DIG IT
くすんだ空気に包まれた、しがない町の隅っこにて
夜町の喧騒から少し離れたその場所にて
他より少しだけ大きくて果てしなくクサい家のガレージにて
1人のくすんだ男が苛立っているさまを、満天の星空の中心にてお月さまだけが見ていた
「ちくしょう!あのオッさんマジだ!!バイク無ぇ!!」
くすんだ男の名はキャロットマン
心やさしきお祭り男である
遡ること十数分前
彼は屈折酒場「くびき」にて峯田ローリングスゥイサイドマンが置き去った封筒の封を勢い良く切った。その中からは一枚の便箋と鍵がお出ましし、便箋には「歩異死を見つけた。今夜ヤる。俺の持ち物は全部お前にくれてやるから、俺が死んだら好きにしろ」とだけ書かれていた。それを見てピンときたキャロットマンは、大急ぎで屈折酒場を後にした。そう、お代も払わずに……
そうしてたどり着いたのは峯田ローリングスゥイサイドマンお手製の豪邸未満一般的民家以上邸宅である。峯田ローリングスゥイサイドマンはこの邸宅を2年かけて手作りしたらしい。その正門を守っている錠前に、先ほどのお手紙からお出ましした鍵を突っ込み捻ろうとしたが、捻れない。何かが引っかかり、開かない。どうやらこの鍵と錠前も手作りらしく、使い込んでいるうちに劣化して開きにくくなっているようであった
ガチャガチャと激しくやっても開かないものだから、キャロットマンは嫌になってドアをオモックソ蹴り飛ばし、唾を吐き飛ばした。そして胸ポケットに手をやりタバコを取り出すと火をつけ、明後日の方を見ながら吸い始めた。キャロットマンは鼻から煙を噴出するオッサンスタイルがお好みであり、今回もまたそう振る舞っていた
ぼんやりと何かを考えつつしばらくフラフラしながら、鼻から煙を噴出していたキャロットマンだったが、ふと正門の横に小さめのドアが付いている事に気がつく。彼はタバコを口にくわえると、そのドアに向かってジリジリと移動し、ドアノブに手をかけて優しく捻ってみたら簡単に開いてしまった。そしてそこから内部へ侵入できてしまったものだから、キャロットマンは思わず「なんだよもう正門の鍵意味ないだろオイこれなんの鍵だよオイ」と情けなく呟いた
邸宅内には庭があり、その片隅には峯田ローリングスゥイサイドマンご自慢の移動用マシンが眠るガレージがある。キャロットマンは一目散に、足をナルトみたいにくるくる回しながら、ピューンッて擬音を鳴らしつつそこへ向かった
中を見ると、そこにあるはずの峯田ローリングスゥイサイドマン愛用バイクが忽然と姿を消していた。その事実を確認したところで、前述の状態へと至ったのである
「オッさん死ぬ気かよ……」
そう呟くとキャロットマンは懐から携帯電話を取り出し、誰かに電話をかけ始めた。もっともこの世界の携帯電話は電波を使わず、代わりに魔力を込めて使う為に正式名称は携帯型魔法通信機器と言うのだが、長くて言うのがしんどい為に、みんな「キュルキュル」と呼んでいる。これは電話をかけた時に魔力が発せられる時の音がその様に聞こえることに由来する
「あいあい、トニックさんはお疲れの為、年末まで寝ています。さようならー」
「すまない、トニック。すぐにカルゥアと2人で来てくれ。峯田のおっさんがヤバイ」
「話聞かねーヤツだなぁ相変わらず。峯田のおっさんがどうしたっつーのよ。ハゲこじらせて弾け飛んだか?」
「違う、歩異死だ。おっさんのヤツ見つけちまったみてーだ」
「……すぐ行く。場所は?」
数時間後
アニータ・スキスキ王国南部に位置する広大な森「イズミ・イナ森」にバイクにて強烈に突っ込み、数メートルに渡って木々をなぎ倒すもズッコケて爆発炎上した男がひとり。その男は何事もなかった様に立ち上がると、うねり歩きはじめた。彼は何処からかクスねてきた焼酎の瓶を片手に、うねうねとうねっていた。そう、彼の名は峯田ローリングスゥイサイドマン。生粋の無頼漢である。彼は月光を頭頂部に携えつつ、黙々とうねっていた。ざわざわと森が鳴る。それは風のためか、この後に起こるであろう波乱に怯えてかはよく分からないが、兎に角ざわざわとうるさく鳴っていた。しかしそんなことは気にも留めず、うねり続ける峯田ローリングスゥイサイドマン。この世の何もかもから解き放たれたかのごとく揚々と、行く手を阻む木々の合間をうねりにうねっていく。徐々に強くなるプレッシャーをビリビリと肌で感じつつ……
