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Lone wolf  作者: 片栗粉
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Interval~Ranegade~

アクエリアス・タワーの見分を応援の捜査官たちに引き継ぐと、トーマスは大分疲れた様子で空を仰いだ。既に太陽は水平線から顔をのぞかせ、ダイヤモンド・サンライズの異名に相応しい陽光が、きらきらと穏やかな海面と遺体袋が並べられたビーチを照らしている。その光景は、なんだかひどく奇妙に見えた。


やっとタバコが吸えると口に咥えたとき、ポケットから着信音が鳴り響いた。よりによって一番見たくない名前がディスプレイに映し出され、うんざりしながら通話ボタンを押すと、途端に怒涛のような怒声が耳朶を叩いた。

辛うじて、今どこにいる!?という言葉だけは聞こえた。


「今ですか?捜査用務中ですよ?」


トーマスは手元のスマートフォンに向けて悪びれもせずに言った。


電話の向こうでは、ボスのアルベルトが恐らく顔を真っ赤にして受話器を握りしめているだろう。


その酷いテキサス訛りが疲れた頭に響く。いい加減もうイライラして、「ああ、ちょっと電波が悪いみたいですね。」の一言で通話を切った。


「このターキー野郎が。うるせぇんだよ。」


一言毒づくと、トーマスはまた掛かってきた電話を無視し、ポケットに入れた。


灰色のまだらになったスーツをはたきながら、周りを見渡す。


規制線を無視したマスコミが入り込み、そこらじゅうで報道合戦を繰り広げているのを見て、嫌悪感を覚えた。


スティーブの母親は、まだ見つからなかった。あの後、アクエリアス・タワーは跡形もなく崩れ落ち、周囲3kmに渡って粉塵と瓦礫が飛散し、駆けつけていた警察や消防隊にも被害が出ていた。


家族や友人を探す人々の叫びや、救助隊員の呼び声が夜明けのマイアミビーチに響いていた。


「……クソッたれ。何がFBIだ。何の役にも立ちやしねぇ。」


夥しい数の物言わぬ黒い袋が並ぶビーチを歩いていると、ポケットから再度電子音が響いた。


またかとディスプレイを見れば、デイヴの名が記されている。急いで通話ボタンを押した。


≪ビリー・スパイクの居場所が掴めたんですが……残念ながら一歩遅かったようですね。≫


デイヴの言葉をトーマスはすぐに理解した。


「此処にいたのか……くそ!もう全部瓦礫の中ってわけかよ!」


ファック!と叫びたくなるのを堪え、トーマスはタバコに火をつけた。涼やかな海風は焦げ臭い煙と煤が混ざったような温い風になっていた。


≪ええ、でも僕のほうでもわかったことがありますよ。ガレオン船に乗っている人間。現副大統領や上院議員。果ては全米ライフル協会の役員までよりどりみどり。奴らだけでガレオン社の株の4割を占めてますよ。≫


トーマスが2本めのタバコに火をつけた。


「だが、それだけじゃ何の罪にも当たらねぇ。根拠と証拠がなけりゃな。」


≪勿論。ブライアンのファイルと、ガレオン社の中枢をちょいと覗かせていただきました。それで面白いことがわかったんですよ。≫


「なんだ。」


≪ローカスト計画。表向きはスペースデブリ除去のためのステーション計画ですが、中身は衛星軌道上からの運動エネルギー爆撃が可能な兵器の開発。こんなものが世界中で使われたらまるで黙示録の終末が現実になりますよ。≫


「ふざけやがって……金のために人の命を食い漁るモンスター共が。」


奥歯を噛みしめ、火のついたままのタバコをぎりりと握りしめた。


(ああ、クソッたれ!俺はちっぽけで何もできやしねえ。)


たかが警官一人にどうにかできる事案じゃないのはわかっていた。だが、何かせずにはいられないのだ。

父から警察官としての魂を、確かに彼は受け継いでいた。不正を、犯罪を、悪を憎む心を。


「……デイヴ。お前、それ以外も掴んでるんだろ?教えろ。」


静かな怒気を孕んだ声が、未だ燻る炎のように燃えていた。


≪……ダージニア共和国をご存知ですか?かつて、同じような宇宙兵器の原理を構築した科学者がいました。ミハイル・アドラー。世紀の天才と謳われた科学者です。彼は亡命する直前、保安局に見つかり、処刑されました。データは見つからないまま。亡命予定先は、この国です。≫


トーマスが息をのむ。明らかに合衆国の思惑が絡んでいるのは明らかだった。無言のトーマスにデイヴのいつものからかうような調子ではなく、真剣な声が、スピーカーから響いた。



≪……主任。これは一介の捜査官が介入していい事案ではありません。下手をすれば、国家を、世界を敵に回すんですよ。≫


電話の向こうで深刻な表情をしているであろう相棒に、トーマスはふっと口元を緩め、言った。


「なあ、デイヴ。俺たちが出会ったとき、お前は一人でNPO団体と国際犯罪組織の癒着を糾弾してただろ? まだカレッジも出てなかったクソ餓鬼ハッカーが、正気の沙汰じゃねぇと思ったよ。警察にも嘘つき呼ばわりされたのに、お前はたった一人で真実を突き止めようとした。ああ、捕まったお前がミンチにされかけたところを寸でのところで助けてやったのは誰だっけかな。」


≪な、何ですか。いきなり。昔のことなんか……≫


「だが、お前のおかげで千人以上の命を救えた。あの時、お前を信じていなければ、俺は一生後悔していた。」


≪……。≫


「なあ、デイヴ。政治家だか権力者だか知らんが、人の命でチップをかける様なクソッたれ共を、俺は許すわけにはいかねぇんだよ。もしも政治的圧力なんかに上が屈したら、俺は喜んでバッジと銃をお返しするね。」


≪あんたはホントに……どこまでバカなんですか……≫


呆れたとかぶりを振っているだろうデイヴの言葉に、トーマスは「ああ!?」と凄んだが、スピーカーからは楽しそうな笑い声が響いている。


≪しょうがない。僕も付き合います。主任だけじゃFAXの使い方もままならないですからね。クビになったら再就職先紹介してくださいよ。≫


デイヴは皮肉屋ではあるが、トーマスを信頼し、尊敬していた。トーマスも若いデイヴに辟易することもあったが、彼の才能を認め、捜査官として成長していることを誰よりも喜んでいた。


二人は、最高のパートナーであった。


「さあて、太り切ったダニ共を根こそぎ引っ張り出すぞ。俺はまた別の場所を当たるから、お前は今まで通り情報を集めろ。」


≪どこへ?≫


「決まってるだろ。旧ダージニア共和国。そこに全てがあるはずだ。」


そして、舞台に全ての役者が揃う。


始まりであり、終わりの地で。

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