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Lone wolf  作者: 片栗粉
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Turbulence3

平和を手に入れるより、戦争を始めるほうが遥かに容易い。


~クレマンソー~

―――……(はじめ)。お前は今より山口の家の者ではない。二度と山口家の敷居を跨ぐ事は許さん。我らは死んだものと思え。


父上、母上。俺は……。己の生き方を貫けたのでしょうか……?



―――斎藤君。君は実力、胆力ともに三番隊隊長にふさわしい。受けてくれるな?


―――この戦は負ける。だが、これは俺の意地だ。最期まで、武士でありたいという、意地だ。


土方さん……。俺は……。



『起きろ。斎藤君。こんな所で寝ている場合ではないぞ。さあ。起きて前を見ろ!』


もう、聞けるはずのない、懐かしい叱咤が聞こえた気がした。


――――――――


意識が、深く暗い水底から浮き上がる。途端に激痛が全身を襲った。斎藤はぼやける視界の中、必死に眼を凝らす。

目に入った光景は、数十分前の姿とは想像もできない位の惨状であった。


あらゆる物、荷物が、滅茶苦茶に散乱していた。紙のようにひしゃげた鉄の破片、千切れた人の一部、あり得ない角度にねじ曲がり、苦悶の声を上げている人間。


頭が霞がかったように朦朧としている。何が起こったのか理解するのに少しの時間を要した。

顔が燃えるように熱い。首を巡らせると、散乱した物や人の向こうから炎がじわじわとこちらへ這ってくる。


「…う…。」


呻き声がすぐ近くで聞こえた。零がすぐ隣で、首をうなだれた状態で気を失っていたのだ。見た限り酷い怪我は無い。

ほっとしたのも束の間、斎藤は傍らの相棒に向かって声の限り叫んだ。


「おい!零!眼を覚ませ!おい!」


2、3度呼びかけられ、零の眼がぼんやりと開いた途端、その目は見開かれ、ひきつけを起こしたように息を大きく吸い込み、咳を繰り返した。

苦しそうに咳を繰り返す零を見て、斎藤は一度座席から出ようとしたが、シートベルトに邪魔をされて身動きが出来ない。留め金が倒れた座席の下敷きになり、引っかかっていた。腹部を締め付けるベルトからは容易に抜け出せそうもない。


「大丈夫か!?」


「……大丈夫です。動けます。」


零は痛みに顔を顰めながら、繋いでいたベルトを引きちぎるように外して身を起こした。すぐに斎藤のシートベルトに気が付き、引っかかっている部分を外そうと、座席を持ち上げようとするが、中々上手くいかない。


「大丈夫。すぐに出られますから。」


炎はすぐ間近に迫っている。焼かれたプラスチックの嫌な臭いと共に、炎にまかれたのであろう人間のおぞましい悲鳴が後部から聞こえてきた。異常な熱さに、零の額から汗が滴り落ちる。

動けぬ斎藤を励まし、奮闘する零の姿を見ながら、斎藤は何かを決意した表情で口を開いた。


「……零。俺を置いて逃げろ。」


斎藤が零の腕を掴み、静かに告げた。赤く染まりつつある機内に、暫し二人の視線が交錯する。


しかし、零は何を思ったのか、こんな状況だというのに、歯をむき出して笑った。


「私が昔いた連隊では、こんな時、こう言うんです。クソ喰らえ!ってね!」


「おい!このままではお前も死ぬぞ!」


「うるさい!黙ってろ!」


困惑する斎藤に大声で怒鳴ると、渾身の力でシートを持ち上げる。金属の断面が手のひらに食い込み、血が流れた。零はそんな痛みなど感じぬかのように咆哮を上げながら、肩を使い押し上げる。

じわじわと、シートが持ち上がってきた。


「よし!少し上がった!」


そのまま持ち上げると、そのまま足元にあったブリーフケースを隙間に差し込んだ。血だらけの掌で引っかかっていた部分を外し、呆気にとられたような顔をした斎藤に手を差し伸べた。


「さあ!行きましょう!」


「……お前は…大馬鹿者だ。」


「知ってますよ。それくらい。」


差し伸べられた血だらけの手を斎藤が掴むと、零は屈託なく笑った。



いよいよ目を開けているのが困難な程煙が充満し、炎がすぐ後ろに迫っている。爆発も時間の問題だった。


「外に出たら、止まらずに走れ!燃料に引火したら巻き込まれる!」


零が前の斎藤に向かって叫ぶ。二人は斜めになった機内を必死でよじ登った。

傷つき疲弊した体を奮い立たせ、機内の障害物を掻き分けながら、大きく破損した箇所からどうにか脱出した。

二人共、動けなくなるような大きな怪我を負っていなかったのは、不幸中の幸いだった。


転がり落ちるように外に出ると、新鮮な空気を大きく吸い込む暇もなく墜落機から遠ざかるように走り続けた。


後ろで、ジェット燃料に引火した炎が断続的な爆発を起こし、周囲に炎と金属片をまき散らしている。ぞっとする様な熱さを背中に感じる。未だ生きて中にいる人間の悲鳴が周囲にこだまし、二人は歯を食いしばりながら走り続けた。


遠くから、無事だった乗客と見物人たちが呆然と爆発する機体を見つめていた。


さすがに二人も息を切らしながら、この惨状を見つめていた。赤く燃えるジェット機の周りに、けたたましくサイレンを鳴らした消防車やパトカーが続々と集まってくる。


「……一体…何が起こっているんだ。」


「……わかりません…でも、これだけは言えます。何処かのクソ野郎が何か良からぬ事ををしようとしてる。」


ふざけやがって!と零が地面を蹴立てて吐き捨てた。斎藤はやり場のない怒りに、握りしめた拳を震わせることしか出来なかった。





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