夢で逢えたら
その頃、三宅陰謀のいる場所から数十キロ離れた某所にて
薄暗い部屋の中、ろうそくの明かりが揺れていた
その明かりは優しかった
しずかで優しい明かりだった
それに照らされて浮かび上がったのは、物憂げでしがない表情
頭にチョンマゲを生やした、しがない男
しがない顔
しがない仕草
しがない背すじ
その男はとにかくしがない
しがなさの申し子とも言うべきチョンマゲ男は鏡を見つめていた
優しい明かりがゆらゆら揺れる
しがなく揺れるチョンマゲ男のしがない表情が、鏡に写ってふたつに増えて
おんなじ顔して鏡越しに向かい合っていた
しがなさも二倍
ため息はひとつだけ
この世にたったひとつのため息
それはクサいため息
しがないため息
それはとてもクサいため息
しがない男の背後に、一人の男が慌ただしく駆けつける
その男は黒の全身タイツに身を包んでいたのだが、右乳首の部分だけがやけに突起していた
しがない男は彼が近いてきている事に気がついていたが、振り向く事はしなかった
「大潮殿!!大潮殿大変でございます!!」
「何だね、ゴボウくん。今ワタシは自分磨きで忙しいのだ。ほら見てよ。大人ニキビ」
「うわぁー……それアレでございますよ。不摂生!」
「昨日夜中に揚げ物食べたからかな……」
「模範解答でございますな。どれ、ひとつ拙者がツブして見せましょう」
「イヤだ!痛いのイヤ!」
「我慢なさい!こう見えても拙者、ニキビ潰しのゴボウ丸という二つ名がございます」
「イヤだそんな二つ名……」
「拙者もイヤでございますよ……つらたん」
「そのツラでつらたんとか言うなよ。こっちがつらたんだわ」
「へへへ……スンマセン」
「で、なんか用か?慌ててたけど」
「ァア!!そうでございました!!えーと……なんでございましたっけ」
「聞いちゃったよ。報告に来た相手に聞いちゃったよ、この人。正気じゃねえな!!」
「あ、そうだ!!そうそう!!そうでございました!!聞いてください大潮殿!!拙者ついに3kgのダイエットに成功したのでございますよ!!」
「この世で一番どうでもいい情報だな」
「そんな事ないでございます!!このために拙者は夕食をサラダだけにしたのでございますよ!!」
「そうか」
「大好きなカラアゲも我慢して……」
「そうか。がんばったね」
「うわぁー……興味ないし、この人。せっかく拙者が報告に来たのに……」
「報告って本当にそれ?」
「違います。忘れました」
「もっかい戻って、偉い人に聞いてきなさい」
「スンマセン」
慌ただしくドタドタと去っていくゴボウくんを見守る、しがない表情
優しく揺れる、部屋の明かり
優しく揺れる、しがない表情
ゴボウくんの姿が見えなくなって
少し寂しそうにしながらも
再び鏡に向き合って
またまた増える、しがない表情
二つのしがなさ見つめ合い、ため息をひとつ
この世にひとつのため息はクサい
この世にたったひとつのため息は
とってもクサい
「手に余るなら捨てて終えばいい……か」
***
三宅陰謀は夢を見ていた
それは悲しい夢だった
とっても悲しい夢だった
オルゴールが儚く鳴り響く、暗い部屋の中で
ひとりの女の子が静かに舞い、歌う夢だった
それは悲しい夢だった
とっても悲しい夢だった
女の子は静かに舞い、静かに歌う
オルゴールの気の抜けた音に乗って
静かに舞い、静かに歌う
オルゴールの奏でる曲が終わり、女の子の動きが止まる
そして……
「アナタの事は忘れました。アナタがそうであるように」
女の子はそうつぶやき、消えた
その時唐突にガチャンという音が鳴り、三宅陰謀は現実に引き戻された
夢を見ていた時間は数秒であったが、三宅陰謀にはとても長く感じた
夢の余韻に浸る暇もなく、音のした方を向くも、三宅陰謀は「知るかよ、ボケ」と、一言だけつぶやいた。それは夢の女の子に対しての言葉なのか、目の前の出来事に対しての言葉なのかは、三宅陰謀自身よくわからなかった
先ほどのガチャンという音。どうやらドアが開けられたようである
2日間微動だにしなかったドアを開け、現れたのは赤奴であった
赤奴は眠そうにしている三宅陰謀を見つけ、なんだかガッカリしてしまっていた
「えぇ……寝てたのか?このような状況で……」
「へへ……どうも」
「まぁいい。ようやく会えたな。2日も探したぞ、180cmの男よ」
「あぁ……」
「あわれな180cm男よ。見捨てられて、このザマだ」
