Interval~actors~
アーレア・ヤクタ・エスト(賽は投げられた)
~ガイウス・ユリウス・カエサル~
ワシントンD.C.ペンシルベニア通り935番北西。
閑静なオフィス街の一角にあるオフィスビル。一見何の変哲もないビルだが、よく見ると、歴史を感じさせる所が所々に見受けられ、正面出入り口の壁には、星条旗が至る所に掲げられている。
ビルの名はJ・エドガー・フーヴァービルディング。
最も有名な言い方で言うと、FEDERAL BUREAU OF INVESTIGATION(合衆国連邦捜査局)通称、FBI。
アメリカ合衆国が誇る最高の捜査機関。モットーは信義、勇気、保全。(Fidelity, Bravery, Integrity)
そのビルの7階オフィスのデスクで、トーマス・ギブソン捜査官は大して美味くもないコーヒーを啜りながら、目の前のパソコンと睨み合っていた。最近のパソコンは機能が多すぎてついていけない。
つい3日前、情報通信保安部からの通達によりシステムのアップデートとやらで業務システムが一新され、今までのやり方からがらりと変わってしまったのだ。
こういうパソコンやらシステムやらはあまり得意ではない。一日中パソコンと睨めっこするのなら、愛車のGT-Rの洗車をしていたほうが遥かにマシだ。
何度目かのアラート音にうんざりしたように、ブラウンの短髪をガリガリとかきむしり、胸ポケットからキャメルの箱を取り出そうとして、またポケットに戻した。
「……主任。オフィスは禁煙ですよ。これ以上警部に目をつけられたらどうするんですか。禁煙セミナーも行ってないんでしょう?」
20代位の若い男が呆れたようにトーマスを見ていた。彼はデヴィット・アルトマン。去年FBIに拝命された捜査官だ。
トーマスの直属の部下ということになる。少々フランク過ぎるきらいがあるが、元ハッカーという知識を活かし、サイバー犯罪に関する観察眼は中々に鋭い。
レトロな黒縁眼鏡とラフにセットされた赤銅色の髪がアンバランスな印象を与える。最近の若者は皆こうなんだろうかと、爺臭い事を考えていると、その若者が再度口を開いた。
「禁煙セミナー、行ったらどうです?休暇と思えばいいじゃないですか。」
「あんなものに行くんなら、教会で神父様に愚痴を言ってるほうが100倍マシだね。デイヴ、お前だって時々無性にダイナーのクソ脂っこいバーガーを喰いたくなるだろ?それと同じだ。」
「わからないですねぇ。非喫煙者ですから。それに僕はポロタリアンです。」
「…なんだそりゃ。」
「レッドミートを食べない主義なんです。ヘルシーが一番ですよ。健康にいい。」
「まったく。アメリカ人の風上にも置けないね。コーラをがぶ飲みして脂っこい物食って早死にするのが、他の国の奴等が思ってるアメリカ人だ。」
デイヴが僕はドイツ系ですと抗議しているのを綺麗に無視し、トーマスは顔をしかめて冷め切ったコーヒーを一気に飲んだ。すると、目の前に書類の束を突き付けられ、そのびっしりと詰め込まれた文字をまじまじと見つめた。
「なんだ?」
トーマスが手に取ってペラペラと書類をめくる。
「CIAからウチに合同捜査の協力依頼ですって。なんでも中東のテロ組織と繋がっていると思われる最重要手配犯だそうで。」
「……最重要手配犯?ラングレーが持ち掛ける案件なんて、裏に何があるかわからねぇじゃねえか。」
「でも、言われたらやらなきゃならないですもんねぇ…それが組織人の辛いところで。」
芝居がかったデイヴの言葉に、トーマスが生意気言うなと釘を刺すと、今度は真剣に書類を読み始めた。
「……アレクシス・コールマン。通称アレックス。19歳で合衆国陸軍に入隊。成績は優秀だが、寡黙で付き合いは薄く、部隊内では余り目立たない存在だった。少尉に昇進後、23歳という異例の若さで統合特殊作戦コマンド(アクティビティ)に引き抜かれ、24歳の時にヨルダンの武装組織掃討作戦で負傷。所属していた部隊は全滅。生存者は一名。この女か。」
