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超能力者の、終わらない夢の物語  作者: 弱腰ギャンブラー
木更枝慎也編
4/7

〈第三話〉決行前日

 侍従長です。

 慎也編第三話です。慎也君と澄川ちゃんの過去について少々と、前回相方に全員ハーレムって言われたんで、そこら辺の調整をば。

 ではどうぞー。

 コンロに掛けられたフライパンの上で、ジュー……ジュー……とベーコンが香ばしい香りを漂わせている。

 チン、と、オーブンで熱していたトーストが焼き上がったタイミングでコンロの火を消し、用意していた皿にキツネ色にこんがりと焼けたトーストを移してから上にベーコンを乗せる。

 続けて丸めたナプキンでフライパンをさっと拭い、片手で卵を割って投入。形が崩れないようにフライパンを傾けて調整。作ろうとしているのは目玉焼きだ。

 目玉焼きはそう時間がかからない。この季節であればトーストとベーコンが冷めない内に完成させられる。

 今日は六月九日土曜日。北園さんからの依頼を受けたその翌日の朝だ。

 俺はエプロンを付けてキッチンに立ち、朝食の準備をしている。

 ずっと前から一人暮らしだったため、この手の家事は慣れたものだ。料理・洗濯・掃除。大体のことは自分で出来る。

 これからその依頼の件で、外出しなくてはならないのだが、俺としたことが少し寝坊してしまった。なので少しばかり急いで準備しているというわけだった。

 休日の朝食ぐらいゆっくりと食べたいものだが……そういうわけにもいかないのだ。

 そんなことを考えている内に目玉焼きが出来上がった。熱い内にトーストに乗せ、塩コショウをパラパラーッとかけて出来上がり。

 ついでに昨日の余り物のおかずとサラダを出し、牛乳を注ぐ。お腹があまり強くないので先にレンジで温めてから。

 出来上がった朝食をリビングの机に並べて席に着く。


「いただきます」


 手を合わせて呟き、トーストを一口かじる。自画自賛にしかならないが、美味い。急ごしらえの割には上出来だと思う。

 む。卵が半熟だったか。目玉焼きの中から黄身が溢れてきた。

 付け合わせのウィンナーをかじりながら、何ともなし家の中を見回す。

 七年間ほど、俺が一人で暮らしてきたこの家を。


「…………」


 殺風景だ。家の主である俺からしてもそう思う。

 このリビングも、向こうに見える居間も、そして俺の部屋に至るまで、必要最低限のものしか存在しない。

 俺の部屋にあるのも、せいぜいが机に椅子、タンスにベッドとちょっとした本棚程度のもの。使っていない部屋にはそれこそ何もない。

 どこにでもあるような家具しかなく、そこに住んでいる人間がどういうものなのか、その人物像が全く見えてこない。

 ……だからどうした、と思う。

 どうせ、木更枝慎也なんていう人間は、とうの昔に消え去っている。

 全ての子供にとって一番安心できる存在であるはずの――両親の手で、俺は捨てられた。




§




 つまり、俺は捨て子というヤツなのだった。

 両親に捨てられたのは、今から十年前。俺を拾ってくれた人の話だと、俺は近くの森の中へ捨てられていたらしい。あと少し発見が遅れれば危なかったそうだ。

 すでにほとんど風化してしまった幼い頃の記憶。その中の一番古い記憶に、あの時の絶望と悲嘆は色濃く残っている。

 捨てられた理由は俺にもよく分からない。特に両親の仲が悪かったというわけでもなかったと思う。ただ、俺が両親から愛情を向けられていなかったことは確かだ。

 連れてきた俺の手を放した、あの時の両親の酷く冷たい視線。自分の子供を人とも思っていないようなあの視線に、今でも思い出しただけで震えが来る。


 森の中で独りぼっちで、泣きじゃくりながら両親を呼んでも答えが返ってくることはない。お腹が空いて喉が渇いても、ご飯が出てくることもない。子供の手では自らそれらを調達することは出来ない。

