Interval~Under the moonlight~
「月」よ 教えておくれ 青白くほの暗い天の寄るべない道をいく巡礼よ
おまえが休息を求めるのは
真夜中か 真昼なのか。
~パーシー・ビッシュ・シェリー~
墜落地点には続々とレスキュー隊や警察が集まり、早くも空には報道ヘリが飛び回っていた。
二人はそこから出来るだけ離れるように、野次馬に紛れて移動する。大きな怪我こそなかったが、二人の足取りは酷く重いものだった。
雨が降ったのであろう、地面は泥濘がひどく、疲れ切った二人の歩みにはいつもの力強さはない。ただ二本の脚を機械的に動かしていた。
周囲には広大な畑や牧草地が広がり、街灯もなく、人家もまばらだった。
上を見れば、雲のベールを纏った月明かりがぼんやりと2人を照らしていた。
今にも隠れてしまいそうな頼りない明かりだが、街灯も無いこの場所ではこの光が頼りだ。
ひとしきり歩いて振り返れば、遠くに見える墜落現場の空だけが、毒々しい赤に照らされている。それは二人を再び暗澹たる気分にさせた。
だが、だからといって大勢の人間が死んだという事実は変えられない。
ならばひとまず冷静に今の状況を分析する事が先だ。現在地がわからなければどうしようもない。咄嗟に最低限の荷物は持ち出してはいたが、生憎携帯は火災時の熱でやられたのか、起動すらしなかった。
「ここは、どこだろう?シカゴから随分外れているようだけど……現在地を確認しなきゃな。斎藤さん、まだ歩けますか?」
「……ああ。大丈夫だ。少し肩を打っただけだ。支障はない。」
遅い歩調が気になり、後ろの相棒に声をかけると、疲れてはいるが、しっかりした答えが返ってきた。あんな大事故から辛くも生還して、何事もなく傍らを歩いている奇妙な男にはさすがの零も感心せざるを得なかった。
「……それと、お前に言いたいことがある。」
「何ですか?」
斎藤が低い声音で前を歩く零を呼んだ。その表情は夜の闇で伺うことは出来なかったが、その声色は静かな怒気をはらんでいた。
訝しげに斎藤の前で立ち止まる。すると、前振りもなく零の胸倉を長い腕が掴み上げた。
「貴様は、貴様は死にたいのか!?なぜあの時逃げなかった!二人とも死んだら元も子もないだろう!」
普段、無口で不愛想な男の怒声が、誰もいない夜の草原に響く。月が雲の切れ間から顔を覗かせ、一瞬だけ二人を冷たい光が照らした。
「……解っていました。最悪な選択肢だと。」
俯いたまま、零が弱弱しく呟いた。胸倉をつかんでいた腕が、戸惑ったように離れる。
「昔、ヨルダンでの任務で仲間を亡くしました。何もできなかった。唯々、息絶えていく仲間達を目の前で見ているしかなかった。人生で一番辛かった。」
半分ほど隠れた月を見ながら、斎藤は耳を傾ける。普段の零らしい毅然とした声音は鳴りを潜め、訥々と語り続けた。
「あの時程自分の無力さを感じたことはなかった。だから、もう仲間なんて必要ないとさえ思った。失う辛さは身に染みていたから。」
再び雲が晴れ、月明かりが二人の顔を照らした。泣きそうな笑顔で語る零の眼を斎藤はじっと見つめていた。
「もう眼の前で仲間を失いたくなかった。だから、あんたを助けた。それだけだ。」
「つくづく……大馬鹿だ。貴様は。」
苦しげに斎藤が呻いた。零の悲しそうな笑みが何を物語るのか、解ったようだ。斎藤もかつて仲間を失った身だった。零が今までずっと自身を責め苛んできた気持ちが、痛いほど解ったのだろう。
零はジャケットの埃を払いながら、星空の中、煌々と辺りを照らし続ける月を見上げた。今日はスーパームーンのようだ。いつもより大きく、堂々と誇らしげに輝いている。
もう、雲はすっかり晴れていた。
「さあ。行きましょうか。」
「ああ。」
二人は月明かりの下、力強く歩き出した。
―――――――
「あ、そういえば、私の事名前で呼んでくれましたよね?」
「何のことだ。」
「照れちゃって。いいじゃないですか。私と一さんの仲でしょう?」
「黙れ。俺の名を呼ぶなど百年早い。」
「Huh!Don't be such a baby. 」(ハッ!ガキじゃあるまいし!)
「何か言ったか。」
「いいえ。何でも。」




