ラズル・ダズル2
国のためというのは悪党の最後の言い逃れである
~サミュエル・ジョンソン~
「……だからあなたの様な脳筋は嫌いなんですよ!」
殆ど最後は叫びながら、アレンがハンドルを右に切った。後部座席の二人の身体が同じく傾ぐ。斎藤はうんざりしたような顔をして後ろを見たが、零はにやにやとさも面白そうに笑っていた。
「また、こうなるのか……。」
「いいじゃないですか。滅多に経験できませんよ。」
若干青い顔で斎藤が呻いたが、後ろについた白いバンから、半身を乗り出す男を視界に捉えた零が、すかさず斎藤を自分の方に引き倒した。
マシンガンの銃弾が窓ガラスやボディに容赦なく撃ちこまれ、冷たい風が吹き込むまで数秒もかからなかった。
ガラス片を払い落とし、斎藤を押しのけて零が窓から少しだけ顔を覗かせる。が、すぐにマシンガンの洗礼を浴び、堪らず首を引っ込めた。
ユニオンシティの住宅街を銃弾で穴だらけになった黒いセダンと、その後ろを数台の車両が追い詰めるように疾走する。
道路両脇にびっしり停められた路上駐車の列を巧みにすり抜けて、半分外れたバンパーをガタガタと揺らしながらセダンが疾駆する。
丁度タイミング悪く開けられたドアを、アレンは舌打ちしながらも、タイヤを軋ませ、ぎりぎりの所で避けた。
アレンは若いながらかなりの運転技術を持っているようだった。
だが、折角難を逃れたドアは、後続の車のいずれかに派手に当たってしまったようで、気の毒な運転手はドアを一枚取り替える羽目になるだろう。
「クソ、しつこいな!おい!武器か弾はないのかこの車!」
零が銃声に張り合うように声を荒げ、舌打ちしながら弾倉を取り換えた。マガジンもあと一本しか残っていなかった。
後ろから銃弾が襲い掛かり、リアガラスはもうほとんど意味をなしていない。右に左に揺さぶられる車内に、斎藤は身を屈めながら青い顔で座席にしがみついていた。
「そこの座席を倒してみて下さい!僕の試作品が入っているはずです!」
アレンの言葉に零は後部中央の座席を斎藤の手を借りて前に倒す。すると、銀色のジュラルミンケースの取っ手が覗いた。
「これか!」
斎藤がそれを引っ張り出し、零に手渡した。もどかしく思いながらも一つ一つロックを開け、仰々しいカバンを開けた。
「なんだこりゃ!おい!これで足止めでもしろってか!生憎ガソリンスタンドじゃないぞ此処は!」
中には蛍光オレンジや黄色のカラフルなカラーボールだった。主に防犯用に使われることが多い。だが、アレンは苛立ったように叫んだ。
「煩いな!カラーボールに見えるけど別物ですよ!車両のタイヤ部分めがけて投げてみて下さい!」
零はFuck!と盛大に悪態をつくと、銃弾が途切れた瞬間を狙って、ボールを思い切り投げつけた。すぐ後ろに張り付いていた白いバンの少し前でボールはべちゃりと潰れる。路面にスライムのような粘着物が広がり、タイヤにへばりついた。
「何も起きないぞ!くそガラクタめ!」
そう怒鳴ろうとした時だった。
バン!と鈍い破裂音を響かせ、白いバンのタイヤが破裂した。むき出しのホイールから火花を散らせて、バンは蛇行しながら渋滞の列へ突っ込んでいった。
「シアノアクリレートの化学反応を利用した、可搬スピードバンプのようなものです!まだ実用試験してないのに!」
「これが試験でいいだろ!斎藤さん、これ!車輪めがけてジャンジャン投げてやってください!」
「任せろ。」
「あ!残しておいてくださいよ!まだ改良の余地があるんだから!」
アレンの悲鳴もむなしく、二人は銃撃の隙をついてボールをタイヤめがけて投げつける。スライム状の物体を踏んだ車両が、煙と火花を上げながらどんどんスリップしてゆく。
それを見て零が声を上げた。
「すごいなこれ!お前、天才だな!」
「それはどうも!クソガキが作ったガラクタでもお役に立てて何よりです。」
ようやく追撃を振り切った穴だらけのセダンは、人通りの少ない路地に滑り込んだ。
潰れた商店やバーのシャッターがそこかしこに目立つ。丁度ごみ箱を漁っていたホームレスの老人が驚いたようにこちらを見た。
遠くにサイレンの音が聞こえ始めた。
「時間がないんだろう?こんな所で昼寝でもするつもりか。」
零がイライラとアレンを見たが、当の若者はどこ吹く風でハンドル片手に、スマートフォンを操作している。
「少し時間をロスしちゃいました。車変えましょう。」
その言葉と同時に、落書きだらけのシャッターの一つが開き、中からは鏡のように磨かれたシルバーのコルベットが現れた。
その如何にもスポーツカー然とした流線型の滑らかなフォルムは、スピードを求める為だけに産まれてきた様な車である。
市場価格で10万ドルはする代物だ。
これには零も唖然とするしかなかった。
「さあ、降りて。」
アレンの言葉に、零と斎藤はセダンから降りる。零はふと思いついたように、ピュウ、と口笛を吹いて何かを放った。老人がごみ箱から顔を挙げ、いきなり胸元に飛び込んできた黒いイモビライザーキーを反射的に受け取る。
「HEY、じいさん!この車やるよ!まだ乗れるぜ!なんなら鉄くずにして売っちまっても構わない!エンジンも売れるだろうから700ドルにはなるぜ。」
老人は戸惑いと警戒を一瞬浮かべたが、車の方をちらりと見ると、目先のドルの方が勝ったか、にんまりと2本しかない歯を出して、いそいそと車に乗り込んだ。
「……とんだ悪党ですね。人の事なんてどうでもいいんですか。」
軽蔑したようにアレンが噛みついた。斎藤がむっとした表情を浮かべたが、零は特に気にした風もなく、10万ドルはするであろうスポーツカーのドアを無造作に開けた。
「悪党ってのはな、国の為とか正義だとか尤もなこと言っておいて、高みの見物をしてるクソ共の事さ。覚えておきなお坊ちゃん。」
3人を乗せたコルベットは、つややかなボディに曇り空の鈍い太陽を反射させながら、吼え猛るかの如く排気音を響かせ、フリーウェイへ消えていった。




