04 子実体
「それにしてもヴェルナ。実はすげぇ強かったんだな」
「実はも何も、私は普通に強いのです。でも褒めてくれるのなら……もっと褒めても構わないのですよ」
バルコニーから城の中に戻りつつヴェルナと話しかけると、ヴェルナはこう返事をしてきた。褒められたこと自体は嬉しいようだ。ヴェルナは基本無表情なので感情はあまり読めないが。
そしてそんなやりとりをする内に、俺達はマイセリアドーターのまとめ役という、ヴィロサ嬢がいる部屋の前までたどり着いた。
この城における王の間らしい。中に魔王でもいそうな大きな扉が俺達の前にそびえ立っていた。
「ヴィロサ姉様は……死の天使の異名を持つ猛毒キノコのマイセリアでもあるのです。……逆らってはいけません。まあ姉様は人間出来てるので隙を見せたらやられるなんてことはないですが――」
「下半身からキノコとか出したら殺られるからな。せいぜい気をつけろよ、ヒヒッ」
なんてことを言ってくる。ちなみに後半部分は帽子の方がしゃべった言葉だ。
というかヴェルナは俺が誰彼構わず珍キノコ君を見せるとでも思っているのか。俺をどれだけ変態だと思っているのかと。
「えっ? 紳士さんって下半身からキノコ出しちゃうの? 僕まだ見せてもらってないよ!」
羊子ちゃんはなぜか思わぬ食いつきを見せてくるし。
「いやまあ、今は出さねぇよ。……見るなら後でな」
「後でなじゃないのですよ珍菌さん。……羊子もそんなもの見たがっちゃ駄目なのです」
なんというか、偉いマイセリアドーターに会うというので俺なりに緊張していたんだがな。今のやりとりで色々と吹っ飛んでしまった。まあ……緊張しすぎるのも良くないしなと思い直すことにする。
そうして俺は重い扉をあけ放って王の間の中へと入っていった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
王の間の中は大きな部屋になっていた。だがそれほど豪華という感じはしない。そもそもこの城は魔物の親玉が使っていた城塞らしいからな。城は城でも魔王城だ。
ただし魔王城という感じもあまりしない。むき出しの石畳に質素な内装。全体的に灰色から白に近い色合いの、質素な感じの部屋だった。
だが部屋の中に何本かある柱の装飾などはしっかりしていて、シンプルながらも洗練された印象を感じる広間だ。
その部屋の奥には王様が座るような装飾のついた椅子が置いてある。
ただしそこには誰も座っておらず、代わりに部屋の右奥、吹き抜け窓の前に一人の女性が立っていた。
「ヴィロサ姉様。地球から帰って来たのですよ」
「ええお帰りなさいヴェルナ。さっきの戦い、私もこの窓から見ていたわ。帰還したばかりだったのにごめんなさいね。でも助かったわ」
そう言って窓際に立つ女性がこちらへと振り返る。彼女がヴィロサ嬢で間違いなさそうだ。
そしてこちらへと振り返ったヴィロサ嬢の姿は、まさに死の天使の名にふさわしいものだった。
純白のドレスに大きなつばのある白い帽子、そして肩口近くまであるミドルヘア、その全てが真っ白だ。そしてヴェルナと同様に、全体的に白い色彩の中、両の目だけが赤く強い光を放っていた。
しかしそれだけではない。
ヴェルナのしゃべる帽子のように、ヴィロサ嬢にも人間にはない特徴があった。
背中から生える二枚の羽だ。
死の天使の異名にふさわしく、ヴィロサ嬢の背中には天使のような羽が生えていた。しかも微妙にピコピコ動いている。
これだけでもヴィロサ嬢が人間ではないのが見て取れた。
ちなみに全体的な色調が白で統一されていることを除けば、ヴィロサ嬢とヴェルナの印象はだいぶ違う。ヴィロサ嬢の表情は柔らかく、全体としては茶目っけのあるお嬢様といった印象だった。
そうして俺が彼女を見ている間、ヴィロサ嬢も俺を観察していたようだ。
「ふぅん……。あなたが毒に耐性のある人間なのね。こうやって城の中を歩けているだけでもそれは確かなのだけど。思ったより普通なのね。でも悪くないわ。健康そうだし、顔立ちも整っているしね」
どうやら、ヴィロサ嬢からの第一印象は悪くなかったようだ。
自分で言うのもなんだが、新しい俺の顔は自分から見てもかなりイケてると思うしな。生まれ変わって一度鏡を見た時には「誰だこのイケメン」って思ったくらいだし。
「……珍菌さんが調子に乗っているのです」
ヴェルナが不満気な声を出していたが俺は華麗にスルーした。
