされたように彼女に言われて、僕はぐっと言葉に詰まった。
「アタシ達はもうAランクのパーティで、ダンジョンではそれ相応のモンスターと対峙してるの。ボスクラスになると弱体化やステータス異常への抗体持ちが当たり前。攻撃魔術が使えないと、役に立たないのよ」
僕は今度こそ言い返せない。
実際パーティがBランクからAランクに上がってからというもの、魔術の効きが悪くなったと感じていた。
特にボスを相手にしている時は顕著だった。
――僕の職業は【黒魔導士】だ。
冒険者パーティ内での役割は、魔術による"攻撃"と"下降支援"である。
まず"攻撃"だが、コレは単純に『魔術を発動して敵を撃破する』のが目的。
よく知られた攻撃魔術では、炎属性の《ファイヤーボール》がある。
魔力で火炎球を生成し、それを敵にぶつける――というシンプルな攻撃魔術だ。
上位ランクの【黒魔導士】にもなると一撃で大量の雑魚モンスターを葬り去る魔術や、ボスに大ダメージを与える魔術を発動できる。
このことから、兎にも角にも【黒魔導士】はパーティの火力要員としての役割を期待されている。
次に"下降支援"。
これは主に敵に対して発動する魔術で、弱体化やステータス異常の付与のことを指す。
例えば《ダークヘイズ》で攻撃の命中率を下げたり、敵を《ポイズン》で一定時間毒状態にしたり――などである。
敵の能力値を下げる、またはスリップダメージによって味方の戦闘を補助するのが目的だ。
攻撃魔術と比べると些か地味だが、確実に味方へ貢献できるという点では優れていると言えるだろう。
場合によっては、下手な攻撃魔術より効果を実感できる時もある。
……で、だ。
僕はそんな【黒魔導士】をやっているのだが、ちょっとした――――いや、多大な問題点を抱えていた。
そう、僕は"攻撃魔術"がほとんど使えないのだ。
【黒魔導士】なのに、魔術で攻撃ができない。
コレはかなり致命的な問題だった。
僕のちっぽけな自尊心のために言っておくと、全く使えないワケではない。
前述の《ファイヤーボール》などは使えるし、ほぼ全ての低級攻撃魔術は発動できる。
だがその辺の魔術なんて、使えても意味がない。
もうどうしようもないくらい弱いからだ。
一定ランク以上の【黒魔導士】からすれば、「ああ、存在を忘れてたわ」と言われるくらい弱い。
Aランクパーティが潜るダンジョンのボス相手になんて、爪楊枝を足に刺してやった方がまだ通用するレベルだ。
いや、流石にそれは言い過ぎか……
どうして僕が攻撃魔術を使えないのか、理由はよくわからない。
元々【黒魔導士】の魔術――つまり"黒魔術"という括りの中でも得手不得手・向き不向きはある。
【剣士】でも大剣が得意な奴と、片手剣が得意な奴がいるように。
ただ僕の場合は、それがあまりに極端だったのだ。
それでも、僕はその下降支援魔術で仲間の役に立っているつもりだった。
「むーん……我もエルカン殿の下降支援魔術は認める所だ」
パーティで【重装士】を務めるハミルトンが、兜を布で磨きながら短く唸った。
「しかし【重装士】の立場から意見を述べると……エルカン殿のせいで、我々のパーティは決め手に欠けている」
「そう! それだよ!」
すかさずコンラルドが便乗する。
「冒険者パーティってのはよ、【剣士】と【重装士】でガーッ!と突っ込んで、【弓手】がブワーッ!と支援して、トドメに【黒魔導士】がドカーンッ!と決める! それがコンビネーションだろぉ?」
「コンラルド……」
「言わせろよ、リーダー!」
制止させようとするジョッシュを抑え、コンラルドは怒鳴り続ける。
ちなみに、ジョッシュの職業はリーダー兼【剣士】だ。
「その、最後の、イッッッチバン大事な所で、テメエは無能なんだよ! おかげで俺やハミルトンが、チマチマと敵を倒さなきゃならねえ。Bランクまでなら我慢も出来たが、もう限界だ!」
コンラルドは椅子から立ち上がり、見下すように僕を指差す。
「テメエは才能ねえんだよ! 黒魔術の才能がよぉ! いくら下降支援が出来ても、攻撃魔術が出せなきゃ役立たずだ! 職業の役割も果たせねえなら、【黒魔導士】なんて辞めちまえ!」
「――――ッ!!!」
その一言は、僕の心に重くのしかかった。
考えないようにしていた言葉だった。
きっと自分にもあるのだと無意識に信じ込んでいた。
他人に決められる筋合いなんてないと思っていた。
"才能"――。
今、その言葉が改めて壁となる。
そして、彼の言葉で気付かされてしまった。
僕は――その壁を超えることが出来なかったのだと――
「コンラルド、流石に言い過ぎた」
「リーダー! こんなグズ野郎にはこんくらいハッキリ――!」
「座れ。そして黙れ」
ジョッシュに強く言われて、「チッ」とコンラルドは舌打ちしながら再び席に着く。
「……エルカン、悪いがお前をこれ以上パーティに置いておくことは出来ん。これは皆の総意なんだ。わかってくれ」
「そ……んな……」
僕は愕然とし、パーティメンバー達の顔を見回す。
コンラルドもイザベラもハミルトンも、誰一人僕を庇ってくれそうな仲間はいない。
いや……もう既に、"仲間"ではないのか……
「…………わかり、ました。今まで……お世話になりました……」
僕はゆっくりと席を立ち、フラフラとテーブルを後にする。
「おい無能野郎! その陰気な面を、二度と俺の前に出すんじゃねえぞ! 思わずブン殴っちまいそうだからさぁ!」
最後に、コンラルドが僕の背中に向かって叫ぶ。
僕はそんな彼に一言も返すことなく、酒場を後にした。
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