06 手合わせ
羊子ちゃんの合図と同時にヴィロサ嬢が俺へと向かって突進してくる。
速い!
ヴィロサ嬢は間合いを一瞬で全て喰らい尽くし、俺の真横にまで体を持ってきていた。その上で下段に構えた大鎌を、俺へと向けて振り上げてくる。
命を刈り取る一撃だ。
刃先や毒がどうとか関係なしに、俺はヴィロサ嬢の攻撃に命の危険を感じた。俺は本能が告げる危険信号に従って、大鎌を避ける為全力で上へと飛び上がる。
「あっ」
「えっ?」
「……うえっ!?」
俺が跳んだ瞬間、俺を含む四人全員が驚きの声をあげた。
ヤバイ、天井にぶつかる!
この部屋は本当に広く、天井までの高さもゆうに五メートルくらいはあった。
にも関わらず、俺はジャンプしただけでその天井に頭をぶつけようとしている。
俺はマイセリアドーターの力だけでなく、俺自身の身体能力も見誤ってしまっていたようだ。
俺は自分の予想外の力に驚きつつ、なんとか体勢を変えて天井へと張り付いた。
だがヴィロサ嬢の猛攻は終わらない。
ヴィロサ嬢は驚きの表情をすぐに楽しげな笑みへと変え、当たり前のように高さ五メートルの天井に張り付く俺へと飛びかかってきた。
俺自身の身体能力にも驚きだが、マイセリアドーターはその力にさえついて来る。
俺は天井を蹴って、なんとかヴィロサ嬢の第二撃も避けることに成功した。
そうして俺とヴィロサ嬢は、再び距離を取って対峙する。
「あなた素晴らしいわ。実は最初に見た時から予感のようなものは感じていたのだけれど、本当に私達マイセリアと同じ次元で動けるなんて。でも力の方はどうかしら? あなたなら、私の大鎌を受け止めることも出来るのかしら」
「さあな……試してみるか?」
俺とヴィロサ嬢は二人同時に笑みを浮かべる。
奥で見ているヴェルナがすごく嫌そうな顔をしていた気もするが、気にせず俺とヴィロサ嬢は同時に突進した。
俺の持つ棒とヴィロサ嬢の大鎌が激しくぶつかり合う。
火花さえ散りそうな勢いだ。実際火花の代わりに、大鎌と棒を形作る真っ白な胞子がチリチリと削り飛んでいる。
「すごいわね。私の生み出す武器は硬度も鋼鉄なんかより何倍も堅いのよ。それがこうして削り落ちている。それだけあなたの力が強いという証よ」
「それはお互い様だろヴィロサさん」
こうして次は足を止め、俺とヴィロサ嬢は大鎌と棒で激しい打ち合いを始める。
ヴィロサ嬢は力も強かった。だが力と速さの両方において、俺の方がわずかに上回っている。
そのため、打ち合いながらもヴィロサ嬢は少しずつ後退していた。
マイセリアドーターがすごいのは十分分かったし、同時に俺が強いということも確認できた。手合わせはこのくらいでいいかと俺は思い始める。
そう思って俺の攻撃が緩んだ隙に、ヴィロサ嬢は大きく後退して距離を取った。
「最高よあなた。予感めいたものは感じていたとはいえ、まさか私より身体能力が上だとは思わなかったわ。でもこれで勝ったと思わないで頂戴。私の能力≪創造≫の力の神髄を見せてあげるわ」
ヴィロサ嬢がそう言うと、背中に生える羽の一部が再び宙へと舞いあがる。
そして今度は十二本もの剣となって、空中で俺の方へと向きを変えた。
「《十二本の飛行剣》。私はこの十二本の剣を空中で自在に操ることが出来るのよ。これに私自身が持つ大鎌を足して十三本。この攻撃、あなたでも果たしてどこまで持ちこたえることが出来るかしら」
そう言ってヴィロサ嬢は十二本の剣を俺の周りへと広く展開する。
まさかの全方位攻撃だ。俺の手は二本しかついていないのだが、この攻撃をいかにして破るか。
活路は前しかないなと俺は思う。
ヴィロサ嬢の目の前まで一気に接近し、剣の追撃が来る前にヴィロサ嬢を倒しきる。
俺は意識を集中させて棒を構えた。
そして俺が距離をつめようと足に力を入れた瞬間――
――俺とヴィロサ嬢との間に巨大な煙の腕が突き出される。
煙の出所へと振り向くと、ヴェルナがぷるぷると肩を震わせていた。隣にいる羊子ちゃんも、心配してか目に涙を浮かべている。
