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超能力者の、終わらない夢の物語  作者: 弱腰ギャンブラー
木更枝慎也編
3/7

〈第二話〉 持ち込まれた依頼

 どうも、侍従長です。慎也編第二話です、よろしくお願いします。

「どうぞ」

「あ、ありがとうございます……」


 今日やってきた依頼人は、澄川と同じ一年生の、眼鏡をかけた地味な印象の女子生徒だった。

 応接スペースのソファーに座った彼女に、淹れ直したお茶を差し出すと、礼を言って受け取った。けれどすぐに思い詰めた様子で俯いてしまう。

 そんな彼女の隣には澄川が座り、心配そうな視線を向けている。どうやら彼女は澄川の友人で、名前は北園(きたぞの)愛佳(あいか)というらしい。

 澄川と北園さんの対面のソファー、佐久良の隣に腰かける。


「えっと、愛佳さんだっけ。今日はどんな依頼を持ってきたの?」

「……は、はい。えっと、その……」


 言い淀む北園さんを、佐久良はニコニコ笑顔を浮かべて根気強く待った。焦らせる必要はない。

 中々言葉が出てこないのか、俯いて不明瞭な声を洩らす北園さんの手を、澄川が優しく握った。これは緊張……というよりも、恐怖の方が近い気がするな。

 その様子を眺めながら、俺は内心で舌打ちしたくなった。

 どうやら今回の依頼は、マジのヤツのようだ。

 いつもは下らない内容ばかりの『お悩み部』の依頼だが、ごく稀にかなりヤバめのものも持ち込まれる。

 例えばストーカー被害だとか、不良グループに目を付けられただとか、そんな、明らかに警察に持って行くべき――しかし事情があって持って行けないものが。

 チラチラと室内を怯えた目で見渡す北園さんに、佐久良は優しい笑顔で言った。


「大丈夫だよ、愛佳ちゃん。この部屋に居るのは私たちだけ。私たち以外には誰も聞かれてないから」

「…………はい。ありがとう、ございます」


 佐久良の言葉を受けて、北園さんは一つ深呼吸をしてから、ゆっくりと顔を上げた。落ち着いたらしい。

 改めて事情を聞こうとした時、北園さんはおもむろに自身のスマホを取り出してチョチョイと操作し、俺たちに見せてきた。

 写真が添付された一通のメールのようだった。画面を覗き込み、俺たちは眉を顰めた。




 そこに映し出されていたのは――明らかに隠し撮りだと分かる、北園さんの写真と、


『日曜日午後四時。再開発区の一番高いビルの四階に一人で来い。

 もしそれまでに通報なんかしやがったら、分かるよな?