 そんな時間を、少なくとも二日(・・)は過ごし、俺は全ての希望を捨てた。

 待ち続けていれば、いつか二人が迎えに来て、優しい声をかけて抱き締めてくれる――必死に縋りついていた可能性を自ら否定した。

 憤怒した。憎悪した。悲嘆した。諦観した。絶望した。

 寂しくて仕方がなかった。あの時の俺には誰も居なかった。

 悔しくて仕方がなかった。あの時の俺は誰よりも弱かった。

 どれだけ寂しくても、どれだけ悔しくても、俺には何も出来なかった。無力な子供には、何一つ出来やしなかった。


 いや――昔だけじゃない。今でもまだ、俺は何一つ出来ていない…………




§




「……そろそろ時間か」


 漫然とした思考を続ける中でふと時計を見ると、すでに出発する時刻を過ぎていた。そろそろっていうか、もう遅刻確定なんだが。

 溜め息を吐きながら椅子から立ち上がり、食べ終わった食器を流し台に置く。本当なら置いておきたくはないが、まあ仕方ない。帰ってから洗うことにしよう。

 戸締りの確認をして財布と携帯をポケットに突っ込んだら、それで準備完了である。後は傘か。

 確か定期の金額はまだ余裕があったはず。どうせ昼飯は外で食うことになるだろうが、そこまで金はかかるまい。

 足を引き摺るようにして玄関へ向かい、スニーカーを引っ掛けて外に出た――瞬間、梅雨特有の湿気を多分に含んだムッとした空気が押し寄せてきて、思わず眉を顰める。正直もう帰りたい。

 雨は降っていないようだが、一応持って行こう。傘立てから一本抜き取り、外に出てしっかり鍵を閉める。行ってきますは言わない。


「…………はぁ」


 何に対してかもわからない溜め息を零し、俺は他の皆との待ち合わせ場所へ向かうために、最寄りのバス停へと足を向けた。




§




 北園愛佳ちゃんから依頼を受けた翌日の土曜日、その夕方頃。私――澄川(すみかわ)茉奈美(まなみ)は一人、今回の依頼で重要な位置づけになる再開発区の近くに来ていた。

 木更枝先輩、佐久良先輩、鴛文先輩との話し合いを終えた後である。お母さんからのお使いついでに、つい好奇心で立ち寄ってしまった。もしかしたら愛佳ちゃんも今の私みたいな考えで侵入してしまったのかもしれない。

