07 二人の少女に挟まれて
「いやー、でも良かったね。ヴィロサ様にも気に入ってもらえたみたいだし。紳士さ……ヒアリヌスさんも新しい名前つけてもらえたしねっ」
王の間を出ると安心した表情で羊子ちゃんが話しかけてきた。
考えてみれば、俺はヴィロサ嬢に気に入ってもらわなければいけないのに、よりにもよってそのヴィロサ嬢と初対面で戦闘かましてしまったからな。
その様子に羊子ちゃんが涙目になっていたのは、戦闘そのものだけでなく、その後の俺の処遇含めて心配してくれていたからか。
結果として気に入ってはもらえたようだが、羊子ちゃんにはすごく心配かけてしまったみたいだ。
「羊子ちゃんにも色々不安にさせちまって悪かったな」
俺は謝罪しつつ羊子ちゃんの頭をなでなでした。羊子ちゃんは嬉しそうに頭を撫でられた後、俺の右腕へと絡みついて来る。
羊子ちゃんは巨乳でこそないが、形の良い素晴らしい胸を持っていた。その胸が俺の腕に押し付けられて、大変素晴らしい感触を俺の腕へと与えてくる。
その素敵な刺激を俺へと与えつつ、羊子ちゃんは無邪気な笑顔で返事を返してきた。
「えへへ。結果として良かったんだからいいですよー。それに僕は見てるしか出来なかったし。実際に戦いを止めたヴェルナだって、ヒアリヌスさんのこと心配して間に入って止めたんだもんね」
そう言って羊子ちゃんは俺の右腕にくっつきながら、反対側にいるヴェルナを見る。
「別に私は……珍菌さんのことを心配などはしてなかったのですよ。止めに入る前の時点で、珍菌さんの強さは十分分かっていましたし。逆にヴィロサ姉様が怪我する可能性もあったけど……そっちは完全に自業自得だから別に構わなかったのです。ただ二人の戦闘狂っぷりが余りにひどかったので……見てられなかっただけなのですよ」
「ヴェルナはホント素直じゃないなぁー。帽子の方で話す時は本音だだ漏れするのにねー」
「うっせぇちょっと黙ってろっ」
ヴェルナの帽子が凶暴な声をあげていた。
帽子の方がヴェルナの本心だだ漏れしてるのか。というかそれ以前に、ヴェルナと帽子って別人格とかじゃあなかったんだな。
そして帽子の方であまり喋ってこないということは、俺にはまだ本音を見せてくれてはいないとも言えるのか。まあ出会ってから一日も経ってないわけだしな。当然と言えば当然なのだが。
ヴィロサ嬢に気に入ってもらえたようなのは良かったが、ヴェルナともこれから仲良くなっていかなきゃな。
なんて思っていると、ヴェルナが無言で俺の左腕へとくっついてきた。
うーん。ヴェルナは表情が読めないから良く分からないのだが、俺のことを嫌っているわけではないのだろうか。
羊子ちゃんが言うようにヴェルナが素直じゃないだけなんだとしたら、意外とヴェルナにも気に入ってもらえてる可能性もあるわけか。少なくとも嫌いな人間にこうやってくっついてくる理由はないだろうしな。
俺は少し嬉しくなって、左手でヴェルナの手を握ってみたりした。拒否されるかもとも思ったが、ヴェルナは控えめにだが俺の手を握り返してくる。
もしかしてヴェルナも両手が服から出ていれば、羊子ちゃんみたく俺の腕に絡みついて来たりもしたのだろうか。
ヴェルナは袖のない特殊なコートを着てるので、ファスナーから出てる左手で俺の手を握り返してくるくらいしか物理的に出来ないわけだが。
でも俺の手をきちんと握り返してくる辺り、ヴェルナも素直に可愛い所はあるんだよなと俺は思った。
そうして俺はヴェルナと羊子ちゃんを両脇に抱えて廊下を歩いていたわけだが、ここでふいに羊子ちゃんが声をあげる。
「あー! そう言えばヒアリヌスさんの部屋ないよー。どうしよう。せっかく地球からわざわざ来てくれたのにー。あう、ごめんなさいだよヒアリヌスさんー」
そう言って羊子ちゃんが涙目になって見上げて来る。
どうやら、この城の中に俺が泊まるのにいい部屋が空いていないようだ。といっても、何も羊子ちゃんのせいではないと思うのだが。
「いや、部屋がないって言われると困っちまうが、別に羊子ちゃんのせいじゃないだろう?」
「ううん。僕の責任だよー。ご飯作ったりとか部屋の掃除したりとか、城の管理はだいたい僕がやってるもん。あー……毒耐性の人探してるって話は聞いてたのに、忙しさにかまけて何にも準備してなかったよぉー」
羊子ちゃんは涙目になってうなっていた。
羊子ちゃん、何気に執事みたいな服を着ていたが、実際にこの城の管理を受け持っていたようだ。この広い城で掃除以外に食事の準備もしてるとなると、仕事量は相当に多いだろう。
そしてそれだけ忙しければ、いつ見つかるかも分からない人間のために部屋を用意出来なかったのも仕方がないとも言える。
ただし、俺としてはだいぶ困った事態だが。
そうして俺も一緒に困っていると、羊子ちゃんがひらめいた顔で言ってきた。
「うん。これは僕の不手際だから、ヒアリヌスさん今日は僕の部屋に泊まってよ。広くはないけど二人過ごすくらいは問題ないし、こうなっちゃったのも僕のせいだから、頑張っていっぱいサービスしちゃうしっ」
大変素晴らしい提案を示されてしまった。
羊子ちゃんはマイセリアドーターであって人間の女の子ではない。しかし見た目十代の、愛嬌ある可愛らしい女の子である羊子ちゃんに、お部屋にお呼ばれするのはすごく光栄な話である。
しかもいっぱいサービスをしてくれるらしい。
いや、サービスというのは執事さん的に色々構ってくれると言う意味だろうが、いずれにせよすごく素敵な提案である。
一人部屋をあてがわれるより、楽しい一日を過ごせようぞという物だ。
そうして俺は妄想を膨らませていたのだが、ここでヴェルナが割り込んできた。
「……羊子が責任を感じる必要はないのですよ」
そう言ってから、ヴェルナは真っ直ぐな目で俺の顔を見上げてくる。
「珍菌さんが今日来ることを……羊子は知らなかったのです。だから責任は……急に珍菌さんを連れて来た私の方にこそあるのですよ。だから部屋も……珍菌さんは羊子じゃなくて、私と一緒に眠ればいいのです」
……一緒に眠るだと?