ふと視界が開ける。そこは十数mに渡り木が生えず、地面にも草の一本すら生えていないような、異質な場所であった。その異質広場の中心にて全裸の男が焚き火をしていた。その男は全身に班目模様のアザを持つ異様者であった
彼の名は歩異死。人類最強の男である
彼の存在は天変地異的とまで言われている。彼は過去現在未来全ての事象・全ての歴史・全ての意思など自身にはまったく関係無いといったスタンスで行動し、それはほとんど破壊に向けられる。その苛烈さは著しく、我々が火山の噴火に対して逃げ惑う他の術を持ち得ない事と等しく、また大津波を前にして飲まれる他の運命を辿ることが無い事と等しく、彼に遭遇した我々は藻屑と化す他の道は無い。それ程までに彼はエキスパートなのである
そんなお元気満点殺戮肉人形とお見合い状態になる峯田ローリングスゥイサイドマン。彼もまた、藻屑へと成り果てる運命を辿るのか……
「久しぶりだな、クソ野郎」
「誰だ?貴様は……ワシはそんなお月様ヘッドの持ち主は知ら……ん?貴様は……」
「思い出したかぇ」
峯田ローリングスゥイサイドマンは携えてきた焼酎瓶の蓋を開けると、口をつけて勢い良くグイッとやり、焼酎をほっぺの袋いっぱいに溜め、そのまま歩異死を見つめて停止した。歩異死はその様子を注意深く観察していたが、目の前のお月様が一体何を目的として何をしているのか皆目見当もつかなかった
歩異死が理解不能状況に耐え切れず、もういっその事全て粉砕してしまおうと思い立ち、そのための第一歩をやや辛辣めに踏み出そうとした瞬間、峯田ローリングスゥイサイドマンが口中焼酎を上方へ向けて噴出した。それは霧状の焼酎雨となり、お見合いする二人の猛者の元に降り注いだ
これは峯田ローリングスゥイサイドマンの、命懸決意表明儀式である。彼は人生のうちで大切な出来事に臨む際には、必ずこの儀式を行ってきたのだ
「本日は焼酎雨天也。ヤるぜぃ?今度こそな。お前も殺し損ねた唯一無二の一粒を踏みにじる絶好のチャンスだ。滾らせることだぜ、精々な」
「ゲラゲラああーッ!!喜ばしき事よ!さぁヤりねぇ!今ヤりねぇ!!」
立ち上がり諸手を上げて威嚇仕合う2人の狂負。地上の月と変態斑点男が焼酎雨天決行にて脅かし合うその大事件を、満天の星空のど真ん中にてお月様だけが見ていた
「刻み越め!」
「往!!」
慟哭とともに飛び出すは地上の月!爆ぜるが如きパワフルさで、全裸斑点狂人へと殴りかかる!その拳は歩異死の右側頭部をブチ抜いた!その衝撃で歩異死は鼻から汁が飛び出てしまう。しかしそんな激烈拳骨衝突を軽い出来事として済まし、即座に反撃の拳を飛ばす歩異死。それを顔面の中央にてお出迎えした峯田ローリングスゥイサイドマンは、激しい衝突音とともに鼻骨を砕け散らかし、鼻血のシャワーを歩異死に浴びせた。そのうちの何滴かが目に入り、歩異死は瞳を閉じて君を描くよ状態(早い話がまばたきである)に陥ってしまう。その瞬間峯田ローリングスゥイサイドマンの連撃が歩異死を襲う!硬い肉がぶつかり合う、鈍く激しい音が響く!響く!響く!何度も響く!!鈍い音に次ぐ鈍い音とそしてこの笑顔!!笑顔で殴る狂気の男、峯田ローリングスゥイサイドマンと、殴られても尚笑顔の不気味男、歩異死!!鈍い音の発生主たる峯田ローリングスゥイサイドマンの拳に歩異死は成されるがままとなりつつ、身体中至る所から汁を飛ばしていた
「いってぇいってぇ!!いってぇー!」
「黙落しゃい!」
峯田ローリングスゥイサイドマンにより練りに練られた拳が胸元にぶつかり、激しくブッ飛ぶ歩異死!!野生の凶暴を全身に宿した峯田ローリングスゥイサイドマンは周囲にヨダレをブチまけながらブッ飛んだ歩異死を追いかけてオモックソ蹴り上げると自身の左手首から先を掴み、勢い良く引きちぎった!その瞬間左手首から先の部分は右手の中で変異し、金色に光る小槌と成った!これこそが峯田ローリングスゥイサイドマンが誇る絶対不壊珍宝である!彼はこの珍宝で数多の難敵を打ち砕いてきたのだ!!
