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弟子の来訪


何の対策もできないうちにこの日が来た。

長年訓練というか習慣となっていた捻気の調整や膜のように全身を覆うようなことは、即バレになるので封印した。

レベッカにもこれでバレてしまったからな。

というか、捻気を感じることができる奴なんて相当な手練れでないと分からないのだからと油断していた。

今度は大丈夫。


「お嬢様、そんなに緊張されなくても大丈夫ですわ。」

「お前はな!私は、これ以上の婚活妨害は遠慮願いたいから無事やり過ごさなくてはならないんだ!」


捻気や警戒を解いている私には、気配が分からなくなっているのでレベッカの警戒を頼りにしているのだが、話によると、もう門を通過しているという。

胃が痛い。

使用人の家族が、主を尋ねにきたり、仕事ぶりを見学したりするのは、この世界ではよくあることで、特に中堅貴族クラスでは日常茶飯事。仕事がない限りは、優先される。

カラカラに乾きだした口を湿らすために、紅茶を一口入れた瞬間、部屋のドアがノックされ、驚きのあまり口から噴き出してしまった。


〈レベッカのお父様がいらっしゃいました…応接室へお通しいたしましたのでいらしてください。〉

「ゴホッゴホッ!」

「お嬢様、大丈夫ですか?」

〈どうかいたしましたか?〉

「大丈夫です。お嬢様が紅茶を零したので着替えてから参りますと父に伝えてください。」

〈かしこまりました。〉


入室の許可を出したくても、紅茶が変なところに入って上手く喋れないでいたら、ドア越し対応になってしまった。

今の声はミシェル…あとで謝っておこう。

痰を切るように喉を鳴らしている間に、レベッカがクローゼットから着替えを出してきた。


「おい、それはお前がダメ出ししたドレスじゃないか。」

「だからです!くっそ似合わないから着て頂けたら父の気も削がれます!」

「アホか!似合わないドレス以前に、夜会で着るような派手なドレスを家の中で普段着るバカがいるか!!」


夜会のドレスは、コルセットという名の防具で体を締め付けてから出ないと入らない。

貴族といえど、普段からそんな戦闘服で身を包んでいる奴なんていない。

いたら王族気取りだと笑われてしまう。


「ふふふ…だからですよ!行き遅れ一歩手前のお嬢様が、煌びやかな似合わないドレスで父を迎える…父は、エルフの美形…狙われていると逆に警戒するでしょう!そして早く帰っていきますよ!」

「………天才か!」


コイツの頭の良さに白旗を上げるしかない。

そういえば、アイツは女にガツガツ寄ってこられるのが嫌だと言っていた。

この作戦…成功するだろう!レベッカ、マジ天才!

私は、いそいそと服を脱いで、コルセットで締め上げてもらいドレスを身に着け、髪を結いあげてもらう。

化粧台の鍵付きの引き出しを開け、赤い宝石の付いたネックレスを付けて完成。


「やっぱり似合っていると思うが…」

「…美的感覚を疑う発言です。」


くっ!毒舌魔人め!

弟子と言えども客人を待たせているのだからと、レベッカに言われて部屋を後にし、廊下を歩いていると先ほど部屋に来たミシェルがいた。


「さっきは、すまなかった。」

「いえ…あの、それでレベッカのお父さんに会うんですか?」

「ふふふ…笑えますでしょ?」

「レベッカ…貴女何を考えているの?」


ちょっ!ミシェルが、私をあり得ない物を見るような眼で見てきます。

レベッカとミシェルは仲がいいので、すぐにレベッカの仕業と分かったようですが、いい顔をしていません。

私だって、普段使用人の家族に会うときは普通の格好ですよ!


「流石に…これでは貴女のお父さん、心配になるわよ?」

「平気。もう私は成人しているのだから…職場訪問なんて過保護すぎるのよ。」

「んー…やっぱり作戦を変えた方がいいんじゃないのか?これでは、エリックもお前を連れて帰ってしまう気がしてきたぞ。」

「いいえ!早くいきますよ!」


レベッカは普段から何事にも強気だが、父のことに関しては特に強気だ。

手を引かれて速足で応接室の前に立つと、緊張の為に心臓から嫌な音がする。

気を落ち着かせるために3回深呼吸を繰り返し、ドアをノックした。

見慣れたはずのドアなのに、悪の扉のように重苦しく感じる。


「はい。」


懐かしい声に本来ならば笑顔の一つも出るものだが、今回は更に緊張を煽るものだった。

咳払いを一つして、意を決してドアを開けると、昔と何も変わらない金色の髪の美青年が立っていた。

私の姿を見て、きっとその表情を崩すだろうと踏んでいたが…笑顔がより一層輝いている。

ドアを開けたまま突っ立っている訳にもいかず、生唾をコッソリ飲み込んで鉛のように重い足を動かした。


「お待たせして申し訳ございません…」

「いえ、私の為に、そのように美しい姿で迎えてくださるとは光栄です。ささ、もっとその姿を近くでお見せ下さい。」


おい!話が違うじゃないか!

レベッカを見ると、瞳に光がなくなり、唇を薄っすら開いて表情が死んでいる。

見事に作戦失敗だ!…どうにかしてこの場を繕って退散せねば。


「あの…その…」


むがぁああああ!言葉が出てこない!

何も言葉が出ないで大混乱してオロオロしている私の手をエリックが掴み、自分の胸へと引き寄せ抱きしめてきた。


「へ…あの…?」

「なんて可愛らしくも麗しいんだ…私と結婚してください。ガロガオン!」

「--------っ!!!」


声にならない悲鳴というのが存在すると身をもって感じ、どうにもならない状況に全身の力が抜け、エリックに抱かれたままの私の背後で、レベッカが大きな物音と共に崩れ落ち、遠くから数人が駆け寄ってくる足音を聞いた。

作戦失敗どころか大失敗した上、爆破されたような結果となった。

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