 今の再開発区がどれだけ危険な場所かは、私も分かっているつもりだ。けれど明日には、私もここに来ることになる。

 木更枝先輩や佐久良先輩は以前にも立ち寄ったことがあるらしいけど、私は本当に初めて。

 すごく緊張してしまう。純粋に恐怖のためだった。

 私は元々怖がりな性質だ。中学時代の私なら、こんな場所自分から進んでくることなんてなかったと思う。

 けど、高校に上がって、『お悩み部』に入って。私も少しは変われたと思う。

 ホントは優しいのに色々と面倒臭い、あの不良な先輩のおかげで。私は変わることが出来たと思う。


 と、噂をすれば何とやら。


「……ん? 澄川?」


 ふと聞こえてきた声に、私は驚きながら振り返る。そこに立っていた人物を見て思わず息を吞んでしまった。


「……火灯(かとう)先輩?」

「おう。そうだけど」


 ボサボサの髪に冷めた瞳、気だるげな口調と態度。そしてその左手にある一本の煙草。

 間違いなく、私の一つ上の先輩で『お悩み部』の部員の一人、丹羽(にわ)火灯先輩だった。彼は私と同じ中学の出身でもある。

 彼のことを考えていたら、彼と遭遇した。余りのタイミングの良さに呆然とする私を、火灯先輩は煙草の煙を吐きながら訝しげに見つめていた。

 私が火灯先輩に挨拶をしようと口を開いた矢先、彼と一緒に居たすらっとした綺麗な女性が私に向かって話しかけてきた。


「どうも初めまして。君、コイツの知り合い?」

「あ、えっと、は、はい。す、澄川茉奈美といいます。その、火灯先輩とは、同じ部活で」

「ああ、例の『お悩み部』とか言うヤツ。確か能力者ばっかなんだってね。いろいろ大変そうだけど」

「い、いえ、いつも、とても楽しいですから」

「そっか」


 それだけ言うと、その女性はニヤリと笑った。ともすれば下品にも見えるその笑みは、何故か私の目には、とても魅力的に映った。

 彼女はその笑みを保ったまま傍らの火灯先輩の肩を叩いた。


「んじゃ、火灯。あたしはそろそろ帰るよ」

「え、ちょっ、師匠? ラーメンは?」

「今日はパスで。ラーメンは逃げやしないよ。それより、自分の後輩の心配をしな」


 ああ、この人が、火灯先輩のいうお師匠さんなのか。二人の会話を見ながら、私は一つ頷いた。初めて見る彼女の居住まいに、不思議な納得を覚える。

 火灯先輩の話だと、この人もいわゆる『悪』らしいけれど、特に忌避感や嫌悪感などは感じさせない。多分それは、このお師匠さんの持つ不思議な雰囲気のせいだろう。


「心配?」

「おいおい、この近くにあるもののことを忘れたわけじゃないだろ? 何でその娘がこんなとこ居るのかは知らないけど、せめて護衛ぐらいはしてやんな」

「えぇ……」

「後輩は大切にしろよ。特に自分を慕ってくれてる娘はな。あたしにとってのお前みたいなもんさ」

「師匠……」


 軽やかに笑って告げられた一言に、先輩は感動したように声を震わせてお師匠さんを見つめた。

 むぅ。何だか少し、面白くないです。


「それじゃあね、澄川ちゃん。火灯のこと、よろしく頼むよ」

「あ、はい!」


 私の返事に満足そうに微笑んで、彼女は颯爽と去って行った。後ろ姿まで格好良い。少し憧れる。

 先輩はそんな私を見て一つ大きく溜め息を吐き、


「んで? さっき師匠も言ってたけど、澄川、何でお前がこんなとこに居るんだよ」

「えと、それは……」


 言ってもいいものかと考えもしたが、そもそもこの先輩も『お悩み部』の一員だ。いくらほとんど幽霊部員のような扱いとはいえ、こうして会えたからには、少し協力してもらおう。

 そう決めた私は、先輩に事情を説明することにした。


「……はぁ、まぁ、相も変わらず面倒なことしてんな、お前ら」


 全てを聞き終えた先輩は、呆れたようにそう零した。先輩からしたらそうでしょうけども……。

 歯痒い気分で居ると不意に風が吹き、どこか焦げたような匂いがツンと鼻を衝いた。この匂いを私はよく知っている。ヤニの匂い……つまり、煙草の匂い。

 ジロッと睨んだ先には、新しい煙草を取り出そうとしている先輩の姿が。

 私は少し不機嫌な面持ちで腰に手を当てて、


「先輩? また煙草なんて吸ってるんですか?」

「またって……いつものことだろ」

「もう、健康に悪いからやめて下さいって、何度言えば分かるんですか?」

「うるせぇな。俺の勝手だろ」

「うるさくないですし、勝手でもないです。煙草の煙が害を及ぼすのは吸ってる人だけじゃないんですよ」

「ならお前が俺から離れればいい。毎回わざわざ説教垂れに来やがって」

「あぅ……」


 言われてみれば確かに……どうして私はいつも、こういう風に言いたくなるのだろう。

 いえ、私はただ先輩が心配なだけ。ヘビースモーカーで不真面目で無神経で無気力で不良な人だけど、こんな人でも一応は私の恩人なのだ。




§




 中学時代、私はクラスの、というより学年の女子からイジメを受けていた。

 数人程度からの嫌がらせなどではなく、もっと多数からの集団によるイジメ。それは二年生に上がった頃から唐突に始まった。

 今となってもそもそもの原因は分からない。分からないけれど、当時の私は今に輪をかけて内気で臆病で、いつもオドオドしていたから、そんな私の態度が癇に障ったか、玩具に丁度いいと思われたか。

 そんな私だから、何をされても涙を堪えて俯くことしか出来なかった。惨めな思いを、ただひたすらに堪えて。

 もちろん、それだけの規模のイジメが起こっていれば学校側もすぐに気付くはず。例え男子が見て見ぬふりをしていて、あまつさえイジメに加担しているような有様でも、大人であれば、私を守ってくれるはず。それまでの辛抱だと、自分に言い聞かせて。私は耐え続けた。

 けれど、何週間経っても、何ヶ月経っても、イジメが止むことはなかった。先生たちはイジメなどという言葉は一言も口にせず、私が相談しようとしても露骨に避けられた。

 見捨てられた。私たちを守ってくれる立場であるはずの大人たちに、見捨てられたのだと分かった。

 恐らくは、不祥事になることを恐れて。あの中学校は近辺では有名な進学校だったから、集団いじめが発生していたなんていう悪評が広まるようなことは避けたかったのかもしれない。

