この世の狭間で
運命は我々の行為の半分を支配し、他の半分を我々自身にゆだねる。
~マキャベリ~
気が付くと、いつの間に吹雪が止んだのか、目の前には銀世界が広がっていた。
(此処は…どこだ…)
藤田は辺りを見回した。先程居た場所ではない。だが分かったのはそれだけだった。場所を判断する為の建物や山林が一切無い。異常な光景だ。
周りには真っ白な雪原が広がるばかりで、周りには人っ子一人、獣すら見当たらない。
広大な雪原と青空が、無限に続いているような錯覚に襲われる。白と青だけの世界は言い知れぬ不気味さを漂わせていた。
(全く。この世ではないのなら、案内人くらい用意しておけばいいものを。)
肩を竦めて、ポケットから煙草を取り出そうとした。が、落としたのか見当たらない。
心なしか肩を落として、藤田は歩き出した。
歩けども歩けども、一向に何も見えない。振り返っても、真っ新な雪原に、自分の足跡が点々と続くのみだった。
藤田はイラついた態度を隠そうともせず、舌打ちし、足を速めた。
青と白の景色だけが続き、いい加減うんざりしてきた時、遥か向こうにぽつんと人影が見えた。人影に気付いた藤田は、警戒しながら早足で近づいた。
どんどん人影が近づいてくる。だが、その人影の前には近づくものを遮るかのように、大きな川が横たわっていた。
(糞、これでは渡れんな。)
流れはそう早くはないが予想以上に川幅が広い。渡りきる頃には凍てつく寒さに心臓が止まっているだろう。
せめて対岸の人物が何者か確かめようと、身を乗り出した。
(…!あれは!)
対岸には、先刻馬に乗って吹雪の向こうへ消えた土方歳三が佇んでいた。こちらを見て何か話しているが遠すぎて見えない。
藤田は自らが濡れるのも構わずに、川の中に入っていく。
(これが三途の川ならば、渡ったら還っては来れんのだろうな。)
そんな事を思いながらも、足は止まることなく川にずぶずぶと沈んでいく。
すると、土方がくるりと背を向けて歩き出した。どんどんその背が小さくなっていく。
慌てて走ろうと足を踏み出す。その時だった。
「何!」
足元の地面がなくなったのだ。引きずり込まれるように水底に沈んでいく。浮き上がろうともがけばもがくほど、身体は鉛のように重く沈んでいく。
身を切るような冷たさにだんだん気が遠くなる。
(溺れて死ぬとは、全く俺も阿呆だな…)
気を失う寸前、誰かの声が聞こえたような気がした。
『斎藤君。君は…』