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Lone wolf  作者: 片栗粉
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絶対零度のカーチェイス

道路を通行する歩行者又は車両等は、信号機の表示する信号又は警察官等の手信号等(前条第一項後段の場合においては、当該手信号等)に従わなければならない。

   (罰則 第百十九条第一項第一号の二、同条第二項、第百二十一条第一項第一号)


~道路交通法 第七条~

斎藤先生ェー?あれ?寝てるんですか?斎藤せんせーい。』


『…沖田さん…俺は寝てませんよ。それにその『先生』はやめてくれ。』


『ハジメの眼ェは起きてんだか寝てんだか分かんねぇもんなぁ!』


『永倉さん…それは俺に喧嘩を売っているとみなしていいんですな…』


『悪かった!俺が悪かった!』


『おい!テメェら! じゃれてねぇで巡察行って来やがれ!』


―――俺達は、あの時代とき、確かに生きていた。誰もあんな結末を望んだわけじゃない。だが、俺達には…正すべき義があった…。信じた誠があった。



『―――天下万民と共に皇国数百年の国体を一変し、至誠をもって万国に接し、王政復古の号を立てざるべかざるの一大機会と存じ……――――』


―――そして、その日から俺たちは、大義を失った。守るべき物も。全て。残ったのは、武士としての『意地』だった。


『……斎藤君。これは俺の『意地』だ。……俺達は敗ける。だが、俺は往かなければならん。死んでいった奴らの為にも。』


『……副長…俺は…―――。』


―――――俺は。


―――往くな。俺も連れて行ってくれ。



「…!土方さん!」


「…うわっ!」


静かだった車内に、いきなり斎藤の声が響き、零は驚きのあまり声を上げた。しかし、ハンドル操作を誤ることはなく、二人の乗った黒の4WDは滑るように国道を走っていく。


「…びっくりしたー。藤田…いや、斎藤さんって寝言けっこうでかいんだね。」


「…すまん。夢を見ていたようだ。」


左のこめかみを揉みながら、斎藤がかすれた声で答える。暫く仮眠したにもかかわらず、何故かずっしりと澱が残ったように疲れていた。


「…ヒジカタさんの夢?」


零が前を見ながら、いつもと変わらない口調で聞く。斎藤は、余計な気を使わない零の態度に初めてありがたいと感じていた。


「ああ、そうだな、昔の夢だ。」


零はふーん。と軽く言うと、何かを思い出したように、あ!と声を上げた。


「…そういえばさ、私斎藤さんの事って何にも知らないんだよね。」


「だからなんだ。」


「教えてよ。相棒の事は知っとかないといざという時、困るでしょ。」



教えてよ。と口をとがらせる零を見て、斎藤がバッサリと切り捨てるが、零はあっけらかんとしていた。

今の女はこうもズケズケとものを言うのだろうか。と斎藤は呆れたようにこめかみに指をあてる。頭は痛くないのに、頭痛がしてきたような錯覚に襲われた。

だがそれよりも、聞き捨てならない言葉を聞いた気がしたと、じろりと隣を睨み付けた。


「おい、誰が相棒だ。」


「私と、斎藤さん。ほら、イチゼロで相性バッチリだよ。ハジメさん。」


ひくりとこめかみが脈打つのを感じ、指を当てた。昔もこの様な事があった気がする。


奔放な同僚は、よく自分をからかって笑っていた。だが、その笑顔を見ると、何だか毒気を抜かれるような不思議な魅力があった。


そうだ…昔は良く名前で呼ばれていた。

懐かしい記憶が、斎藤の脳裏に一瞬だけ蘇った。


だが、其れを振り払うかの様に、いつもの憎まれ口で返した。


「馬鹿を言え。これは不可抗力だ。馴れ馴れしく呼ぶな。」


「酷いなぁ。一夜を共にした仲なのに。」


「おい。語弊がある言い方をするな。」


「いやよいやよも好きのうちって言う言葉が日本にはあるんでしょ?そんな照れなくてもー。」


「照れてない。」


「ははは。……元気出た?」


思わぬ一言に、斎藤は目を丸くした。


「……斎藤さんってさ。結構溜めこんじゃう派でしょ?ダメダメ。日本人ってそういう所良くないよね。言いたい事は言える時に言わないと。リフレッシュできないよ。」


「りふ…?……フン、ペラペラ喋る男なんぞ武士の端くれにも及ばん。」


「まぁ、斎藤さん、サムライだもんね。オーライオーライ。……ん?……伏せろ!」


「なっ!」


零が斎藤のジャケットの襟を掴み、力任せに後ろに倒した。さっきまで仮眠をしていたのでシートを倒していたのが幸いした。


どさりと斎藤の体がシートに押し倒され、そのまま起き上がるのを防ぐかのように、零の腕が強く斎藤の体を押し付ける。そして自らもハンドルに頭を着けるように身を伏せる。


数秒後、助手席の窓が一気に割れた。斎藤の頭の上を何かが高速で通り過ぎ、フロントガラスにぶち当たった。ガラスに放射状のヒビが連続して入る。


先程、零は左手に黒のワンボックスが自分達の車を追い越すのを認めた。


だが、すぐにスピードを緩めた事に違和感を感じ、目で追い続けると、フルスモークの後部右側の窓ガラスが動くのを見たのだ。そこから黒い銃口が覗くのも。


それからの零の行動は早かった。あと数秒遅ければ、斎藤の頭はマシンガンの銃弾をもろに受けていただろう。


ワンボックスが進路をふさぐように前に出ようとした。零は悪態をつきながら、アクセルを目一杯に踏み込む。4WDのエンジンが唸りを上げて加速した。

助手席の斎藤が、何かを叫んでいるが、割れた窓から吹き込む暴風雪の勢いにかき消されてしまった。


零が左手でハンドルを握ったままグロックを抜いた。


銃弾は雨の様に容赦なく降り注ぎ、フロントガラスがみるみるうちにひび割れて視界が狭まってくる。零はほとんど役に立たなくなったフロントガラスを、グロックの台尻で2、3回思い切り殴りつけた。


