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Lone wolf  作者: 片栗粉
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襲撃 2

この山を登らんとするもの、麓にては大いなる苦しみにあわん。


~ダンテ・アリギエーリ~

4台のスノーモービルは巧みに木々の間をすり抜けながら、かなりのスピードで走り抜けていた。


目標の400メートルほど手前で、先頭を走っていたモービルの後ろに座る男が停止の合図を出し、それに倣ってほかの3台もライトを消してエンジンを止めた。これ以降は徒歩で行くしかないだろう。


彼等は服装こそイノシシ狩りに来たようなハンターを装っているが、猟銃を持っていない。


代わりにスポーツバッグとウエストポーチを着け、顔を覆うための目出し帽を被っていた。皆、ベルトに携帯無線機をつけ、イヤホンをそれに繋いでいた。


指揮官が訛りの強い英語で指示を出すと、彼らはスポーツバッグから銃床を折りたたんだMP5携帯型サブマシンガンを取り出し、バッグを肩にかけた。


GPSで現在地を確認しながら、暗視ゴーグルの視界を頼りに8人は前進した。吹雪がだいぶ激しくなっていた。先ほどまで花びらのような雪片だったのに、今は分厚いジャケットを切りつけるように吹き抜けていく。


「あと200メートル。」


無線機に繋いでいるイヤホンから、指揮官の声が響いた。クライアントから指示されたGPS座標がなければ、全員この雪深い山を何時間もさまよう羽目になっていたはずだ。


暫く進むと、ようやく目標の場所が見えた。100メートル手前で彼等は一度止まり、身をかがめた。ここから見えるただ一つの窓から中の様子を伺おうとしたが、固く閉じられた窓は遮光のカーテンが引かれ、中の様子は分からなかった。


8人の男達は用心深く小屋を取り囲んだ。サブマシンガンを肩づけし照準器が暗視ゴーグルの少し下に来るように低い位置で構えた。その姿はどう見ても訓練された精兵のものだった。


玄関まで10メートル。動きはない。無線から他のメンバーの報告が聞こえた。窓は南側と東側。どちらもカーテンで中は見えない。裏には南京錠で施錠された物置だけだった。窓は男一人が入るには小さすぎ、玄関から突入するしかなさそうだ。指揮官は2人を裏口、もう2人を南側に残し、残りの4人で突入すると告げた。


指揮官がベルトから破片手榴弾を外した。ピンを抜いてレバーを握ったままゆっくりとドアに近づいた。


正面でドアを破るための爆薬を用意していた一人が、玄関ドアが完全に閉まっていない事に気づいた。指揮官のほうを向き、ドアの隙間を指さした。


「開いている。用意。」




指揮官がうなずき、後ろの二人に囁く。一人が先頭を切って素早くドアを開け、銃を構えて膝を着く。中は暗視ゴーグルでも殆ど見えないくらい濃い闇に覆われていた。


指揮官が廊下の奥めがけて下手投げで榴弾を放り込み、4人は爆発を避けるため玄関の脇に張り付いた。


闇の中に消えた榴弾は、廊下の奥で固い音をたてるはずだったが、それが何故か妙に近くで聞こえた。嫌な予感がして、眼を向けると、暗視ゴーグルの視界に投げた筈の手榴弾が現れた。中から跳ね返ってきた榴弾が、玄関の正面に硬い音を立てて落ちた。


「伏せろ!」


その声とほぼ同時に、4人は飛びのいて身を伏せた。至近距離での爆発は、彼等の暗視ゴーグルを使用不能にした。そして不幸なことに、玄関の右側にいた男が飛び退いた位置が悪かったか、爆発の餌食となった。


左足を鉄片が貫き、骨と肉を引き裂いていた。呻き声をあげて倒れる男を指揮官は一瞥すらせず、役に立たなくなったゴーグルをむしり取り、鋭く指示を飛ばした。


左側の男がドアに静かに近づき、闇に向けて発砲しながら突入した。2人がそれに続く。マグライトの明るい光が廊下を照らした。すると、廊下に黒い人影ようなものが現れ、男達は銃を構えた。だが、一向に動く気配のない影に一人が警戒しながら近づいた。


「…姿見に黒い布が巻いてある…これに当たって跳ね返りやがったのか。」

「よせ。感情的になるな。」


先頭を切った男が忌々しそうに鏡をブーツで蹴り付けるが、指揮官が制止した。

男たちは素早く思考を切り替え、用心深く中へ進んだ。廊下の中央で3人は散開した。


「リビング、奴はいない。ダイニングとキッチンを調べる。」


2人が足元と前方を照らしながら、ゆっくりとキッチンへ向かう。ダイニングの椅子が倒れ、食材も散乱している。まるで荒らされたようだ。暗視ゴーグルが使えなくなったのは痛手だった。