                 BLACKBIRD』




「……これは」

「脅迫、か」


 かなりヤバめの案件だった。

 文面から見るに、この『BLACKBIRD』とやらは不良グループだろう。

 そいつらが何らかの事情で北園さんに目を付け、こうしてメールで呼び出した、ということか。


「……このメールは、いつ送られてきたんだ?」

「昨日の夜、です。八時ぐらいに……」


 俺の質問に、北園さんは消え入りそうな声で答えた。

 昨日の夜か……。近いな。

 添付されていた写真をよく見てみる。


「この写真の背景、再開発区だよな。君はここに行ったことがあるのか」

「は、はい。その、一昨日、友達と一緒に」


 ならこの写真は、その時に撮影されたものか。一昨日に撮られて、昨日メールが送られてきた、と。

 ――俺たちの通う三津原高校のあるここ五河(いつか)町の南には、再開発区と呼ばれる地区が存在する。

 十五年ほど前に持ち上がった都市開発計画。

 十年にも及ぶ大工事が完了すれば、この四良木(しらき)市の顔となるはずだった計画はしかし、着工から数年したところで何か大きな事故があったらしく頓挫。

 今では壁面に罅の入った廃ビルや、錆びた骨組みが丸見えとなった建物の乱立する廃墟であり、ゴロツキどもの絶好の溜まり場と化していた。

 数年前まではただの廃墟でしかなかったが、一応再開発計画が立ち上がっているらしく、『再開発区』と呼ばれている。

 計画だけはすでに組み上がっているものの、再開発区を占拠するゴロツキどものせいで着工すらされていない。

 そんな場所であるから、立ち入り禁止の区域となっているのだが、どうやら彼女とその友達は好奇心に負けて行ってしまい、案の定目を付けられてしまったらしい。


「警察には言ったの?」

「言ってません……。通報するな、ってあったし……それに、再開発区に言ってたのがバレたら……」

「立ち入り禁止だもんね」

「はい……。すいません」

「謝らなくていいよ、愛佳ちゃん」


 縮こまって俯く北園さんの背中を、澄川が優しく擦る。

 とりあえず話を聞くのは佐久良と澄川に任せ、俺は鴛文の方へ向かった。


「鴛文。『BLACKBIRD』ってのについて分かるか?」

「んー? それって全部アルファベットの大文字?」

「ああ」

「ならこれかな」


 言うなり、鴛文はキーボードに何事かを素早く打ち込んで、一番下の段の真ん中のディスプレイにそのページを映し出した。

 ざっと見たところ、『BLACKBIRD』に関する情報をまとめたページのようだ。


「一ヶ月程前に結成され、再開発区での縄張りを徐々に広げている新進気鋭のチーム。今までですでに三つものチームが呑み込まれている……」

「どうやらコイツら、以前潰されたチームの残党が再集結して、新メンバーを取り込んで結成したチームみたいだね。ほら、『レッドバロン』。覚えてる?」

「ああ……俺たちが潰した奴らか(・・・・・・・・・・)