「見捨て……俺のことですか?」
「そうだ。ワタシが現れた2日前に、みんな逃げてしまったぞ」
「ぇぇー……」
だから誰も来なかったのか……と、三宅陰謀は納得する
「異界から呼び寄せておいて、勝手な奴らだ。コレだから人間は好きじゃないのだ」
右目の突起物がうずく。股間の山芋も、伸び始める
「あのー……」
「なんだ、見捨てられし180cm男よ」
「俺は……どうなるんですか?もう何が何だか……」
「……何も聞いていないのか?」
「はい……」
「……ワタシは今猛烈にヤル気がなくなってきたぞ」
赤奴は頭を抱え、三宅陰謀は股間をさすった
「そういえば、180cm男。お前の股間に生えているのは山芋か?」
「はい……」
「やはりな!そうだろう!」
「ひぇ……」
「この世界の人間の言い伝えによるとだな。えぇーと、確か『股間に山芋生えし英雄、異界より来たりて、ニンジンとごぼうを従え、この世に光をもたらすだろう』だったか」
「なんですか……それ」
「言っただろう。言い伝えだ。だからワタシはお前を殺しに来た」
「殺さないでください」
「残念だがそれはできん。ワタシは人間を見ると、激しい嫌悪感に襲われるのだ。お前達が害虫を殺すことに躊躇しないのと同じように、ワタシはお前を殺す」
「そんな……」
「さぁ、180cm男よ。その突起物を抜くのだ。この赤奴に対して、少しは抗ってみせろ!」
「えぇー……どうしろってんだ、まったく……」
右目の突起物。これを抜けというのか。三宅陰謀は試しに右手で突起物を掴み、引っ張ってみる
すると眼球が引きちぎられるような激しい痛みを感じ、三宅陰謀はたまらず手を離した
しかし目の前に佇む異形者は、相変わらず威圧感を放ってくる
抜け、抜けよ、早く、抜いて、ね、さぁ、とか小声で急かしてくる
三宅陰謀は何だか嫌になり、眠くなる
しかし、流石に空気を読んで眠りはしなかった。三宅陰謀はとにかく右足の筋肉のみで立ち上がり、気合を入れる
立ち上がった三宅陰謀を見て、赤奴はオオ……と歓声をあげて、頑張れ、負けるな、頑張れ、と応援する
三宅陰謀は何だか嬉しくなって、再び突起物に手をかける
「生きるためにコレしかないっていうのなら、右目くらい千切ってやる!!」
と言いつつ動かない三宅陰謀。だって痛いんだもん……と、言い訳が口をつく。左目からはついに涙が流れ始めた
赤奴は哀れみの目線を三宅陰謀に向けつつ、俺がついてるよ、大丈夫だよ、泣かないで、と三宅陰謀を励ました
三宅陰謀はもう号泣である。赤奴の優しさと右目の激痛の狭間で、どうにも息苦しくなってしまったのだ
「ありがとう、ありがとう、赤奴さん。俺、人に優しくされたのって、久しぶりで……」
「いいんだよ、いいんだよ」
「俺、やります!アナタのために、コレ!!抜きます!!」
「そうこなくっちゃ!」
赤奴は微笑んだ。それを合図に三宅陰謀は思いっきり突起物を右目から引き抜いた
右目が飛び出したかの様な激痛が、三宅陰謀の意識を一瞬奪う
フラつき倒れそうになった三宅陰謀を、赤奴はとっさに支えた
「大丈夫か!?おい!!シッカリしろ!!」
「へへ……やりましたよ、俺。抜いてやりました」
「立派だった……感動したよ。だから、頼む!!しっかりしてくれ……!!」
「ありがとう、赤奴さん。お願い一つだけ……聞いてくれますか?」
「何だ……何でも言え!!」
「俺のこと……忘れないでくださいね」
「何言って……おい!!待て!!死ぬな!!しっかりしろォオー!!」
赤奴は泣いた
わんわんと泣いた
目の前の男の死にざまに感動し、泣いた
そして誓った。忘れないと
彼の言葉を胸に刻み、生きていくと
赤奴は腕の中で眠る三宅陰謀の体をそっと抱きしめた後、床に置いた
「……なんか違う。何をやってるんだワタシは」
「ですよねー……」
三宅陰謀が起き上がる。彼は死んでいなかったのだ
それを見た赤奴は、なんだか恥ずかしくなってしまった
しかし、赤奴は気を取り直して三宅陰謀の事を観察する
三宅陰謀の右目は黒く潰れており、その右手には長さ1m程の、黒く細長い鉄パイプの様なものが握られていた
「それが貴様の珍宝か……」
「ち、ちん!??何!??」
「珍宝だ。各個人特有の、武器」
「は、はぁ……」
「さて、珍宝も抜けた事だし……始めるか。殺し合いを」
「ちん……抜け……はしたないわ」
いまいち緊張感の無い言葉と共に、二人の殺し合いが始まった




