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憧れの地、ベルクリア

主が放り投げたベールを拾い上げながら、フェイザはため息をついた。

「お言葉ですが、お嬢様」

「何よ」

「到着まではまだ時間がありますので、もう少々ゆっくり進んでみてはいかがでしょう」

「ええっ!? もうあそこに見えてるのに?」

「ベルクリアは非常に大きな街ですので。遠近法で近く見えるのですね」

「エンキンホウ? 何よそれ」

しれっと答えるアリーシャ。フェイザは何も言わなかった。


彼女は10年ほど前から、この家の従者として働いている。そして彼女が仕える主こそが、今目の前で呑気に街並みを眺めている少女、アリーシャである。


いや、年齢的にはもう女性と言ってもよさそうなくらいなのだが。

良家に生まれ育ち、本人が可愛いもの好きなこともあってその出で立ちはまるで砂漠のプリンセスである。

しかし彼女は見た目こそおしとやかなのだが、中身は破天荒そのものである。外ではわりかし大人しく、人見知りに分類されるはずなのだが。

好奇心旺盛が行き過ぎて何かあればすぐそちらへ駆け出し。思い通りにならないとすぐ不平を言う。親しい者には、まるで容赦がない。頭はいいはずなのだが、世間知らずでときどきびっくりするようなことを言ったりする。これでもう18歳だというのが信じられない。

(まあ、真面目で優しいところもあるのですけどね)

フェイザはちらりとアリーシャを見やる。遥か彼方を見やる眼差しは物憂げで、いつもより少しだけ大人びて見えた。


アリーシャは、希望に燃えていた。むしろ輝いていた。ようやく来た、この街だ。憧れの地、ベルクリアだ。

「にしても暑い……」

「昼前ですから当然ですよ」

「ったく、なんで気候が私に合わせてくれないのよ」

「きっと日頃の行いのせいですね」

アリーシャはフェイザの前をさくさくと歩いていく。こういった根性はさすがのものだ。


そしてそれからさらに歩みを進め――ようやく国境まで差し掛かった。

前には何やら甲冑を着込んだ門番が立ちはだかっている。

「ここからは入国証が必要となります」

「はいっ」

アリーシャはバッグから手のひらサイズのカードを取り出すと、柱に刻まれたマークにかざす。一瞬光が放たれて、重厚な造りのゲートが開く。

この辺りは治安も比較的いいらしいから、ここまで厳重にしなくてもいいと思うのだが。

そう思いながらも、彼女は前に進み出る。


そこは、今まで見たことのない場所だった。本では繰り返し見た。話にも聞いていた。でも、それは彼女の予想を上回るものだった。

大通りに立ち並ぶ建物は、似ているように見えて少しずつ違う。赤、青、黄色にピンクの屋根に、鳥や植物や幾何学模様の意匠。通りを行く、華やかな服装の人々。老若男女が楽しげで、活気に溢れている。

たくさんの建物が立ち並んでいるにもかかわらず、空が驚くほど高く見えた。

自分が暮らしてきた街とも、長い間渡ってきた砂漠とも違う。それはここが自由な街だからだと、アリーシャは思った。

(空がきれい。風が気持ちいい……ここがずっと、私が憧れていた街なのね)

彼女はひとしきりその風景に目を奪われ、それから自分の過去に思いを馳せた。


彼女は昔から、好奇心の強い少女だった。彼女の家には図書室があり、ゆとりのあるスペースに何百といった小説に学術書、図鑑までもが並んでいた。

遅くまでの外出を許されていなかった彼女は、毎日そこで本を読んだ。めくるめく物語の世界。まだ見ぬどこかにある、様々な場所。彼女にとっては、その部屋が世界であると言っても過言ではなかった。

そんな頃だろうか。「図書館司書」という仕事があると知ったのは。知識と魔術を駆使して、あらゆる資料を収集、管理する。ずっと本に親しんできた彼女が、憧れないわけがなかった。

「図書館司書」になるーー

それが彼女の、初めてで唯一の夢だった。

彼女は司書になる方法を調べた。話によると遠く西の方面には学問の中心となる場所があり、そこには数多くの知識人や学生が集い、学問を深め、交流しているという。


やがて彼女はベルクリアに行って、そこの学校で図書館司書に必要な学問を学びたいと考えるようになった。そこなら、親にも邪魔されない。好きなように読み、好きなように学べる。大切にされすぎるとダメになってしまうということを、彼女自身も薄々感じていたのだろう。

そして、ついにその時が来た。彼女が図書室にある全ての本を読み終えたのだ。もうこの狭い世界だけでは、足りなくなっていた。

両親は猛反対した。今まで世間知らずに育てて来たのだから当然である。

何度も何度も説得を重ね、従者のフェイザを連れていくという条件付きで、ここベルクリアで学ぶことを許されたのである。


彼女はまた一歩、足を踏み入れた。

胸がドキドキする。自分が本当にやりたいことができるーーただそれだけのことが、幸せだった。

(私は、きっと素晴らしい図書館司書になってみせる)

アリーシャはそう思って、拳を握りしめる。

(ようやくここまで来れたんだから、もう後戻りはできない。とにかく、頑張らないとね)

彼女はそう思った。

「そろそろですよ、お嬢様」

「えっ?」

言われて彼女は顔を上げた。

べール越しに見たのは、深い青の屋根がいくつも連なる、まるでお城のような校舎。街の中心奥にそびえ立つ、学問の中心かつ人々の交流の場。

これから通うこととなる、学園の校舎である。

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