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Lone wolf  作者: 片栗粉
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レッド・へリング

第一の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、血のまじった雹と火とがあらわれて、地上に降ってきた。そして、地の三分の一が焼け、木の三分の一が焼け、また、すべての青草も焼けてしまった。


~新約聖書 ヨハネの黙示録~



零と斎藤は一度ユニオンシティまで戻り、休息を取ることにした。いい加減、何か腹に入れなければ動けなくなりそうだった。


夜明けにもかかわらず盛況な雀荘では、華僑系アメリカ人たちがたむろし、胸が悪くなる程質の悪いウィードの臭いが階段の下まで充満していた。さらに部屋のすぐ下からは、コール・ガールを連れ込んだとありありとわかるような音が響き、二人はうんざりしたように息をついた。


部屋へ戻って一息ついた頃、管理人が訪ねてきた。チェーンをしたままにドアを開けると、小太りの中年男は荷物を差し出した。


「あんた宛てに、荷物が届いてるよ。」


大きな包みだった。縦に細長く、1.4mほどあるだろうか。零が訝し気に受け取る。どんな奴が来た?と聞くと、管理人はスキンヘッドのデカいロシア人だ。と言った。零はそれにピンと来た。

恐らくサハロフの部下のセルゲイだろう。下のほうに、ロシア語で『ウォッカ好きのサンタより』と殴り書きしてあった。それを見てクスリと笑った。あの厳つい顔でこれを書いたのかと思うと、頬が少し緩んだ。


「どうも。そこに置いておいてくれ。」


管理人に多めのチップを握らせると、満面の笑みを浮かべて階下へ消え、零はしっかりとそれを確認してから荷物を手に取った。


「斎藤さん。いい知らせです。」


首を傾げる斎藤に言うと、包みを開けた。中からは、暫くその手を離れていた斎藤の愛刀が黒いクラブケースに入れられて、丁寧に梱包されていた。


「それは…!」


斎藤が驚いたように駆け寄り、愛刀を手に取る。共に戦い抜いてきた愛刀の鞘を抜き、念入りに刃の確認をするその姿は、清冽で何者をも寄せ付けない孤高の狼そのものに見えた。


「ようやく、戻った。此れがないとどうも落ち着かん。」


「サハロフにできるだけ早く届けてくれと言った甲斐がありました。」


「後で礼を言わなければな。」


「斎藤さんは、武器にこだわりがあるんですね。私はどうも武器は使えればいい質だし、扱いが荒いから、装備課の連中にはよく小言を言われたな。」


予備に隠しておいたワルサーPPKのスライドの動作チェックと、弾倉の確認をすると、零は自分のコートのポケットに入れた。


「刀は丈夫で斬れればいい。銘など飾りだ。斬れなければ刀ではない。」


遠い昔に言われた言葉が、図らずも斎藤の口から漏れ出ていた。自分の口をついて出た言葉に、酷く懐かしさを感じていた。


「へぇ。意外と合理的なんだ。嫌いじゃないな。そういうの。」


そう言って歯を見せて笑った零の顔は、笑った時に出る八重歯が山犬の牙のようだと言われていた、かのバラガキにそっくりだった。



――――――――


僅かな休息を取り、二人はすぐにハイドアウトを出た。通勤時間にはだいぶ早かったが、出ているはずの朝日は無く、どんよりとした雲と小雨が、行きかう人々の姿を陰鬱なものに変えていた。


ちょうど通りかかったキャブを捕まえ、乗り込んだ。零が行き先を告げると、二人を乗せたキャブはブロンクスへ走っていった。



NY市ブロンクス地区、サウス・ブロンクス。ブラウンズビルほどではないが、人口の半分がアフリカ系とヒスパニック系の人種で構成されている。


一度は治安は回復傾向に向っているとの事だったが、数年前から強盗や殺人、放火などの凶悪犯罪が増え始め、通りの電線や金網にはスポーツシューズがぶら下がり、白昼堂々とドラッグの売買が行われるほどに治安が悪化していた。


二人は早足で極彩色のラッカーで落書きされた建物の間を歩く。すぐ脇を大音量のヒップホップを流した改造ランボルギーニがゆっくりと横づけする。中の黒人の男二人が零を見て口笛を鳴らした。