「…レッドアゲート作戦ですね。確かあの作戦の失敗で司令官が更迭されたっていう。」
確かに覚えていた。あの時は責任の所在を政府関係者や軍上層部で押し付けあった末、政府のお粗末な対応に遺族が提訴したというニュースがひっきりなしだった。
「でもここを見てください。復隊後、除籍されてるんです。問題を起こしたとかじゃなくて、軍務に復帰する事が困難な精神状態に陥っているとの判断だとか。それを恨んでの犯行じゃないですかね。女って怖いなぁ。」
「………。」
「ラングレーが言う所によると、コールマンがテロリストと内通し情報を流したらしいですね。最近になってコールマンが合衆国にテロ攻撃を計画しているなんて情報を掴んだみたいで、躍起になってますよ。奴ら。」
「で?足取りは掴んでるのか?ラングレーの奴らは。」
「そこまで教えてくれるはずないじゃないですか。ラングレーが…あれ?主任、その写真、昨日ニューヨークで射殺された記者ですよね。」
デイヴがパーティションにピンで留められた写真を見た。
「そうだ。ちょっと気になるところがあってな。どうも凶器の銃が何か分からん。監視カメラからも死角だったしな。」
トーマスがキャメルの箱から一本取り出し、口に銜えた。デイヴから咎めるような目で見られたが知らんぷりした。
「もう、只の強盗犯を追うのもいいですけど、こっちもちゃんと捜査してくださいよ。協力依頼が来てから警部がやたら張り切ってんですから。」
「……まぁ、ただの強盗ならいいがな……。」
火の点いてないタバコを銜えながら、トーマスはポツリと独りごちた。
―――――――
AM11:30
ヴァージニア州ラングレー
「…失礼致します。」
「ああ、入れ。」
「申し訳ありません。ハンターキラーが失敗した様です。3時間前から定期連絡が途絶えました。」
「所詮は下請けだな。エリック、君は奴の実力を少々過小評価していたようだ。そうは思わないか?」
「万全のはずでした。部隊のセルビア人は全員が手練れでしたので。私も隊長の実力は知っているつもりでした。」
「後悔している暇はない。我々にはな。」
「申し訳ありません。既に次のプランに移っております。」
「奴の資料はあるのか。」
「はい。」
「…これはこれは、ここまで仰々しいと、殆ど読めないじゃないか。まったく。黒塗りで潰すなんてナンセンスだな。次は改めるとしよう。潰した所は後で復元してくれ。………エリック、『ギルド』という名は聞いたことはあるか?」
「確か…アクティビティの中でも特に秘匿性の高い部署としか……噂では単独で一個小隊を壊滅させたとか、200メートル先の標的にスコープなしで当てたとか、クレムリンの厳重な警備の中に単独で潜り込んで帰って来たとか…信憑性のない酒の席の与太話だと思っていました。」
「私もだ。前任者から引継ぎの時に存在を知った時には驚いたよ。ほんの一握りの人間しか知らないが。
神父、仕立屋、職人、作家、執事、庭師。
そしてそれをまとめる親方がいるという話だ。ウェットワーク専門のチームらしいからな。公にはできんだろう。」
「しかし、ここまで大袈裟になってしまっては……奴ら(DIA)はどう動くでしょうか。」
「ここまで秘匿する極秘チームだ。存在したことを知られたら一大事だ。表立っては動けんさ。それにこちらは副大統領の命令という大義があるからな。」
「FBIの方にはカバーストーリーを適当に作って協力するよう依頼しました。」
「そうだな。奴らは正義感だけは犬の様に強い。忠実すぎるのも考え物だがな。」
「では、長官。国務長官との会食のお時間です。そろそろ…。」
「そうだったな。レディは怒らせると怖い。行くとしようか。」
―――賽は投げられた。だが、狼たちは何も知らぬ。狩人は何故狼を追うのかもわからぬまま銃を取った。




