第1話 お母さんがお父さんになった日、ぼくは部屋の天井を見て過ごしていた
「行ってきます、お母さん」
「おいおい、俺はお父さんだぞ」
それは毎朝恒例の挨拶であった
23歳の高校一年生、三宅陰謀には父親が二人いる
1人は元々お母さんだったのだが、気がついたらお父さんになっていたのだ
詳しくは想像にお任せしよう
三宅陰謀はその事に対してあまり良く思ってはいなかった
しかし両親ともに「え?最初から二人とも男だったけど。え?あれ、あのー……え?」といった雰囲気を常に纏っている為に、何ともツッコミずらく、でもどうしても気になるから日常の会話に少しずつジャブを入れるようにしているのだ
しかし、今朝も当然のごとくヒゲをハサミで整える元お母さんのお父さんに軽くあしらわれ
意気消沈の様相で家を後にする三宅陰謀であった
三宅陰謀は前述の通り23歳の高校一年生である。彼は中学を卒業すると同時に股間から山芋が生えてくるという奇病を患い、恥ずかしさのあまりに引きこもりになってしまったのだ。そんな彼のことを救ったのはラジオから聞こえてきた言葉であった。「暗く孤独な夜はいつか終わります!夜明けは必ず来るのです!でもそれから昼になり、また夜が来るんですけどね」という言葉を聞いた時、彼は「どうでもいいけどおっぱいが見たいから外に出よう」と決心したのである
その決心から7年と11ヶ月と30日後、彼は部屋の外に出て、高校に通い始めた
進学するはずであった高校の校長先生と、元々お父さんだった方のお父さんが仲良しだったらしく、1日も登校していない彼を休学扱いにしてくれていたのだ。その為復学という形でスムーズに高校生活を開始させる事ができたのだ
もっとも、お父さんは校長先生に対してオトナの汚いやりとりをしたらしいが、詳しくは聞いていない
お父さんはその際「なぁに、気にするな。汚いお尻は見慣れてる」と言っていたのだが、何が行われたのか余計に気になるところである
その日も三宅陰謀は普通に授業を受け、帰宅の途についた
その途中、見慣れぬ男が道の真ん中で仁王立ちしていた
その男は体長180cm程の、威圧感を伴うデブであった。そしてハゲでもあった。ハゲアンドデブであった。彼は何かを見ているのか見ていないのかわからない様な目線をどこか遠くに飛ばしつつ、その場で微動だにしなかった
三宅陰謀はそのハゲアンドデブをやり過ごそうと、できるだけ存在感を薄めつつ歩いた
しかしハゲアンドデブとすれ違おうとしたその瞬間、三宅陰謀はそのハゲアンドデブを無意識にブン殴っていた
何故かはわからないが、拳が勝手に動いていたのだ
三宅陰謀の拳はハゲアンドデブのアゴを綺麗に打ち抜いた。しかしハゲアンドデブは倒れず、それどころか三宅陰謀の方を見て微笑みつつ「YKK、AP!」と呟いた
その瞬間三宅陰謀の股間の山芋が急激に成長し、ズボンを破って外に飛び出した。そしてそれはハゲアンドデブの口に向かって伸びて行く。ハゲアンドデブは恍惚の表情でそれを口にした
「貴方から希望のにおいがする」
「うわあああああ!!」
ハゲアンドデブは山芋を猛烈な勢いで吸い込んで行き、そのまま山芋と共に三宅陰謀の肉体までも吸い込んでしまった
「これで俺の役目は終わった。おやすみなさい」
そう呟くとハゲアンドデブの身体は足元の方からビニールヒモへと変化して行き、シュルシュルと小気味よい音を立てながら、その場に崩れ落ちてしまった
その場面を見ていたものは誰もいない
後には元ハゲアンドデブだったビニールヒモのみが残されていた
三宅陰謀は気がつくと闇の中にいた。暗くて何も見えやしないが、何やら濡れた柔肉の様なものに全身を挟まれているようであった。チーズの様ないやらしいニオイが鼻をつく。うまく身動きが取れない。オマケに酸素も薄い。そんな状況に何とも言えぬ閉塞感を感じ、三宅陰謀は半狂乱になりながら両手足を我武者羅に動かしていたのだが、ふと頭上の方に進むことができるのを発見した
三宅陰謀は叫び狂いつつ、ひたすらに進み始める。その先に何があるのかも、登っているのか降りているのかもわからないが、とにかくこの状況から抜け出したかったのだ。三宅陰謀は思考を放棄し、ただただ進んでいく
どれくらいの時間そうしていたのかわからないが、進めども進めども続く濡柔肉の悪臭道に心身共に疲れ果てた頃、三宅陰謀は動くことを止めた
「ココは一体どこなんだ。俺の身に何が起こったというんだ」
そんな答えの出ない疑問が、彼の脳内を支配する。無力感と疲労感が閉塞感を増幅させ、再び発狂に至る。三宅陰謀は涙と鼻水と汗と柔肉汁で全身を濡らしながら叫び、暴れた
その時、不意に轟音が鳴り響く。ブイイイイイイという、何かが振動しているような音である。その音が聞こえてから数秒後、三宅陰謀を包む柔肉が振動を始める。その振動は三宅陰謀の身体を激しく揺さぶった。あまりの事態に彼は思わず謝罪した。理屈は無い。人間こうなったら謝罪するしかないのだ
「ごめんなさいわかりましたから助けてくださいごめんなさいごめんなさい」
祈るように謝罪する三宅陰謀であったが、ふと気がつくと周囲の柔肉汁がやけに増えていた。それは三宅陰謀の体を余すとこなく包むほどである。ますます呼吸が困難となり、遂に死を覚悟し始めた三宅陰謀であったが、狂乱に身を委ねてもがいていると、不意に前方から光が射した。三宅陰謀はそれに向かって死に物狂いでもがき進む。その勢いのままに濡柔肉の悪臭道から脱出した瞬間、激しい衝撃が全身を貫き、彼は意識を失ってしまった
その頃某所にて
怪しい男達がひとつの水晶玉を眺めていた
そこには三宅陰謀の顔がドアップで映されていた
「遂に成功しましたな。この方こそ我々の……」
「そう。希望だ」
「煮崩れマン!!直ちに迎えに行くのだ!!」
「グベベ……わかりました」
「ククク……これで我々の長年の戦いが終わるぞ!」
三宅陰謀の数奇な人生が幕を開ける