戦いの後と、少しの大事な決断
アリーシャはこの期に及んで、まだ何が何だか分からないままだった。ただ、とんでもないことが起こったのは確かだ。
放課後、図書館、委員会の部屋。
まるで、いつも通りの光景だ。いつも通りと言っても、アリーシャがここに来るのはまだ2回目なのだが。それくらいの安心感があった。
アリーシャは部屋に入るなり、近くにあった椅子に座り込んだ。フカフカのクッションが心地よい。
「さっきはごめんね、驚かせちゃって」
「は、はい」
本当に申し訳なさそうなジェイに、アリーシャはぎこちなく答えた。
するとメリルがダグラスに視線を向けた。
「それで、どういうことだか説明しなくていいの?」
「何で俺が」
「何言ってるの、部長さん♪」
ダグラスははあ、とため息をついて、明らかに嫌そうな顔をした。
「分かった。仕方ないな」
ここまで仕方なさそうにいわれてはもう何も言えない。アリーシャは膝の上に手を置いた。
「まず、この図書館委員会が設立された経緯についてだが」
外は穏やかに晴れていて、小鳥のさえずりと生徒たちのはしゃぎ声が聞こえてくる。
あまりの平和さ加減に何だかクラっときそうになる。
「今から10年前。一人の生徒が、行方不明となる事件が起こった」
ダグラスの辛気臭い声に、アリーシャは部屋の中へ引き戻された。
「当時、けっこうな騒ぎとなったようだ。しかし、警察を総動員しても見つかることはなかった。捜査も打ち切りとなろうとしていた、その頃だ」
ダグラスは表情を変えないまま続ける。
「偶然にも図書館委員会の生徒が、それを発見したのだ。そう、あの図書館裏で」
アリーシャは先程の光景を思い出した。静かな、光の届かない空間。そこがまさか、あんなことになるなんて。
「彼は魔物に捕らわれ動けなくなっている所を、教師陣の力でやっと連れ戻された。そして図書館委員会では緊急会議が行われた。なぜ、何が、どうして。全てが手探りだった。そして。
その日から図書館委員会は、図書館裏の秘密を調査する組織となった」
「えっ?」
「何だ何が言いたい」
「いや、ずいぶんと話が飛んだ気がするんだけど」
「それがだな。その当たりは俺にも詳しく分からないんだ。おそらく図書館裏の現象を目の当たりにして、自分たちが何とかしなくてはならない危機感と使命感を感じてのことだろう」
「はあ」
一通り話し終えると、椅子の背にもたれかかってまたため息をついた。何コイツ、ため息が趣味なの?そう思ったがもちろん口には出さなかった。
「まあ、このような事件は調査しようにも難しいですしね。国や警察の介入する領域ではないのでしょう」
メリルは実に落ち着き払った様子だ。
「ていうか、今日のアレは一体何なの!? なんていうか……ワケ分かんないんだけど」
「ああ、それはだな」
ダグラスはアリーシャの騒ぎ声なんて届いていないかのような表情で続ける。
「あの図書館裏は、異世界に通じているようだ」
「……異世界」
アリーシャはそう繰り返して、何だか自分がバカになったような気がした。
異世界だなんて聞いたことがない。いくらここがベルクリアで、世界から腕利きの魔術師が集まる場所だとしても、やや突飛すぎる。
まあていうか言われるまでもなく、あそこは「異世界」だったわけだけど。
「そして調査を進めるうちに、俺たち……厳密に言えば俺たちと教授は気づいた。異世界はこちらの世界と無関係ではなく、入り口は案外簡単に開かれている」
そこまで話して、少し息をつく。
「そしてその異世界とは、本の世界の再現であると」
そのことは、アリーシャも予想はしていた。しかし改めてはっきり言われると、すごく違和感がある。
「この図書館の資料を借りた者が、何らかのきっかけで本の世界に迷い込む。その結果、図書館裏に迷い込んでしまうということのようだ」
アリーシャは、ただ黙って話を聞いていた。
何だか分かったような分からないような、やっぱり分からない話だ。
「当の本人にとっては、異世界に飛ばされたという自覚はない。ある時突然、眠りに落ちてまた目覚める。それだけだ」
「じゃああの人の中では、夢を見ていたということになってるの?」
「そうだ。だから、元の世界に戻れれば、何の支障もない」
「戻れなかったら?」
「永遠に夢を見続けることになるだろうな」
「……」
それじゃあもしかしたら、まだ知られていないだけで本の世界に捕らわれたままの人もいるのだろうか。
「まあ、今のところ図書館裏には残された人はいないみたいだけどね。ていうか反応があれば分かるし」
ジェイがアリーシャの心を読んだかのようにそう言ってくれる。
「理解し難いのも無理はありません」
ふと、メリルの凛とした声がした。
「本が異世界を構成するだなんて。そもそも人が作ったものですのに。私たちの理解が及ばない現象が起こっているのですから」
「いや、おかしな話ではないぞ」
ダグラスが腕組みをしたまま口を開く。
「実際、本を読めば俺たち自身の中に一種の世界観が構築される。だから俺はこの現象は、読者の意識によるものだと考えている」
「まだ分からないことだらけなんだけどね。目下研究中ってとこ」
ジェイはやれやれ、と肩をすくめてみせた。
「まあ、説明して分かる話でもないし。だからずっと黙ってたんだけど。やっぱり、もうちょっと早めに話した方がよかったかもね」
「ねえ、アリーシャ。私たちの話、どう思った?」
「……どうって言われても」
「正直に言ってくれたっていいの。もし嫌になったんだったら言って。辞めるなら、早い方がいいから」
そう言って、メリルはアリーシャをじっと見つめた。
アリーシャは、その言葉の真意を読み取ろうとした。しかし彼女にとっては、まだとうてい無理なことだった。
それよりも、自分はどうだろう。私は――
「辞めないわよ」
アリーシャははっきりと、そう口にした。
確かに、今日起こったことはろくでもないことだった。
もう一度体験したいかと聞かれたら、絶対嫌だと答えるだろう。でも。
自分はずっと、あの部屋に閉じこもってばかりだった。あの家にあった、静かな図書室。本を通して、自分の知らない世界を知ることができる――それは本当に好きで、楽しいことで。でも。
本当に心から、退屈な日々だった。
その世界に、アリーシャはいなかった。ふと本から顔を上げた瞬間。いつも自分は一人だということに気付かされた。いろんな体験をすることも、その気持ちを確かめることも、できなかった。
本で読んでいた世界が、ようやく現実になったのだ。
これくらいのファンタジー、どうってことない。
「きっとこれも、何かの縁だわ」
アリーシャはそっと、頭に挿した髪飾りに触れた。
自分が主人公になれるかもしれないーーそういう日が、今日初めて来たのだ。
「ここまで来て、もう引き下がるなんてできないじゃないの」
少し、間があった。
「あなたなら、そう言ってくれる気がしていたわ」
メリルがこの上なく嬉しそうな表情を向ける。アリーシャは思わず目を背けそうになりながらも、ぎこちない笑みを返した。
ジェイはそれを微笑ましげに見つめてから、ダグラスの腕を引き寄せる。
「それじゃ、改めてあいさつしよっか」
「……仕方ないな」
「「「ようこそ、図書館委員会へ」」」




