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Lone wolf  作者: 片栗粉
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Killing in the name2

「俺はイラク北部、カンディール山地の村で生まれた。」


通信棟のかなり上部まで来ていた。下の兵士達の怒号が小さく聞こえる。


「その村で生まれた者の殆どはアッラーを信奉していなかった。それ故に呼ばれた名が何かわかるか?」


異端、邪教、悪魔。


「信じる神が違うだけで、我々は弾圧され、村を焼かれた。」


お前たちは人間ではないと言うように、残酷で、凄惨な仕打ちを受けた。


「両親は村を棄て、未だ幼い俺たちを連れてイラン国境近くへ逃れた。」


なぜ、我々がそのような仕打ちを受けなければならないのか。


「父は行商中に過激派組織に連れ去られ、人間爆弾として使われた。」


無知な者共は、父を何十人もの米国人の命を奪った罪人に仕立て上げた。


「母は合衆国の空爆に巻き込まれ、遺体の一部しか見つけることができなかった。」


非武装地帯に落とされた一つの爆弾が、母の命を奪った。


「そして、母だったものを見つめながら、俺たちは決めた。神すらも捨て、悪魔シャイターンになるとな。」


憎悪という名の業火が、少年達を悪魔に変えた。

「俺たちはこの世界に復讐する。故郷、いや人生すら奪ったこの世界に。全てを業火で焼き尽くすまで、この憎悪は尽きることはない。」


サハムの瞳に昏く、冷たい憎悪が浮かぶ。

呟かれたその言葉は、地獄を這う亡者のうめき声のようで、斎藤の肌が粟立つほどの殺気に満ちていた。


張り詰めた沈黙を満たすのは、二人分の足音だけだ。


やがて、前を行くサハムが進路を変えた。ようやく目的地に着いたらしい。周りを見れば、階段はそれ以上はなく、最上階まで来たことを示していた。


「さあ、ここだ。」


そこは建設途中で放棄されたような場所であった。おそらく管制室を作ろうとしていたのだろう。床と申し訳程度の鉄骨の仕切りがあるだけで、窓は何も入っていない。強い寒風が殺風景な空間を吹き抜けていた。


また、中央の床は未だ張られておらず、ぽっかりと大きな口を開けている。


おもむろにサハムが防弾チョッキを脱ぎ始めた。


怪訝な顔で、斎藤がそれを見つめる。


「これでイーブンだ。」


サハムはそう言うと、湾刀を抜いた。斎藤は口の端を歪め、ようやく表情らしい表情を浮かべた。


牙を剥いた狼達の、最後の戦いが始まろうとしていた。


ーーーー


風が吹いている。ちらちらと降っていた雪が舞う。


風速、湿度、温度、地形。ありとあらゆる情報が彼の五感を通し、恐るべきスピードで計算され、変換される。


丸く切り取られた景色は、寒々しい灰色に染まっている。


細く、穏やかな呼吸は殆ど無音であり、褐色の指は常にトリガーにかかっている。


そしてその銃口から放たれる弾丸は、必ず標的の命を奪うのだ。


彼はスポッター(観測手)を使わない。


不思議と、彼は左と右で別のものを見ることができた。

同じ風景を見ているのに、脳が別々の情報を処理するのだ。


その特技のおかげで、彼は数多の命を屠ることができた。


そうして、いつの間にか、魔弾の射手、死神などと呼ばれ始めた。


だが、そんな異名などどうでもよかった。


彼は【弓】なのだ。


【弓】は【矢】をつがえ、放たねばならぬ。


サハム(矢)の後ろはカウス(弓)が守らねばならないのだ。


まっすぐに進めるように。


――――


零はその頃廃墟のような研究施設に差し掛かっていた。おそらく、放棄された実験施設だろう。灰色のコンクリートの建物が、ぐるりと広い中庭を囲んでいる。


中庭には植樹がなされていたのだろうが、木々以外にも雑草や蔦が生い茂り、無機質な実験施設には似合わない鬱蒼とした森が出来上がっていた。


奇妙な光景に、つかの間見入っていた零だったが、小さな違和感を感じたその瞬間、倒れ込むように横へ飛んだ。


間髪入れずに頭のすぐ後ろの壁が爆ぜるのを見て、戦慄が走った。


狙撃手スナイパーだと瞬時に判断した零は、すぐ近くの窓に飛び込むと、そのままの体勢で廊下に伏せた。ガラスの雪が零の体に降りかかる。


すぐに着弾地点と入射角度から、おおよその位置を計算する。



(11時の方向。おそらく、北側の棟3階か、4階。)


広い中庭を4階建ての実験棟がぐるりと囲んでおり、外に出ればたちまちその凶弾の餌食になるのは明白だった。


舞い散る埃の中、紅いポインターが割れた窓から入り込み、まっすぐに頭上をゆらゆらと蠢いている。零は一度深く呼吸をして廊下に這いつくばると、少しずつ移動を始めた。


――――


動きはない。だが、仕留め損なったのは解っていた。コッキングレバーを引き、薬室から鈍色の薬莢が飛び出す。地面に落ちる前にぱしりと左手が掴んだ。高熱を孕んだそれを、ポケットに入れる。


