翁の湯
地球ではないどこか魔法と剣が存在する所謂ファンタジー世界のとある王国の一角にその銭湯があった。
昔なつかしい瓦屋根に煙突、コインロッカーに似た靴いれに牛乳瓶の入った冷蔵庫。
昭和に活躍したような古ぼけた扇風機に男湯と女湯ののれん。勿論この世界の人間が読めるわけもないが、誰もがこの銭湯のマナーを知っている。
翁の湯
この老店主がこの世界に転生し、超常の力を得て世界に平和をもたらした後、孫として引きとった少女と共に前世の知識を用いてはじめた銭湯である。
道楽としてはじめたのにも関わらず客の入りも上々でこの湯を求めて遥か遠くの島国からも来るくらいなものだから、この銭湯があるこの国に転移陣をひいたほどだ。
交通量や旅人も増え王国の経済を潤している、若かりし頃に共に旅した仲間も疲れを癒しにくるほどだ。
今日もひとりーーー。
「アガサ!俺は今日も一番のりだろ!」
「仕事終えて来るのはいいが、クリス、お前はもうこの国の王なんだ、客としてくるぶんにはいいがねえ」
かつて世界を共に救い、今はこの国の王となっているクリス=ラッグマンに老店主、アガサは苦笑する。
ライオンのように長く伸びた髪に未だに衰えない筋肉、銭湯に来るための軽装とはいえ、それでも並いる猛者に負けない強者の風格。
「かまわんよ、下は有能で私はちゃんと仕事はしている、友と民との語らいの時間くらいは作り出せるさ」
「国家間会議を銭湯でしたのは後にも先にもお前がはじめてだな」
「はは、あちらの王も大層気に入っていたぞ、持病の腰痛が治ったらしい」
「源泉をひいたかいがあったね、で、出た後はビールか?」
「今日は日本酒にするか、飲みすぎないようにせねばな」
「公務に支障がでなければ飲みすぎてもとめんがな」
「最近は嫁にも健康をいわれてな!おさえてるのだ!アガサの教えてくれた日本食もたべておるぞ!」
「そいつはよいことだ、どうやら俺は前世の記憶も持ち合わせているようだからね」
「お前のチキュウの記憶には我が国も近隣諸国にも助けられてるからな!今後ともよろしくたのむぞ!では私は入りにいってくる!」
クリスに銭湯料金を支払われ、老店主アガサはまいどというとのれんをくぐり抜けていくクリスを見送った。
「クリスおじさん、変わらないね」
「そうだな、マリア」
その様子を見ていた黒髪の和装美女がにこりと微笑み、アガサに声をかける。孫であり従業員である彼女にアガサも微笑みかけると
「今日も1日がんばるかね」
「はい、おじいさん」
今日も1日翁の湯が開く。




