ブルータル・マン
歩異死は突如出現した黒球を、まるで富士の絶景を前にしたかの如く、成す術なく見つめていた。圧倒的存在感が全身を貫き、彼は声を失ってしまっていた。そんな驚愕素敵黒球の発生主たる峯田ローリングスゥイサイドマンはというと、そんな事など御構い無しに、頭上に出現した黒球を寂しそうに見つめていた
「なぁアンタ、後悔したことってあるかい」
「……無縁だな」
「そうだろう、そのバカみたいなツラ見ればわかる。だからアンタは俺に負けるのさ」
「噴……このハゲめ、戯言こきよるわ。ハゲ過ぎて脳味噌までツルツルになってしまったのか?」
「まぁ過ぎちまった事をクヨクヨと考える事は、俺も性に合わねぇが……人間長く生きてると、どうしても忘れられねぇような暗い過去ってヤツを抱えちまったりするもんさ。アンタにはそんなもん無いだろう?だから嫌われるんだよ、精神年齢5歳みたいな顔して。バカのお手本か?アンタは」
「勝手に決めるな。俺にもあるような気もするし、俺はバカじゃない。貴様の暗い過去とやらも、そのツルツルヘッドに照らされて明るくなっているからいいではないか」
「そうさなぁ、過去も未来も明るく照らすのは、今の自分自身ってわけさ。俺は今夜、乗り越えるぜ?自分の過去をよぉ。アンタはどうだい?」
峯田ローリングスゥイサイドマンの特異法「枯れた約束、丸めた背中」は、自身の寿命を削る代わりに莫大な破壊力を誇る魔力塊を頭上に出現させるものである。魔力塊の大きさは寿命の削り具合に比例するが、その破壊力はこぶし大の魔力塊ですら10m四方を吹っ飛ばしてしまうほどである。峯田ローリングスゥイサイドマンは威力の凄まじさと自身の健康を考えてこの特異法を封印していたのだが、彼は今それを解いたのだ
魔力塊は凄まじい勢いで巨大化していく。その影響か、周囲に暴風が吹き荒れ、木々が暴れ始めた。歩異死はその様子を呆気にとられた様子で眺めていたが、その表情は次第に嬉しさに染まっていく
「ゲラゲラ……ゲラ、ゲラゲラああーッ!!真に喜ばしきことよ!!さぁヤりねぇ!!今ヤりねぇ!!」
魔力塊は遂に直径10メートルを超える。これは寿命に換算すると約30年に相当する
「俺に明日は要らねぇ!全ての選択肢とお別れだ!!」
そう叫んだ峯田ローリングスゥイサイドマンは見るからにシワシワに弱々しくなっていた。そう、彼はこの魔力塊を作るのに自身の寿命のほぼ全てを使い切ってしまったのだ
魔力塊に全神経を集中させ、身構える歩異死であったが、ふと違和感に気がつく。それまで膨れ続けていた魔力塊だったが、何やら萎み始めているようだった
「何だ?まさか、ツマらん展開は止めろよ?」
歩異死の予期するツマらん展開とは、限界が来て放つ前に自滅する……というものであったが、そんな思いとは裏腹に歩異死は背筋に嫌な寒気を感じていた。ふと目の前に佇むシワシワの絞りカスに目をやる……
目の前に佇む、ハゲ散らかした地上の月。過去も未来も照らし出すという明るいヘッドの持ち主の、先ほどまで生き絶え寸前であったその枯体が黒々と怪しく光り始めていた。彼は足元に落ちていた金色小槌をゆっくりと拾いつつ、歩異死を見つめている。そう、彼は上空に出現させた魔力塊の圧倒的エネルギーを、その全身に取り込んでいたのだ!!
「人生込めたモン丸ごとブン投げておしまい……なんて勿体無いことはしねぇぜ?過去の後悔も、未来への希望も、全部背負ってアンタにブツけてやるよ!歩異死!!」
歩異死の全身の毛が逆立つ!興奮しているからだ!!目の前の男の……もはや地上の月と呼ぶにはあまりにも黒くなりすぎた漆黒のハゲの放つ殺気 OF ビンビンに、自身の内包するエネルギーの全てを引っ張り出されてしまいそうな、自身の心技体すべてさらけ出してしまいたいような、そんな危うい感覚に精神を支配されてしまっていた!!歩異死はこの時自身の最高技術を使用する決心をした!!
魔力塊が消失する。そのかわり漆黒のハゲは先ほどにも増してパンパンに膨れ上がり、その圧倒的筋肉を自慢するかのようにオリバーポーズをとっていた
「済ま無い……許して暮れ……」
「遁出も無ぇ!!」
斑目模様を発光させつつ威嚇する歩異死を漆黒のハゲが光る眼で見つめていた。歩異死は震える程の衝動を抑えている様子であったが、少しすると耐えきれずに動き出した!地面をひと足蹴る毎にグロテスクな音を立てながら、急速に漆黒のハゲに接近していく
しかし次の瞬間歩異死は一瞬視界が振れた事を認識する。それに少し遅れて顔面に強烈な衝撃と痛みを受け、後方へとブッ飛ばされてしまった!!木々にブチ当り粉砕しつつ、一瞬にして遥彼方まで飛ばされて行く!!視界がグルングルンと周り、歩異死にはもう自分が上を向いているのか下を向いているのかさえわからなかった
そして唐突に腹部に凶暴な衝撃と痛みが走る!!それはまるで腹の中で爆薬が炸裂したかの様に猛烈なものであった!!そして再び前後不覚のままブッ飛んで行く!!
気がつくと歩異死の視界は臨場感たっぷりの満天の星空を捉えており、自身が上方向にブチ上げられた事を知る。それと同時に身体を翻し、下方に向き直り少々落下する。しかし途中で視界の端に黒い何かを捉えるとそこで意識が途切れてしまった
気がつくと歩異死は所謂ちんぐり返し状態にて倒木に埋もれていた。うごめきつつも五体に力を込めて何とか立ち上がる。そこでアゴが外れている事に気がつき、無理やり手でハメて治してしまった
「どうやら意識を失っていたのは一瞬だけの様だ。が、これは凄まじくヤられたモノである。アゴを外され、肋骨も2本折れておる。全身に裂傷、打撲をいくつも負っているな。あのハゲ……元気イッパイなヤツめ……ゲラゲラ!!ゲラゲラゲラゲラゲラああーががががが!!お望みならば喜んでブツけてやるよ、俺もな!!俺の全てを!!さぁエンジョイしな!!サービス、サービス!!」
激しい地鳴りが遠くから近づいてくる!漆黒のハゲが近づいてきているからだ!!歩異死は深く息を吸い込むと、少しむせた。そしてハゲの漆黒っぷりに対抗するかのように、全身の斑目模様を激しく光らせ始めた。しかもその斑目模様は徐々に増えている様子だった
「操身術、百式“全治法”」
歩異死がそう呟いた時、彼は全身余す所なく激しい光を纏ってしまっていた