ガラスが細かな破片となって飛び散り、マイナス20℃の風が一気に顔面にたたきつけられる。しかし零はそんな事もお構いなしにアクセルをさらに踏み込む。


エンジンがさらに咆哮を上げ、スノータイヤが凍った路面を削り取る。


零はガラスの破片を振り払うこともせず、前方のワゴンに向けてひたすら引き金を引いた。吹き込む風と雪が視界を奪い、なかなか狙えない。3発目がワゴンのリアガラスに当たったが、防弾仕様なのかビクともしなかった。


そして、いやに静かな助手席の斎藤をチラリと見る。大丈夫。寒さにガタガタと震えてはいるが生きている。


また、雨のような銃弾が襲ってきた。身を隠し、左右に車体を振りながら、猛スピードで突き進む。


そんな中で、


『次の交差点を、左折です』


と唯一無事だったカーナビゲーションの音声が、この絶体絶命の状況下で場違いな音楽の様に響き渡った。顔を上げると、赤いテールランプの河が前方にできている。渋滞だ。最悪な状況の中の最悪な展開だ。

だが、止まれば二人でハチの巣になるだろう。


「クソッたれ!」


思い切りハンドルをワゴンに向けて切った。ヘッドライト部分がワゴンの左後方にぶち当たり、ワゴンがバランスを崩して右車線の渋滞の列に突っ込んだ。


「よっしゃ!!!斎藤さん!掴まって!」


零は助手席の斎藤に向かって怒鳴ると、シフトレバーを素早く動かした。


路肩は雪が積もりすぎて走れない。零はその一瞬で判断し、ハンドルを切った。狂ったようにクラクションを鳴らしながら、渋滞中の車の隙間を無理矢理走り抜ける。


ガリガリとボディが削られ、ドアミラーが吹っ飛んだ。


「おい!吉村!右から来るぞ!!!」

「分かってる!」


進入先の交差点の信号は赤。右からは大型のダンプカーがけたたましいクラクションを鳴らして向かってきた。


零は急ブレーキを踏み、ハンドルを大きく左に切った直後、素早く右に切り返した。車体が氷上のパックの様にクルクルと回る。目の前にはスローモーションの様にダンプカーが迫ってきていた。


クラクションと急ブレーキの音が大きく聞こえた。ダンプカーが急な動きに耐えられずに、斜めになってこちらに向かってくる。


「ぶつかるぞ!おい!」


斎藤は来るであろう衝撃に備えて目を瞑り、体を固くした。…が、いつまで経ってもそれは来なかった。ただ急な動作と回転に付いていけずに酷い吐き気がするだけだ。


急制動と逆ハンドルで、水澄ましの様に回転し始めた4WDは、絶妙のタイミングでダンプカーと接触を免れた。唯一犠牲になった後部のバンパーは無残な姿を晒しているが。

常人離れした零の運転技術のお陰で、二人はぺしゃんこにならずに済んだのだ。

安堵の溜め息を吐くが、氷点下の風で、顔が凍りつきそうに痛い。


零は、ふらふらとした車体を立て直し、再度アクセルを踏み込む。後ろを見れば、恐らくかなりの大騒ぎになっているだろうが、先程のワゴンは追ってきてはいない。


「……追ってはこないな。……斎藤さん。怪我はないですか?」


「………。」


すっかり窓ガラスが無くなって寒々しい状態になってしまった車内で、斎藤はずっと黙り込んでいる。寒さのせいなのか小刻みに震えているようだ。


「斎藤さん…?…まさか。撃たれたんじゃ…。」


「…が………るい。」


ぼそぼそと、何かをつぶやいたが、風ではっきりとは聞こえなかった。


「え!?大丈夫ですか!?」


よもやかなりの重傷なのかと、零が血相を変えて斎藤の腕を掴んだ。その時。


「気持ちが悪い。」


「え!」


「吐きそうだ…。」


右手で口を覆い、脂汗の浮かぶ顔はほぼ蒼白だ。典型的な車酔いだった。不味いことに車内にビニール袋は常備していない。


流石に幕末期の屈強な剣客も、雪道のカーチェイスからのアクロバティック走行にはついていけなかったようだ。おそらく斎藤の中で、自動車は生涯において絶対乗りたく無い乗り物と位置づけられてしまうだろう。気の毒なことだが。


真っ青になった斎藤を何とか押しとどめ、慌てて零は車を停めた。






「―――…ええ。はい。確認しました……しかし、一人ではありません。東洋人の男が。…いいえ。資料には無かったと…はい。画像を送信します。

………了解しました。引き続き対象の監視を続けます。アウト。」



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