斎藤がそれをみて顔を顰めた。じろりと睨むと、男達は口汚いスラングを吐き捨てて去っていった。


「あまり見ないほうがいい。もし日本人だとわかると面倒なことになりますから。」


アメリカでは場所によっては人種差別が根強く残っている。この場所も例外ではない。アーリア系と黒人の集団が殺し合いに発展したこともあった。また、アジア人を自分達より下に見る傾向が強い者も少なくないため、斎藤を連れて行くのに少し躊躇したが、斎藤自身の希望により同行させることにした。


クラブケースを肩にかけ、零の少し後ろを歩く寡黙な男の気配は、緊張し張り詰めた神経をほんの少し、落ち着かせた。


トムラウシの厳しい冬を共に越してきた、あの灰色のウルフドッグが傍にいるかの様な錯覚を覚えていた。


「厄介ごとには慣れている。心配いらん。もしも何かあれば斬って捨てる。」


唸るように斎藤が言い、ふと後ろを振り返った。険しい顔で、一点を見つめる。


「どうかしましたか。」


「いや、少し嫌な臭いがした。……何でもない。気のせいだ。」


エディが言っていたトランクルームは、中心街から少し外れた場所にあった。呆れたことに、トランクルームとは名ばかりの、古い貨物用コンテナを並べただけの代物だった。


しかも雨ざらしで、錆びついたものすらある。だが、違法なこのトランクルームは、ギャングたちを相手に商売しているようで、見られては都合の悪い物を隠しておくのには好都合のようだった。


小さなプレハブでNLFの中継を見ていた管理人らしき男に鍵を見せて番号を言うと、男は目線をテレビのまま、勝手に行け。とでもいう風に親指で空き地の中を指し示した。


金網で囲われた空き地の中には、貨物用コンテナが並び、扉の前にペンキで無造作に番号が書かれているだけであった。


零達はB-3のコンテナの前に行くと、ごつい南京錠に鍵を差して、取っ手にぐるぐる巻きにされている太い鎖を取り外した。


「開けますよ。」


重い金属が擦れ合う不快音を放ちながら、扉を開けると、埃とカビの臭いが二人の鼻をついた。中は薄暗くてよく見えない。零がマグライトで注意深く照らすと、一番奥に何かがある。


「……ここにいてください。」


そう言い残すと、零はマグライトを構えながら中へ入っていった。


黴臭い、ひんやりとしたコンテナの中を歩く。雨が強くなってきている。コンテナの剥き出しの鉄板から中へ雨音が大きく響いていた。

奥にライトを向ければ、少し大きめの段ボール箱が4つほどあり、ガムテープで封がされていた。


その一つを慎重にナイフで開ける。


「何だ…?古本?」


中にはぎっしりと古本が詰め込まれていた。他の3つも同様だ。ジャンルは様々で、SFから哲学書まで、100冊以上入っている。


「シェークスピアね……私はヘミングウェイのほうが好みなんだが。」


一人呟くと、染みの浮いた分厚い装丁をぱらぱらとめくるとある一文に目が止まった。


【悪魔も自分の都合で聖書を引くことができる。】


そういえば、と零は頭の中の抽斗を探る。日本でハーミットから渡されたカギと一緒に入っていた紙に、何かが書いてあった。


「8・6-11・19……」


はっと何かを思いつき、零は傍にあった段ボールの中身をぶちまけた。大きな音を聞きつけた斎藤が外から何事かと問いかけたが、零は耳に入ってはいなかった。憑りつかれた様に這い蹲り、せわしなく表紙をライトで照らす。

3つ目の段ボールをひっくり返した時、ようやく目的の物を見つけた。


「あった。」


ホテルにある様な安っぽいではなく、図書館に行かなければお目にかかれない立派な皮張りの装丁。金文字でBibleと書かれた表紙を開いた。床に置いたまま、ライトを当てて慎重にページをめくった。


マタイから始まる福音書、使徒行伝、ローマ人への手紙……と次々とめくっていく。そして、最後の章でようやく手を止めた。


――ヨハネの黙示録、8章6節、11章19節。

――7人の天使がラッパを吹き、世界が終わる。


その章のページには、くり抜いたように綺麗に穴が開けられていた。零はそこに隠されるように入っていた小さな黒いUSBメモリを素早くポケットに入れる。


「これが目的か……。めんどくさいことしやがって。」


トランぺッター。中に何が入っているか、見てやろうじゃないか。



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