ヴェルナはマイセリアドーターであって、人間の女の子などではない。しかし見た目小学生の、クール系美少女であるヴェルナと一緒に眠ると言うのはもはや犯罪ではないだろうか。
俺は二十七歳のおっさんだぞ? いや、俺の体は今見た目十七歳くらいだから少年法的に大丈夫……なのか?
実年齢の話をすればヴェルナも小学生ではないわけだしな。年齢を直接聞いたわけではないが、話を聞く分には少なくとも百年以上は生きてるはずだ。
生態そのものが人間と違い過ぎるので、そもそも年齢に意味があるかも謎ではあるが。ともかくも、俺がヴェルナと一緒に寝るのは大丈夫と言っていいだろう。
しかし困った。ヴェルナと羊子ちゃん、俺はどちらの部屋にお呼ばれすれば良いのだろう。
羊子ちゃんのいっぱいサービスも魅力的だが、ヴェルナとおねんねも捨てがたい。
だがまさか、こんなラノベみたいな展開が俺の身に起こるとは想像もしていなかったな。……これが異世界と言う物か。地球を飛び出して大正解じゃあないか。
だがしかし、究極の選択を迫られているのも確か。
これから彼女達マイセリアと一緒に暮らすにおいて、初日から選択を誤るわけにはいかない。ヴェルナと羊子ちゃん、どちらとおねんねするのが正解か。
数瞬の間思い悩む。そして俺は選択を下した。
「んー……とりあえず今日はヴェルナの部屋にやっかになるかな」
「……とりあえずって言い方がなんだかすごく嫌なのですよ」
「やっぱり僕よりヴェルナの方がいいんだヒアリヌスさん……」
ヴェルナと羊子ちゃん、共に思う所がありそうだ。
だが俺は、別にどちらが好きかとか聞かれたわけじゃないからな。総合的に判断して、ヴェルナの部屋にやっかになるべきと判断しただけである。
その理由も、やはりしっかりと説明しておくべきだろう。
「話し聞く限り、羊子ちゃんはやっぱり忙しそうだからな。城の管理もやってるのに、俺の相手までしちゃ身が持たないだろ。その点ヴェルナは暇そうだし」
「暇そうだしって……すごい偏見を感じるのですよ……」
「僕としては全然っ! どんなに忙しくてもヒアリヌスさんの相手が苦になんてならないんだけど! ……でもそういうことなら仕方ないかな。でもでもっ! 何かあったら気軽に言ってくださいね! ヒアリヌスさんもこの城で一緒に住む家族だから。城を管理する執事として、ヒアリヌスさんのお世話も僕がしっかりやりますからね!」
そう言って羊子ちゃんはぐいぐいと俺の腕にくっついてきた。テンション高く体が動いているので、腕に当たっている胸の部分がその度こすれて、やわらかな感触が俺の腕へと伝わってくる。
だがそんなことより、羊子ちゃんは本当に素直に可愛いと俺は思う。
「ありがとう羊子ちゃん。何かあったら、その時はお言葉に甘えて頼らせてもらうよ」
「うん。いっぱい頼っちゃってください!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そうしてその後しばらく廊下を一緒に歩き、そこで羊子ちゃんともしばし別れる。
「じゃあ、僕は夕食の準備があるから行きますね。ご飯の方も、腕によりをかけて作っちゃうから楽しみにしてて下さい! じゃあまた後で、夕食の時に会いましょうねー」
そう言って羊子ちゃんは離れて行った。
やっぱり……本当に羊子ちゃんは忙しそうだ。そんな中でも元気に明るい羊子ちゃんは、実はかなりすごい娘なのかも知れない。
「じゃあ私は……珍菌さんを私の部屋に案内するのですよ」
そしてやはり、ヴェルナは他にやることがあるわけではなさそうだ。俺の選択は正解であったと言えるだろう。
「……私は珍菌さんをこの世界に連れて来た張本人なので。珍菌さんの面倒を見るのも……やっぱり私がやるのが正解なのですよ。つまり珍菌さんの面倒を見ることこそが……いわば私の大事なお仕事であるとも言えるのです」
つまり他に仕事は持っていないということだな。
俺は自分の選択が正しかったことを確信しつつ、ヴェルナに部屋へと案内してもらった。