男がキッチンの隅にあるスイッチを見つけた。背を向けているもう一人の肩を叩いて知らせると、頷いてスイッチを入れるように促した。

電気が点き、視界が開けた。すかさず銃を構えて部屋の様子を探る。背後で小さく、ヴン、という電子音が聞こえた。


その数秒後、チン!という音とともに電子レンジが爆発した。散弾とソーダ瓶を詰めた電子レンジは、部品と鉄片を四方にばらまき、対人地雷に匹敵するほどの威力を放った。一番近くにいた男が、それをまともに背中に受けて1.5mほど吹っ飛んだ。


「な…!」


絶句したもう一人が、爆発音のした方に振り向こうとしたが、破裂音と共にびくんと体を震わせると、そのまま俯せに倒れて2度と動かなくなった。その体をグロックを構えたままの零が静かに跨いで行った。


――――――――


これで3人か。

さっきの爆発に気づいた仲間がすぐに来るはずだ。倒れた男の無線機から、しきりに訛りの強い英語が聞こえてきた。キッチンの電気を消し、死体をカウンターの奥に引きずって隠すと、自分はその反対のキャビネットの陰に隠れて静かに待った。


入り口から複数の足音が聞こえて息を潜める。一人が小さく止まれと言ったのが聞こえた。ロシア語によく似ているが、少し違う。恐らくセルビア語だろうと推測した。


キッチンの惨状に気づいたらしい仲間が、無線で何かを言った。死体を引きずった後を見つけたようだ。もう一人が、3歩ほどゆっくりと後を辿る靴音が微かに聞こえる。


一呼吸おいて、零はキャビネットの陰から飛び出した。4発撃った内、3発がカウンターに向かって歩いてきた男の胸と肩に当たり、1発はガラス製の照明に当たって、細かいガラスが侵入者の上に降り注いだ。


無事だった方の男が、怒鳴りながらサブマシンガンの弾をばらまいた。木片が飛び散り、グラスが砕け散る。零は姿勢を低くしながら反対側のソファの陰まで駆け抜けた。男の呼んだ応援が到着し、たちまち、リビングは銃撃戦になった。


ソファの背に鉄板を入れて正解だったようだ。少しは持ちこたえてくれるだろう。あそこで2人一度に倒せなかったのは失態だった。小さく舌打ちしながら、弾倉を取り換えた。キッチンから廊下へつながる入り口に2人、キッチンのカウンターの陰に2人いるようだ。


もうすぐだ。時計を見た。襲撃者がキッチンに来て3分強経っていた。


突然、フライパンから銃が暴発したような音が響き、そばにいた1人が顔を抑えて倒れこんだ。強火にかけたフライパンの中に9mm弾を入れておいたのだ。気づくか気づかないかは博打だったが、迂闊な敵のおかげで少しは戦力を削ぐことができた。


怒りを向けるかのように、ソファに向けて集中砲火が浴びせられた。流石に鉄板ももう持たない。銃だけをソファの背もたれから突き出してでたらめに撃った。一瞬銃声が止んだ隙を突いて、もう一つのドアへ向けて突進した。


半ば転がりながらリビングから出ると、入り口のすぐ近くの壁に張り付いて体を縮こませ、耳を両手で塞いで口を開いた。遅れて、鼓膜を破るような大きな爆発音が響いた。閃光手榴弾。キッチンで倒した敵から拝借したものだった。


廊下からキッチン側の入口へ移動すると、眼を閃光にやられて悶えている敵に向かって引き金を引いた。2人がもんどりうって倒れ、動かなくなった。素早く弾倉を取り換えようとした時、背後から銃声がした。とっさに転がってドアの陰に隠れたが、脇腹に痛みが走った。焼いた針金で貫かれたような激しい痛みだ。歯を食いしばって辛うじて声が出るのを防いだ。


ドアの陰からほんの少し顔を出せば、すかさず銃弾の雨が降ってくる。これではらちが明かない。撃たれた脇腹を右手で押さえながらどうしようか思案していると、不意に呻き声が聞こえた後、銃声が止んだ。恐る恐る顔を出せば、廊下の向うに信じられない光景が広がっていた。


「ふん。随分と人気者の様だな。」


血刀をその手に、斃れた敵を冷たく見下ろしていた藤田が、皮肉気に笑った。






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