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私立桜が丘高校 将棋部 部長 金田石 振助は熱闘高校生である。教室にて一人居残り妄想に勤しんでいた彼は今、その短い生涯において経験したことのないような焦燥感に駆られていた。その原因が突如として眼前に現れた女にあるのは明白であった。金田石 振助はつい先ほどまで座っていたバランスボールを横へ蹴飛ばすと同時に、周囲へと意識を飛ばした。それは退路を探っての事であったが、無論目の前の女に最大の注意を払いつつ……である
女は正に股根 沙世麗御本人様で間違いありませんよね感を噴出させていた。金田石 振助は、この女のうわさを良く知っていた。というのも、私立桜が丘高校が誇るイケメン集団「p120」に所属する金田石 振助にとって、股根 沙世麗は仇に違いないからだ。p120は股根 沙世麗の手により110名を藻屑とされ、もう虫の息である。残りの10名も戦意を失い、途方に暮れていた
それでも尚女はその怒涛を治流つもりはないのか
「貴女の目的は何処にある」
「教えて暮。我は何故……」
金田石 振助が股根 沙世麗の魔喰累に気がつくのに、瞬く間もいらなかった。魔喰累とは自身の魔力に人格が喰われ、破壊の化身となる現象を指す。股根 沙世麗が放つ悍ましい魔力は、金田石 振助に祈る他の術を放棄させる事に成功しかけた
しかし、金田石 振助は屈しなかった。今までの思い出が一瞬にして彼の脳内を席巻しつつも、それでも尚闘志を絶やさなかった。何故なら彼には飼っている犬がいた。その犬のためにも、彼は無事に帰宅せねばならないのだ
「神の歴史書に記された我が寿命が此の時で始末て居る為らば、其処から先は我瑞から描き喰わ得踊」
「美事也魅上タ魅上タ」
金田石 振助の戦闘能力は非常なものである。彼は17歳にして無敵感を纏った稀代の天才である。その無敵っぷりは、タートルネック・オーエル王国魔族討伐騎士団第1班班長ですら、彼の事を怯えた目でしか見れない程であった。その為彼は卒業後、同騎士団副団長補佐として雇われる事が決定している。そんな彼が、ご存知無敵男である彼が、逆に怯えた目を何者かに向ける日が来るとは、誰が予想したであろう。彼はその類稀なる戦闘能力が故に悟ってしまった
退路は無い。在るのは死か、殺か……
「焉!!」
気合いの入った魔力が、場を支配する!まるで教室内全て燃え盛りの只中に在るように錯覚してしまう程の熱量を発するは、金田石 振助その人である。彼は静かに且つ頑なに右手を動かし、左手の人差し指と中指を掴むと一気に引き抜いた。その瞬間彼の左手から人差し指と中指が消失し、代わりに燃え盛る剣となって手中に収まった。金田石 振助の左手の、先ほどまで人差し指と中指が在った場所には耐え難い激痛が走っていたが、彼はもう麻痺してしまっているようだった
「憤ン!溌剌也」
「苦惜強い!!」
金田石 振助は体内の魔力をすっかり使ってしまうつもりで、股根 沙世麗の方へと跳躍した。股根 沙世麗にとってその速度は意外なほどに速く、瞬く間に接近してしまった彼から繰り出される斬撃を避けることなんて出来なかった。右肩から左脇腹へ掛けて受けた斬撃は、炎を上げて彼女の肉を切り裂き、焦がした。その瞬間彼女は少しだけ気分が上向いた
「貴殿骨在!矢張矢張」
「慎め!!云!!」
当然の如く不倒の様相を見せる彼女の肉を再び切り焦がす為、金田石 振助は珍宝を横に勢いよく振るった。それは確かに股根 沙世麗の身体を薙ぎ捨てたが、やはり彼女は不倒である。血しぶきは金田石 振助の珍宝による炎熱により直ぐに蒸発してしまったが、確かに怪我は負っている様子であった。ただ股根 沙世麗を御切りつけになる瞬間まで一撃必殺を誇っていた金田石 振助の珍宝は、この時より必殺を名乗る資格を失ってしまった。そんな事など気にも留めずに、金田石 振助は修羅の如く珍宝を振るう。激しく振るう。何度も振るう。それは一振りごとに股根 沙世麗の肉体を壊していった。しかし血潮を迸らせながらも、彼女は不倒であり、にこやかであった。一切の感情を沈黙させて殺に徹していた金田石 振助ですら、その表情に舌打ちしてしまう程である。一層力を込め、叩きつけるように放った斬撃が股根 沙世麗の顔面を縦に刻んだと同時に、金田石 振助の身体に大いなる衝撃が走る。ついに始動した股根 沙世麗の拳が、金田石 振助の胸を叩いたのだ。それにより肋骨が二、三崩れ、後方にブッ飛びそうになったが、彼は無理をした。力任せに踏ん張りを効かせてその場に留まると、股根 沙世麗の心臓部に珍宝をブッ刺した