「そっ」


 なるほどな。ってことは、俺たちとも多少なり因縁の相手か。


「コイツらの本拠地は?」

「んーっとね。……あ、あった。再開発区のほぼ真ん中、何かの事務所かな? ここだね」

「あのビルじゃないのか」

「構成員は三十人ぐらいらしいからね。いつもはこの事務所で十分だろうけど……ヤることヤる時は、広いところの方が都合がいいんでしょ」

「……他にも新しい情報が入ったら教えてくれ」

「おっけー」


 軽く返事をする鴛文に礼を言ってから、俺は壁にかかったカレンダーを見た。今日は六月八日金曜日。指定された日時は、六月十日日曜日午後四時。

 今日を入れてあと二日はある。一日の猶予があるなら、何かの対策をするのに十分だろう。

 当然ながら、今回の件は荒事になる。となれば、使うのは俺と佐久良、澄川の能力だ。

 まあつまりいつも通りというわけだが……。

 頭の中で算段を立てながら、話し込む佐久良たちの元へと向かう。


「あ、シンヤ。何か分かった?」

「ああ、色々とな。その話は後でするとして、そっちは?」

「メールを送ってきたのは、非通知だったからそのグループの誰かだと思います。けど愛佳ちゃんにはメールアドレスがどこで知られたのか心当たりはないって」


 澄川の言葉に、俺は考え込んだ。

 ふむ……。流出先は分からないか。

 あ。そういえば、


「一昨日に再開発区に行ったのは友達と一緒だったんだろう? なら、その友達のところにはこんなメールは届いてないのか?」

「……っ、は、はい。私だけ、だったみたい、です」


 俺がそう訊くと、北園さんはびくっと肩を揺らして、ややぎこちない動きで頷いた。

 その不自然な動作を不思議に思ったが、すぐに思考を切り替える。


「ってことは、北園さんがアイツらによほど気に入られたか……もしくは……」

「あ、あの、どうかしましたか?」

「……いや」


 言葉を切った俺に、北園さんは不安げな視線を向けてきた。


 ――絶対に抵抗できない弱者として、北園さんを選んだか。


 結局不良なんてヤツらは、臆病な子供の集まりなのだ。

 世の中に不満があるくせにその不満が何か分からず。

 その正体に気付いても何か行動を起こすわけでもなく。

 身の回りの悪いお手本を見習って斜に構えてみたりして。

 行動を起こしたとしても間違った方法でしか動けず。

 間違いに気付いても引き返す勇気もなく。

 段々と怖くなってきて、安心したいから徒党を組み。

 人数を揃えても、やっぱり根底には怯えがあって。

 それを認めたくないから弱者だけを狙って威張り散らし。

 けれど絶対的強者の前では跪いて媚び諂って従って。

 やがて行ってはいけないところまで堕ちて行き、その段になって自分が何をしていたのか、自分がいかに愚かだったのかに気が付く。後悔する。苦悩する。懺悔する。

 何一つ自分で決めて来なかったコイツらは、ただ大人の言うことに従うだけの子供と変わらない。


 ――しかし中には、自らの意志と責任でもって『悪』の道を貫くヤツも居る。

 そう言うヤツらは、自分の中に揺るがない覚悟と信念と誇りを持っているから、『悪』だと分かっていても人を惹き付ける。

 何にも、誰にも、靡かず屈さず従わず。ただ己の信念と美学だけを胸に突き進む。

 例えその先にどんな結果が待っていたとしても、不敵に笑って、恐れず怯まず立ち止まらない。

 どうしようもないところまで行ってしまったとしても、決して悔やまない。嘆かない。悲しまない。

 なぜならそれが、自分で選んだ道だから。自分自身で考え、決断し、踏み出した道だから。

 俺の知り合いにもそういうのに魅せられてしまったヤツが居るから、よく分かる。

 それが、いわゆる『カッコいい悪』というヤツだが……今回の相手は、残念ながらこっちではなく臆病な子供の方だ。


「…………なら、やることは前回と変わらんな」

「愛佳ちゃんについて行って、待ち構えていたヤツらをぶっ飛ばして、そこから鼠算方式でボスまで潰す?」

「ああ。……いいよな、部長」


 考えた作戦の合否を、部長である佐久良に確認する。

 あまりに力技で強引で、暴力的な解決方法。

 北園さんは怯えたように息を呑んだ。知っていたはずの澄川でさえも顔を青褪めさせてゴクリと唾を呑み込んだ。


 けれど、彼女は。佐久良は。


「うん。お願い」


 一瞬の躊躇も逡巡もなく、コクリと大きく頷いた。


「絶対愛佳ちゃんを守って、それで終わりにしよう。もう誰も怖い思いを、しないように。もう誰も、傷つけられないように」

「……ああ」


 そう口にする佐久良の言葉は、まるで自分に誓っているように思えた。

 瞬きすらせずに俺を見つめる佐久良の瞳は、壮絶な決意と覚悟で輝いていた。

 背筋を伸ばして膝の上で拳を握り締める佐久良には、普段のバカっぽさなど微塵もなかった。

 彼女のその姿からは、確かな覚悟が見て取れる。

 ただ口にするだけでなく、自らその願いを実現しようという強い思い。

 だからこそ(・・・・・)――俺は、佐久良夜那という少女に、沈痛な眼差しを向けざるを得なかった。

 彼女が掲げる理想と願い――その根底にあるものを。今の彼女を形作る悲惨な過去を、俺は知っているから。

 世界の理不尽を小さな体に受け、押し潰され、一度全てを失って尚前を見続ける佐久良。

 けれど……全てから逃げた俺に、彼女に何かを言う資格はない。

 だから、


「任せろよ、部長」


 俺は無理矢理笑みを取り繕って、頷きを返した。

 チラリと時計を見ると、下校時刻ギリギリだった。


「澄川。悪いが今日は北園さんを家まで送ってやってくれ。北園さんの連絡先は?」

「知ってます」

「そうか。なら、当日の連絡は任せた」

「分かりました、先輩!」

「え、えっと、あの……?」


 澄川の持つ能力は、俺たちの中で最も護衛に向いている。澄川が付いている限り、直接的な手段で彼女を傷つけるのは不可能に近い。

 それがたとえナイフのような凶器や、銃弾であろうともだ。

 猛スピードで変化していく状況に、北園さんは目を白黒させるばかり。


「う、受けていただけるんですか……っ?」

「もっちろん! 断るなんて選択肢は、元々この部にはないよ!」


 明るく笑って、佐久良は身を乗り出して北園さんの両手を握った。


「どんな依頼であれ、全部『お悩み部』が解決してあげるから! ……だから、愛佳ちゃん。もう大丈夫だからね」

「…………っ、はい……っ!」


 佐久良の優しい笑顔に、正式に『お悩み部』の依頼人となった少女は、ようやく笑ってくれたのだった。

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