「御面御面御面御面御面!!」
「ウゴゥ……!!最だ!!最濃い!!」
峯田ローリングスゥイサイドマンが金色小槌で宙を舞う歩異死を打つ打つ打つ!!打って打って打って打つ!!打って打ってブッ飛ばし追い詰める!!歩異死から飛び出し続ける体液がついに赤みを帯び始めた
「志磨威だ!!クソ野郎!!」
「ゲラゲラゲラ!!最だ!!ゲラゲラ!!最ォオー!!」
一際力を込めた一撃が歩異死の後頭部を直撃し、歩異死は遂に嫌になる!!衝撃で顔面を地面にめり込ませたものの、歩異死はすぐに態勢を立て直し、その場で身体をバウンドさせながら両手足をブルンブルンと鞭の如く振り回し始めた
「操身術、九十三式“ブルブル”」
「無有……」
説明しよう!操身術とは歩異死ご自慢の肉体操作術である!それは一式から八十式までの基本的動作と、八十一式から九十九式までの応用技、そして奥義たる百式で構成される!!
奇想天外な動きをする歩異死に対し、怯むことなく金色小槌を振りかぶる峯田ローリングスゥイサイドマンには流石としか言いようがない!!しかし躊躇なく振り下ろされた金色小槌は哀れにも空を切る。金色小槌が迫った瞬間、歩異死がまるでヘビのように動いたからだ!そしてそのまま歩異死のお届けする予測不能全身鞭化動作の餌食となってしまった!彼の体に歩異死の手足がバチンバチンと当たる!一発一発が極太の鞭でぶっ叩かれたかのごとき重さであり、峯田ローリングスゥイサイドマンは痛さのあまり涙を流した。そしてその内の一発にアゴを揺らされ、フラついたところに先ほど粉砕された鼻骨をブン殴られて堪らず倒れかかる。しかし彼は歴戦の不倒者である!半分意識を切らせながらも、足にはきちんとリキを込めている様子であり、無様な姿を世に晒すことはなかった!そんな漢の中の漢たる峯田ローリングスゥイサイドマンの顔面に歩異死の蹴りがブツかる!!度重なる顔面攻撃に血しぶきを晒しながら仰け反る峯田ローリングスゥイサイドマン!!次いで右眼・鼻・おでこ・口・その他etc・etc・etcに歩異死の容赦無き猛攻を受けるも、峯田ローリングスゥイサイドマンはなんとか堪えて金色小槌を振り回し続けた!しかし右肘を蹴られ、その衝撃で骨にヒビが入り金色小槌を落としてしまう!その瞬間手首から先を無くした左腕を歩異死の口に激しく突っ込み、腹にケリを入れ、後退した歩異死の後頭部を右手で鷲掴みにし、勢い良く頭突きをカマす!!
互いに引かぬ猛攻に次ぐ猛攻!!気がつくと歩異死の全身に広がる斑目模様が徐々に光り始めていた
その時
「地獄へ招待するぜ、歩異死ィイー!!“枯れた約束、丸めた背中”」
本日最大級に強い笑顔で叫ぶ峯田ローリングスゥイサイドマンと、全身の肌を逆立たせて構える歩異死!!この歴史的大死闘を、満天の星空の中心でお月様と3人のくすんだ男女だけが見ていた
そのくすんだ男女は、いらだった様子でくすんだ会話を交わしていた
「クソッたれ!間に合わなんだ!!」
「でもまだ死んでないわ!」
「そ、うぁ、ちょおオイオイオイオイオイ!!おっさんアレやるつもりだぜ!!」
「がぁああーもう!!ヤバイヤバイヤバイ!!逃げろ!!」
「まだ間に合うんじゃないの!?ブン殴ってでも止めようよ!!」
「無理だ!人生賭けた戦いは、先っちょだけとはイかなんだ!一度開戦すればヤり終わるまで止まらねぇ!!」
「何よそれ!ホント男ってわかんない!死んだらおしまいじゃないのよ!」
「しかし到着即お引き取りって、俺たち一体ナニしにきたんだろーな」
「わからん!!とにかく逃げろ!!巻き込まれて死にたくなければな!!」
くすんだ男女が大急ぎで引き返し始めたその瞬間、峯田ローリングスゥイサイドマンの頭上に巨大な黒球が出現した!!これこそが彼の特異法……そう、彼の悲しき特異法である