「生!!」
「愚夢……」
気合いの声と共に、激しい炎が珍宝よりお出ましだ。股根 沙世麗の身体は正に丸焦げでございます感を漂わせていた。その時、一瞬であるが、股根 沙世麗の勢力が後退した事を金田石 振助は見逃さなかった。人差し指と中指を失った左手に魔力を込め、自身の特異法を発動させる。特異法とは、各個人特有の魔法である。この世界の魔力は基本的に身体能力の増強にしか使えないのだが、1人につき一つだけ特殊な魔法が使えるようになる。それが特異法である。金田石 振助の特異法は、自身の痛覚を完全に無くすものである。効果は1分程。使用後の有り様が酷いものなので、彼はいつでも使いたがらないが、今こそが命がけの瀬戸際である事を彼はキチンと理解していた。肋骨の痛みが消える。珍宝を股根 沙世麗の心臓部から抜き取ると、ソレを彼女の首に向けて走らせた。が、ソレが首に到達する寸前に脇腹を蹴り飛ばされ手がブレる。それでも強引に持って行き、彼女の首を両断まで行かずとも深く傷つける事ができたのは特異法のお陰だろう。激しく吹き出る血のスプレーに、金田石 振助は少しだけ怯えた
しかし不倒である
彼女は今もまだ立ち続けている。にこやかに、健やかに立ち続けている
彼女は死という概念を超越したとでも言うのか!?
「教えて暮。我は何故……」
「不知怒!!焉!!焉!!」
金田石 振助の珍宝が股根 沙世麗の胴体をへその辺りにて両断したと同時に、彼女の手が彼の右目を打ち抜いた。股根 沙世麗の上半身が宙を舞う。それでも尚、にこやかである。彼女の上半身は左手で下半身を掴むと、それを支えにして反動をつけ、右手で金田石 振助の顔面を叩いた。彼はそれにより仰け反らされたのだが、その反動を利用して跳躍すると、股根 沙世麗の胸元に珍宝を突き刺した。そしてその勢いのまま飛び抜き、珍宝を股根 沙世麗の上半身ごと壁に突き刺した。彼女の両手が彼の頭の両側を掴み、万力のように力を込め始める。爪が突き刺さり血を噴出させる。加えてその苛烈な力に耐え切れず、顔の骨がゴギゴギと音を立て始めた。金田石 振助は珍宝に魔力を込める。爆発的に燃え上がる股根 沙世麗の上半身。次第に目から血を流し始める金田石 振助。燃え盛る炎に好きな様にされて真っ黒な炭へと変わっていく股根 沙世麗。その表情はにこやかではなく、いつの間にか悲痛なものとなっていた。金田石 振助の顔を締める手の力が、次第に弱まっていく……
十数秒後
炎が消える
股根 沙世麗の上半身が、完全に炭になってしまったからだ
珍宝を壁から抜き、左手の人差し指と中指のあった場所へと突き刺す。すると珍宝は元の人差し指と中指に戻ってしまった。その瞬間特異法の効果が切れ、それまで消失していた痛みが一気に彼を襲う。それにより彼の意識は現実を見ることを諦め、気絶してしまった
血だまりと燃えカスが主流の教室内にて、気絶した金田石 振助と股根 沙世麗の下半身だけが、生々しく存在していた
戦闘は終わった
しかしそれは終わりでは無く始まりであった
不意に疼き始めた股根 沙世麗の下半身の切れ目から、メリメリと音を立てつつ、スキンヘッドの怪人が顔を出す。彼の顔色は真っ白で、いかにも不健康そうであった。そしてその顔面の中央にはクエスチョンマークが大きく書かれていた
「夢と知るべし」
彼は股根 沙世麗の下半身からにこやかに這い出ると、金田石 振助の元へ歩み寄った。
「糧と為留べし」
スキンヘッドの怪人は金田石 振助の身体を持ち上げると、大口を開けてムサボッた……
「マタネ、サヨナラ……か。その名、使わ背て貰負う」
金田石 振助の肉体全てを喰らい、にこやかに、健やかに立ちすくむスキンヘッドの怪人。彼は暫し立ち続けていたが、やがて教室の窓を開けると、外を眺めた
「アナタのことは忘れました。アナタがそうであるように」
そう呟くと彼は窓の外へと跳躍し、そのまま何処かへ行ってしまった