「……熱くなっちゃ駄目なのですよと言ったのに。二人とも私の話を全く聞いていないのです。ヴィロサ姉様に至っては支援武装まで繰り出して。……二人とも殺し合いでも始めるつもりなのですか?」
…………。
戦いに熱中するあまり、もはや相手を倒すことしか考えてなかった。
そもそも俺はこんなことをするために第七世界へとやって来たわけではない。
マイセリアドーターは本当に強いが、そもそも彼女らは敵などではないのだ。俺は彼女達を助けるためにこそこの世界へやって来たというのに。
大元の一番大切なことを忘れて、俺はもう少しでヴィロサ嬢に怪我をさせてしまうところだった。いや常識的に考えて、怪我をするのは俺の方だったかも知れないが。
俺はヴィロサ嬢に謝ろうと思い彼女の顔を見た。だがヴィロサ嬢の方も俺と同じことを考えてるような表情をしている。
戦いに熱中しすぎてしまったのもお互い様ということか。
だがだとすると……俺が謝るべき相手はヴィロサ嬢ではなさそうだ。
俺とヴィロサ嬢はしばらくの間互いの顔を見つめ合う。そしてヴェルナの方へと向きを変え、二人で一緒に謝った。
「「本当にごめんなさい」」
ヴェルナが止めてくれなければ、俺とヴィロサ嬢のどちらかもしくは両方が確実に怪我をしてしまっていただろう。
そのことに対する礼も含め、俺は心からヴェルナに謝罪の言葉を述べた。
俺はヴェルナに謝った後、ヴィロサ嬢にも謝罪の言葉を述べる。ヴィロサ嬢も気持ちは俺と同じようで、向こうからも俺に謝罪を返してきた。
「あなたは客人のようなものだと言うのに。ぶしつけに手合わせを願ったあまりか、もう少しで怪我までさせてしまう所だったわ。本当にごめんないなさいね。……っと、そういえばまだ名前すら聞いてなかったわね」
ヴィロサ嬢が俺に名前を訪ねてきた。俺はすぐ佐藤 紳士だと答えようとしたが……不思議と声がつまる。
前世の俺、佐藤 紳士は日本で死んだ。そして今の俺は、人間かも定かではない毒の効かない超人と化してしまっている。
そして何より、俺は生まれ変わってこの第七世界へとやって来たのだ。
これから新たな人生を始めるにあたって、新たな名前を得るべきかも知れないとも思う。
そう俺が考えていると、ヴィロサ嬢が心を読んだかのように言ってきた。
「そう言えばあなたは生まれ変わったと言っていたわね。そしてこれから、この世界で新たな人生を始める。この機会に新たな名前を得るのもいいかも知れないわ」
「どんな名前になろうと珍菌さんは珍菌さんなのですが。……でも確かに紳士は私もないと思うのです」
「えー、僕は紳士さんもいい名前だと思うけどなぁ」
ヴェルナと羊子ちゃんがそれぞれに意見を言っているが、ヴィロサ嬢は二人を気にすることなく考えこんでいる。
「そうね。あなたはこれから、私達マイセリアドーターに養われる立場となるわ。ある意味、マイセリアに寄生するとも言える。……其の様は正にタケリタケ!」
「「ぶっ」」
ヴィロサ嬢がタケリタケと言った所でヴェルナの帽子が吹き出した。羊子ちゃんも何か必死で笑いをこらえているように見える。
何がツボったのかすごく謎だが。そしてそんなヴェルナと羊子ちゃんを無視してヴィロサ嬢は言葉を続けた。
「……決めたわ。あなたの新しい名前、私自ら命名してあげる。ヒポミケス・ヒアリヌス。今日からはこの名前を名乗るといいわ」
ヒポミケス・ヒアリヌス……か。
悪くない名だ。日本人離れした名前だが、新しい俺の体は髪色もなんかオレンジ色になってたりもするしな。
「ヒアリヌス……か。そうですね。俺もいい名前だと思います」
「気に入ってくれたのなら良かったわ。じゃあ改めてよろしくね、ヒアリヌス」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
その後ランケルウスについての報告も行い、俺達は王の間を後にする。
こうしてヴィロサ嬢との対面は終わった。
ヴィロサ嬢と戦闘になったのは予想外だったが、俺の身体能力が確認できたのはむしろ幸運だったとさえ思う。
新しい名前までつけてもらえたし、結果としてヴィロサ嬢との対面は充実した物だったと言えるだろう。