避けられたのは、初めてだ。


カウスはスコープを覗きながら、笑みを浮かべた。


あの女の情報は前もって知らされていたが、どうでもよかった。


今この瞬間、ここには彼らしかいない。


ぞくぞくとした果てのない高揚感が、彼の全身を包み込む。


獲物は警戒して隠れたままだった。人を幾人も喰い殺した猛獣ほど、警戒心が強く、用心深い。


褐色の指が狙撃銃の脇に置いたタブレットの上を滑った。


彼の命令で鋼鉄の猟犬達が放たれてゆく。


さあ、ディウブよ。姿を現せ。この弾丸がお前の命を喰い破る瞬間を見届けてやる。


――――


スナイパーというものは味方にいれば頼もしいことこの上ないが、敵にすれば非常に厄介で危険なものだ。


事実、スナイパーは捕虜となっても虐待、殺害される確率が高い。


それほどに、戦場では危険視される存在であるのだ。


だから彼らは、【逃げる】ことを重要視する。


最も安全な場所から、標的を狙撃し円滑に逃亡するために。


だが、この閉鎖された場所ではそれが困難だということは、敵も解っているだろう。


幸いにも、他に敵はいない。


一対一の戦いを望んでいるのかのように、奴はこの場所で待ち構えていた。


(……受けて立とうじゃないか。)


まず、視認された場所から少しでも遠くへ離れなければならない。


匍匐で少しずつ廊下を移動し、運よく開け放たれたままのドアを見つけて中に入った。これでスナイパーからは死角になるはずだ。


ゆっくりと身体を起こし、中腰のまま壁にピタリと背中を付けた。こちらの姿が見えなくなり、奴もすぐに移動を始めるだろう。

こちらにはサラから借り受けたG28がある。手札としては悪くない。狙撃能力と地の利では向こうが勝る。圧倒的不利な状況をどう覆すか。


アポリオン起動までの時間は残り少ない。もたもたしていたら、今度は世界中に災厄が降り注ぐだろう。


周りを見る。実験用の器具や台車が並んでいる。棚の薬品はまだ使えるだろうか。素早く考えを巡らせる。


薬品棚からいくつかのガラス瓶を取ると、零はいきなり顔を上げ、何かに警戒するように銃口を入口へ向けた。かすかに、本当にかすかにだが、小さなモーター音が聞こえる。


背中に汗が滲む。その不気味なモーター音は、徐々に向かってきていた。


零はすぐさま入ってきたドアではなく、天井の点検口から天井裏へよじ登り、その不気味な音の正体を見極めようと下を覗いた。


天井裏へ身を隠したとき、それは零と入れ替わるようにして現れた。


零は目を見張った。


姿を現せたのは、バレーボールほどのドローンだった。


四隅につけられているプロペラが羽虫のような音を響かせて、ゆっくりと部屋へ入ってくる。


そしてその球体の部分には、円筒形のレンズと、銃身が取り付けられていた。


レンズと銃身が、上下左右にゆっくりと動いている。


(くそ、厄介なものを持ってきやがって!)


零は心の中で毒づくと、四つん這いで前へ進んだ。


が、建材が老朽化して脆くなっていたのか、体重をかけた部分からみしりと音が鳴ってしまった。


まずい、と眉をひそめたが既に遅い。


ドローンの羽音が大きくなった。音声感知器がついているのだろう、忙しなく銃口が動いている。


やがて、それが零のいる場所で止まった。


冷や汗がじっとりと背中に滲んでいた。呼吸すらも止め、零はドローンがその場を去ってくれることを願うしかできなかった。


だが、その願いは銃声によってたやすく破られた。


ドローンが一発ずつ、天井へ向けて発砲を始めたのだ。ご丁寧に最新式のサイレンサーがついているのか、くぐもった音しか聞こえてこないが、規則正しく開いてゆく穴からは光が細く差し込み、それは徐々に零へと近づいている。


うかつに動くと今にも崩れそうな天井裏で、零は静かにその時を待った。


ドローンは、6発目の発砲を終えると、照準を40センチほどずらした。そして発砲しようとしたその時、連続した発砲音とともに


真上の天井が崩れ落ちた。


プロペラに建材の破片がいくつも当たり、ドローンは浮力を失った。


羽をむしられた蜻蛉のように、力なく地面で蠢く事しかできない。


瓦礫と一緒に飛び降りた零がすかさず銃身を踏みつけて動かないように固定し、小声でマイクに話しかけた。


「アレン、聞こえるか。面白いものを見つけた。」


≪ガレオン社の最新式のドローンのようですね。≫


若干アレンの声が弾んでいるように聞こえる。


「壊してもいいか。」


≪待って、後ろにコネクタはありますか?たぶんそのカバーを外すとあると思います。≫


「了解。」


カバーをナイフでこじ開ける。乾いた音とともに、USBコネクタが現れた。そこに端子を差し込み、予備のスマートフォンを繋げる。なにやら向こうでキーを叩く音がしたと思ったら、

ドローンのレンズ部分のランプがチカチカと点滅し始めた。


零が傍のテーブルに置いてやると、プロペラが勢い良く回り始め、ふわりと宙を舞い始めた。もうさっきのように撃ってくることはなく、零の周りをゆらゆらと飛んでいる。


≪これで、ドーベルマンからチワワに変わりました。≫


もしもアレンがここにいたら、まるで新しいおもちゃを与えられた子供のように眼を輝かせていたことだろう。それくらい生き生きとしていた。


≪僕がバックアップします。実際に銃を撃つのは下手ですけど、これなら任せてください。≫


アレンの頼もしい声に、零は奮い立った。


「これでイーブンだクソ野郎。アレン、遅れるなよ。」


追い詰められた狼ほど、厄介なものはいないのだ。










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