「ともかく第一印象としては合格ね。ヴェルナから説明は受けたと思うけど、貴方にはこれから人の代表例として、人間と関わりを持ちたいマイセリア達と交流を持ってもらうことになるわ。でも……一応私からも確認しておこうかしら。貴方はそれをきちんと納得して、今この場所にいるのよね」
「もちろんです。実は俺、ヴェルナちゃんに会う前に生まれ変わっていたみたいで、元の世界に居場所がない状況になっていました。だからこれは……俺にとってもいいお話だと思っています」
そう答えると、ヴィロサ嬢は満足げに頷いた。
……俺の話にはだいぶツッコミどころがあると思うのだが。俺が生まれ変わっていた云々については、マイセリア達は全力でスルーしようとしている気がする。
「ともかく、こうしてあなたが来てくれて良かったわ。これでしばらく大きな仕事はなくなるわね。後はムスカリアさえ戻ってくれば、やっとで私も転生出来そうよ」
「転生……子実体を更新するのですか。確かにヴィロサ姉様の今の体、もう八年くらいは使ってますからね。生まれ変わるにはいい時期かも知れないのです」
「でしょう。本当はもう少し前に転生しておきかったのだけど、つい先延ばしにしちゃってたのよね。でも結果としては良かったかしら。こうして転生前に毒耐性を持つ人と会えたのだから」
なんてことない世間話でもするかのように、ヴェルナとヴィロサ嬢は理解の出来ない会話を繰り広げている。
俺が理解してないことを察したのか、少ししてヴィロサ嬢が話しかけてきた。
「なんだか驚いているようだけどどうかしたのかしら? あなたも転生したばかりなのよね? ……って、あれ? 人間って転生するような生き物だったっけ?」
「「「あっ……」」」
羊子ちゃん含め、三人が急に驚いた顔をしている。何がなんだかさっぱりだ。
そしてしばらく考えたそぶりを見せた後、ヴィロサ嬢が説明を加えてくれた。
「私達マイセリアドーターの生態については……まだ聞いてないのよねその様子だと。せっかくだから、まずはそこから話しましょうか」
そう言って、ヴィロサ嬢は少し顔を引きしめた上で話を続ける。
「今あなたの前にいる私達のこの体だけど、実はこれ……私達の本体ではないの。子実体と言って、植物で言えば花や実にあたる部分になるかしら」
「本体はキノコみたいに……別に菌糸体があるのですよ。菌糸体の場所は秘密ですが、この世界の地面の下に……広範囲に渡って広く分布しているのです」
「そういうことなの。だからこの体は……この世界の人間と関わるために作った仮の体とでも言えばいいかしら。でも子実体はあくまで一時的なものだから、あまり長くはもたないの。普通のキノコと比べればすごく持つ方ではあるのだけれど、寿命はもって十年くらいかしら。だからその期限が切れる前に、子実体を更新しながら私達は暮らしているのよ」
この話は結構衝撃だった。
ヴェルナ達マイセリアドーターが、この世界に来てから百年近く経っているというのは聞いている。そしてヴェルナ達の話しぶりから察するに、その百年間ヴェルナ達が同じ個体として存在してるんだろうとは思っていた。
俺は単純に寿命が長いものだと思っていたのだが。
だが実際には彼女達、人間とは生態からしてかなり違っているようだ。人間状の体は仮の物で、定期的に交換を繰り返しつつ生きているらしい。
なかなか理解が追いつかない俺に対して、羊子ちゃんがさらに説明をしてくれる。
「要するにキノコの生態と一緒なんだよ。キノコだって地面から生える部分はただの果実みたいな物でしょ。そのキノコ部分が僕達で言うこの子実体なんだよ。でもって地面や木の中にある白い根っ子みたいなのが本体の菌糸体。この本体の方は、僕達の物も普通のキノコとほぼ一緒だよ。まあこんなおっきな子実体を作るわけだから、それを支える菌糸体も規模が大きかったりはするんだけどね」
「お、おう……そんな生態だったんだな」
ぶっちゃけて言うと、普通のキノコがそんな生態だってこと自体俺は今まで知らなかったのだが。
そうして俺が驚いていると、ヴィロサ嬢が真剣な眼差しで尋ねてきた。
「私達はそういう生き物だから、生まれ変わるというのはごく日常的なことだったの。もちろん子実体についての話だけどね。だからあなたが生まれ変わったと聞いても気にはならなかったのだけど……人間としてはおかしいわよね?」
どうやら三人のマイセリア達は、ここに来て初めて俺の異常性に気が付いたようだ。そして次はヴェルナまで、表情の読めない顔で俺へと尋ねてくる。
「……珍菌さんは、本当に人間の珍菌さんなのですか?」