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夏の日

作者: 菅原

 現世界では、俗に言う「ブサイク」が存在しない。


 これは人類が招いた現象であり、人間が求める社会に適した進化を遂げた結果である。どの基準をもって「ブサイクではない」と判断できるかわかりやすく説明すると、昔雑誌とかで「結婚したい男ランキング」とか、「恋人にしたい女ランキング」があっただろう。国民全員が、ああいうレベルな顔なのである。また、国民の意志なのか、心なしかハーフ顔が増えている印象もある。

 

 この現象はもちろん突然のことではない。何千年、いや何億年とかけて、誰にでもわかるような規模の変化を遂げた。ある有名な大学教授が話していた内容によると、長年に渡って、ある程度顔が整った男女のみが出会い、結婚し、子孫を残したのが直接的な原因であるという。ブサイクな男女は独身のまま一生を終える確率が高くなったということだ。もちろん美男美女から生まれる子供がそうなるという法則性はないが、結果的にそうなった、ということらしい。


 この現象によって何が変わったかというと、結婚率が抜群に上がったことである。これは単純に、好みの異性が見つかりやすくなったからだろう。人間関係において、見た目はそれだけ大事だったということだろう。 さらに、離婚率も下がった。なぜかというと、基本的に外見への不満がなくなり、今まで以上に性格などの中身が重視されることが多くなり、その上で結婚するので、互いに深く理解し合った夫婦が増えたからであるようだ。

 

 と、前置きはこのぐらいにして、本題に入るとする。僕はブサイクとして生まれてしまった。極めて稀な、唯一の存在である。細過ぎる目、じゃがいもみたいにぼこっとした輪郭、にんにくのような大きな鼻。誰がどう見てもブサイクとしか言いようがない。

 親がそのことに気づいたのは、小学校に入ってからだった。それまでは、

「まだまだこれから。きっと大丈夫よ」

と言っていたらしい。が、周りが騒ぎ始めて、疑心暗鬼だったのが確信に変わったのだろう。


 その頃、世間的にも僕のブサイクが広まり、ビッグニュースとなった。取材陣が家に押しかけ、僕の顔を見るなり、「本当だ!」と写真を撮るのである。両親はその後番組などに出演を余儀なくされ、


「どうして息子さんはブサイクなんですか?」


「両親どちらにも似てないですよね。本当にお宅のお子さんですか?」


などという、僕からすると失礼極まりない質問が次々と投げかけられた。

 学校に行っても、最初はちやほやされるものの、結局はいじめられた。

「お前はブサイクだ」と言われたら僕も返す言葉が見つからなかった。

 好きな子が出来ても、やっぱりダメだった。ダメ元で告白もしてみたけど、 「わかるでしょ?無理ってこと」という意味が込められた


「いやぁ~…ごめんね」


という返事だった。

 

 そんな状態に耐え抜きながらなんとか生き、僕は現在二十八歳になった。顔の影響は今もなお続いており、就職活動では「ブサイクだから」という理由で落とされ続け、結局親に紹介してもらった仕事についた。ビニール袋や発砲スチロールを作る工場である。

 僕は相変わらず絶望の中生きていたが、もう顔については諦めていて、なるべく外部と接触しないようにしていた。仕事が終わるといつものスーパーに行き、家に帰る。休みの日は家でテレビや映画を見る。そのパターンを何年間も続けていた。

 

 そんな僕に転機が訪れる。

 その日も、いつものように仕事をこなし、スーパーに行き、家に向かった。すると、家の前に一人の女性が立っているのが見えた。近づくと、見覚えのある顔だった。


「ひさしぶり。変わらないね」


 そう言うと、女性は少し笑った。

 その女性は唯一の幼なじみの、由香だった。彼女は家が隣で、僕と同い年。僕がブサイク騒動を巻き起こす前からの唯一の友達でもある。

 由香はいつも僕の心配をしてくれていた。常にバカにされ続ける僕のことを、必死に庇ってくれたこともあった。そのせいで由香がいじめの対象になったことも少なくない。

 そういった経緯から、由香を好きになったこともあったが、僕はずっと昔に諦めていた。由香は美人だし、男性からも人気があった。由香が僕を庇うと、いじめてるやつは由香に免じて僕へのいじめをやめることもよくあった。放課後はしょっちゅう呼び出され、告白されていた。それだけ人気のある美人が、僕を好きになるはずはないと思った。由香も他の男と付き合っていたときもあったし、やっぱり由香には由香の好みがあるのだろう、と。そして、僕はそれに当てはまりはしないだろうとも思った。

