2話
「あっ、醤油切れてるの忘れてたわ。葉癒、お母さん買ってくるわね」
「私が行くよ。母さん疲れてるだろうから休んでて」
「ありがとう、葉癒」
母さんは本当に忘れっぽい性格をしている。その上優しいから、どんなに疲れていてもそれを表情に出す事はないし、私が自主的に動かなきゃ全部自分で何とかしようとする。
いつも、ありがとうありがとうって。そればっかり。
そんなんだから、あの男に捨てられるんだ…
あの時、私が早く気付いていたら母さんにこんな苦労させずに済んだのに…
何で私、母さんが捨てられた時…何も分からないただの子供だったんだろう。
何で…涙の意味さえも分かってあげられなかったんだろう。
母さん…早くいい人見つけて幸せになってよ…
私に遠慮する必要なんてないからさ…
母さんまで我慢しなくていいんだ…
「うーんと、あっ醤油発見。ついでに野菜も買っていこう」
スーパーに着いた私は目的の醤油を買い物カゴに入れ、もやしやぶなしめじ等、価格の安い野菜もカゴに入れていく。
ありきたりな物しか作れないけど、一応料理は小さい頃から出来る。
「はゆ…?」
「ん…?あ、君は今朝の…」
そろそろレジに並ぼうと思ったら偶然にも今朝の子供に出会い、咄嗟に視線を逸らすが、ガキは又しても私に駆け寄ってスカートを引っ張った。
「ちょ、離して…」
「ちゃみ、おちゅかいにきまちた」
「は、お使い?保育園児のくせにもうお使いしてんの?」
「はぃ…ちゃみにはぱぱしかいないから…。はゆもおちゅかいでしゅか?」
「私はもう中学生だから、お使いなんてしないよ。ただの買い物。じゃあね」
「まってくだしゃい!はゆ…ちゃみとおつきあいちてくだしゃい…」
またそういう事言うの?
めんどくさい…
「あんたねぇ、まだ3歳か4歳でしょ。10も離れた人に告白なんてするもんじゃないわよ。それじゃ」
「ちゃみ、はゆならいいもんっ…はゆならとしうえでもいいんでしゅっ…」
冷静に、適当にあしらうつもりだった。
母さんの仕事に支障が出ると困るし、相手にしなければいいだけの事なのに…
「…ふざけないでよ」
「はゆ?」
「何も知らないガキのくせに…。あんた、世間がどれだけ厳しいか何も知らないでしょ!物心ついてから後悔したって遅いの!!」
何も知らなかった幼い頃の自分。
父親がどんな人間かも知らずに慕って大好きだって言って、母さんを苦しめた…
あの時の無知な自分と、目の前の子供が重なって見えて…こんな小さい子に怒鳴ってしまった…
「は…ゆ…っ…」
「ごめん…怒鳴ったりしてごめんね…」
ビクビクと震えるその子を見て、何やってんの私…って何度も自分を罵った。
…だから嫌だったんだ。だから子供と関わるのは嫌なんだ。
「はゆ…ちゃみなかないよぉ…。ちゃみよりはゆのほうがなきしょうでしゅ…。だからちゃみはなかない…
はゆ…ちゃみをだっこちてくだしゃい。ちゃみがなみだをふいてあげましゅ…」
「っ…」
普通だったら大声で泣いてもおかしくないのに、私が傷つくと思ったからなのか、自分は泣かずに私の涙を拭おうとしてくれてる。
なに、この子…
あんな酷い事言ったのに、私の事嫌いにならないの?
ずっと手を伸ばしてるこの子を抱っこしようとすると、「茶美君!此処に居たのね!お父さんから連絡があってずっと捜してたのよ!」という声が…
その声には聞き覚えがあった。だって毎日聞いてるんだもの。
振り返ると、そこには想像通りの人物…母さんが息を切らしながら私達の元に駆け寄ってきた。