 ともあれそうして、私の味方は居なくなった。両親は家を開けていることが多く、慰めてくれる人も居なかった。

 何をされていても、誰も助けてくれなかった。

 どれだけ泣いていても、誰も声をかけてくれなかった。

 いくら助けを求めても、誰も手を差し伸べてはくれなかった。

 そんな状況でも学校に行っていたのは、私なりの意地だった。負けたくないという、吹けば飛ぶような淡い闘志をかき集めた結果だった。

 そのせいでさらにイジメはエスカレートしていたのだから、皮肉としか言いようがないけれど。

 やがて三学期に入り、雪がしんしんと降り注いでいたある日。私はとうとう堪え切れなくなり、自殺を決心した。

 首吊りを考えたけど苦しそうだから怖くなって、学校の屋上からの飛び降り自殺を取ることにして、私は一人屋上に向かった。

 屋上の縁に立って下を見下ろして、呆然としていた時のことだった。


 ――偶然屋上に上がってきた、火灯先輩と出会ったのは。


 後から聞いた話では、久しぶりに学校に出てきたけどやっぱり面倒臭くなって一服できる場所を探していたらしい。

 ともかく、屋上にやって来た彼は、立ち竦む私に気付いて、一言。


「……大丈夫か?」


 その一言で、感情が決壊した。

 事情なんて知らなかったはずなのにかけられた、気遣いの言葉。

 後から後から流れる涙を止められなくなって、嗚咽も堪え切れなくなって、私はそのまま先輩に縋りつき、幼子のように泣きじゃくった。

 言葉にならない私の声を全て聞き届けた彼は、いつの間にか真剣な表情で決然と前を見据えていて、


「……分かった」


 それだけ、口にした。

 その翌日から、私へのイジメはぱったりと途絶えた。




§




 結局、その件を先輩に問い詰めてものらりくらりとはぐらかされるだけだった。

 けれど私は確信していた。絶対に、火灯先輩が何かしてくれたのだ、って。

 私をイジメていた主犯格の子たちが数日後に顔を真っ赤に腫らしてフラフラと覚束ない足取りで登校してきた。

 皆が心配そうに彼女たちを見つめている中で、彼女たちが入ってきたドアからそっと離れて行く先輩の姿を、私は見逃さなかった。

 それに、先輩はイジメなんていう行いを、絶対に許容出来ない。

 そんなカッコ悪いことを、『美学』に反することを認められるはずがない。


「先輩、制服の時もその匂いプンプンさせてますよね。先生方に目を付けられちゃってますよ?」

「いいんだよ。センコーどもの目気にして気遣って生活するとか、全く格好良くないし」

「格好良くないって……」


 無駄にキリッとした表情で言い切る先輩に苦笑しながら、胸の奥に暖かい何かが広がるのを私は感じた。

 よく分からないけれど、決して不快ではないその感情が溢れるままに、私は小さく微笑みを浮かべた。


「……もう。そんなんじゃ、先輩留年しちゃいますよ?」

「別にいいよ、留年とか」

「留年しちゃったら、先輩来年度には私と同じ学年ですね」

「……あ?」

「いいんですか? いっつも偉そうにズケズケ言ってる面倒臭い後輩と、学年だけとはいえ同じ立場になるなんて、そんなの格好良くも何ともないですよね?」

「………………チッ」


 私の言葉に先輩はこれ以上なく不機嫌そうに眉を顰めて考え込み、やがて舌打ちとともに手に持っていた煙草を携帯灰皿に入れてポケットに突っ込んだ。

 私は満面の笑みで、


「はい、よく出来ました!」

「テメェ……マジ覚えてろよ」


 すごく忌々しげに呟いた先輩は、そのまま私を置いて踵を返し、迷いのない歩調で歩き始めた。

 突然の行動に少し面喰らいながらも、私は慌てて彼の後を追う。


「あ、あの、どこに行くんですか?」

「……送ってやる」

「え?」

「送ってやるって言ってんだよ。再開発区に閉じこもってるようなヤツらなんて、下っ端に威張り散らして、カツアゲして、女犯して、ぐらいにしか能のない、アホな狼どもだからな。……いや、狼に失礼か。犬どもだからな」

「えっと……」

「そんなクズどもの前に姿を現してみろ、お前みたいないかにも気弱そうな女なんぞ一瞬で捕まえられて精神崩壊するまでマワされんのがオチだ」


 何だか色々分かりにくいけれど、それってつまり……


「先輩……私のこと、心配してくれてるんですか?」

「…………早く行くぞ。襲われたいって言うんなら置いて行くが」


 先輩はそっぽを向いて足を速めた。

 そんな彼の姿に、私は我知らず顔一杯に笑みを浮かべる。

 ここに来たのは目的があってのことだったけれど、いつの間にか私の頭からはそんなことは吹っ飛んでいた。


「待ってください、先輩!」


 私は弾むような足取りで、前を行く先輩の背中を追いかけ始めた。

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