 また、高校卒業と同時に由香は遠くの大学に行ったため、連絡はほとんどとっていなかった。たまに親から情報を聞かされる程度だった。実際に会うのは十年ぶりぐらいだったが、由香はより一層美人になった気がした。元々持っていた綺麗さに、大人っぽさが加わっていた。


「何してるの?何か用?」


 僕はストレートに、本当に思ったことを聞いた。


「うん…ちょっと話したいことがあって」


 由香はそう言って、足元の小石を右足でいじっていた。なんとも言えない空気が流れる。

僕は人と話すのも結構久々だったため、少し時間が経ってから、自分が話すべき番だと言うことを理解した。


「なに?どうしたの?」


 すると由香は照れくさそうな顔でこう言った。


「明日結婚するの。だから結婚式に来て」


 さっきの「僕の番」はあれほど考えたのに、今回は即答した。


「おめでとう。でも僕は遠慮するよ」


 しかし、由香は僕の両手をつかんでこう言った。


「嫌。絶対に来て」


 由香の顔は真剣そのものだった。僕はちょっと照れくさくなって、下を向いて呟いた。


「会いたくないんだよ、誰にも」


 その下に向いた顔を両手でグイッと正面に戻し、彼女は念を押すように大きな声で


「絶対に来て」


 そう言い、メモ用紙を僕の右手に握らせて、早歩きで去っていった。メモ用紙には、式場の名前と、時間が書いてあった。

 

 僕は部屋に戻って、考えた。正直、参加したくない気持ちが半分を占めていた。知り合いを含めて、人に会いたくないからである。どうせまた騒がれることになるのが明らかである。「ブサイクが結婚式に来たぞ」と。ブサイクが判明した当時に比べると、今は幾分落ち着いたとは思うが、未だに街で気づかれると、ヒソヒソ話が聞こえたり、写真を撮られたりする。だからなるべく、人の多い場所には行きたくなかった。

 しかし僕の気持ちの残り半分は、由香への祝福と感謝だった。相手は誰にせよ、由香にとって人生で一番幸せな瞬間である。その場面を祝ってあげたいという気持ちは、幼なじみとしてもちろんあった。

 また、学生時代に助けてもらっていたことに対する感謝の気持ちもあった。由香がいなければ、もっと悲惨な学生生活になっていたと思う。いや、学校すら辞めていたかもしれない。その感謝の気持ちが、僕の心の底には常にあった。会っていない間も、ずっとである。


 自分の気持ちを整理し、僕は行くことに決めた。家にあった父親のスーツは大きすぎたので、近くのショッピングモールに買いに行った。知らないうちにお金が貯まっていたこともあり、出費に苦しむこともなかった。


 当日、時間は午後の十四時。 僕は緊張しながら会場に向かった。昨日のショッピングモールもそうだが、自分のテリトリーから出ることはとても緊張する。初めて職場に出勤したときのような胸の高鳴り。空間そのものに気まずさを感じながら、僕は予定時間の二十分前ぐらいに会場周辺に着いた。

 すると、式場の入り口付近で、由香が立っているのが見えた。由香は私服で、紺の手提げバッグを持って携帯をいじっていた。


「来たよ。準備はこれからなの?」


 僕がそう聞くと、彼女は驚いた顔をしたあと、笑顔でこう言った。


「・・・来てくれたんだ」


 僕は嬉しそうな由香の顔を直視できず、由香の斜め下を見ながら


「うん。旦那さんは一緒じゃないの?」


と聞いた。すると彼女は笑顔でこう言った。


「あぁ 私 結婚しないの、あれは嘘」


 僕は驚いた。というか、なにがどうなっているのか、よく理解できなかった。僕が来るまでの間に喧嘩でもしたのだろうか。でもそんな簡単に結婚がなくなることはあるのだろうか。それとも僕が知らないだけで、結婚という過程を得なくても結婚することができる仕組みがあるのだろうか。いろんな可能性を考えれば考えるほど、頭は混乱した。

 僕が唖然としていると、由香は僕の手を引っ張りながらこう言った。


「まぁまぁ。とりあえずデートしよ」

 

 その日はよく晴れた夏の日だった。




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