Killing in the name1
≪異常発生! 総員警戒態勢に入れ!なお、侵入者は味方の装備を奪取している模様、各員、十分に警戒せよ!≫
けたたましいサイレンが施設全体に響き渡っていた。
システム制御室が吹き抜けの向こう、あと3階上に見える。対した距離ではないが、これほどまでに遠く感じたことはなかった。
警戒している敵の数はそう多くない。
零は一気に駆け上がる。向かい側のタラップで、異変に気付いた敵の一人が零に銃口を向けて喚いたが、その言葉を言い終える前に彼は血と脳漿をまき散らしていた。
数人の兵士が一斉にその方向を向いた。零は一番近くの兵士に走り寄り、羽交い絞めにして盾にすると、ライフルの弾をばら撒いた。
弾が金属に当たる時の、独特の高い音を響かせながら、あっという間に5人の兵士が斃れてその内2人がタラップから下へ落ちていった。
ぐにゃりと頽れた腕の中の男を解放すると、零はほんの少し立ち止まり、また駆け出した。
制御室のドアの前でもたれ掛かるように息絶えた兵士を乱暴に足でのけて、べったりと血がついた扉を開ける。
ファンの音が静かに響く室内で、零は無線機に話しかけた。
「こちらライラプス。制御室に着いた。これからアップロードする。」
零は手元のスマートフォンを取り出し、ケーブルで端末の一つに繋げた。
≪了解。あとはこちらでやります。脱出してください。≫
怒号と足音が階下から聞こえる。零は無線を切ると、部屋を飛び出した。
「この上だ!やつは制御室にいる!燻りだせ!」
階下から響く追手の声に零は舌打ちすると、銃を構えながら非常階段を駆け下りる。
鉄柱の陰に身を隠し、敵をやり過ごす。
数人がタラップを駆け上り、スタングレネードの爆発音が響くと、いないぞ!探せ!という声が聞こえた。冷や汗が滲む。
大勢の兵士の中に混ざってしまえばどうにでもなるが、単独では却って怪しまれる。マスクを脱げと言われたらおしまいだ。
だが、安全な場所へ隠れる時間は無い。
斎藤は、今もあの化け物のような男と刃を交えている。
そして、アポリオンの起動は刻一刻と迫っている。
頼みの支援を待っている暇は無い。
この厳戒態勢の中、完全に孤立していた。
「ライラプスからアトラス。中央棟への最短ルートを表示してくれ。」
小さいが決然としたその声に、無線機から悲鳴のような声が響いた。
≪無茶だ!死にたいんですか!≫
端末の画面の地図には、敵がいるであろう場所を示す予測範囲のマーカーで真っ赤に染まっていた。
「時間が無いんだろう。例のプログラムが効果を発揮するまでどれだけかかるんだ。」
≪それは……あと15分はかかります。≫
「なら話は早い。頼む。早くしないとマイアミと同じ、いや、もっと酷い事が世界中で起きる。わかるだろう?」
≪わかりました。でも、決して無茶はしないで下さい。≫
「わかってる。」
電子音とともに、最短ルートが白線となって表示される。案の定、敵の警戒範囲のど真ん中だ。この通信棟から、北東へ1800メートル。敵は警戒を強めている。かなり危険な賭けになりそうだ。
ここから実験棟と兵器庫を抜ければ中央棟は目の前だ。だが、これは旧ダージニア兵器廠だったころのデータだ。現在の詳細なデータがわからない以上、細心の注意を払っていくしかない。
周りを見渡す。どこかに脱出口があるかもしれないと思ったのだ。そして幸運なことに、足元の壁にダクトへの入り口を見つけた。鉄製のカバーのボルトは腐食している。開けるのは容易だった。
かなり狭いが、何とか通れそうだ。
零は迷わずその中へ身体をねじ込んだ。
――――
サハムの一撃をいなし、斎藤は一度距離を取った。周りでは兵士達が今にも引き金を引こうとしていたが、サハムが剣を持ったまま彼らを制した。
「ここは俺がやる。お前たちはもう一人を追え。」
兵士たちは少しだけ逡巡したが、すぐにその場から走り去っていった。広い廊下には、彼らだけが残った。
褐色の剣士は薄く笑みを浮かべて剣を納めた。
それを見て斎藤が窮屈なマスクを脱ぎ、床に落とした。鋭い眼光がサハムの前に露わになり、一層笑みを深くした。
「ここは狭い。ついてこい。」
サハムは親指で後ろを示すと、くるりと背を向けて歩き出した。
斎藤もそのジェスチャーの意味が解ったのか、納刀すると間合いに入らないぎりぎりの距離を取り、後に続いた。
二人分の階段を上る足音が辺りに響く。銃声が遠くで聞こえ、斎藤は零の身を案じた。
「あの女が気になるか?奴はお前が思っている以上に狡猾で、しぶといぞ。さすが【クラフトマン】のコードネームを与えられただけある。」
斎藤は聞き覚えのあるその言葉に思わず身を固くした。幾度の聞かれた【クラフトマン】という言葉。それは零に過酷な因果を与え、そして今もその過去に縛り付けられているように感じていた。
「だが合衆国はそんな兵士を平気で使い捨てる。安物の剃刀のようにな。」
サハムが吐き捨てるように言った。無言で後ろを歩く斎藤にちらりと視線を投げる。




