表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Lone wolf  作者: 片栗粉
13/64

Interval~smokers~

アリストテレスがなんと言おうと、哲学が束になってかかってこようと、煙草に勝るものはあるまい。


~モリエール~

「一つ聞いてもいいか。」


興味深げに楢崎の作業を見つめていた藤田が、ふと口を開いた。


「なんだ?」


「ここは煙草屋であるのだろう?」


「見てわからねぇか?そうさ。大体の銘柄は揃ってる。」


視線を忙しなく動く手に向けたまま、老人が不愛想に応じた。


「カメオという舶来品の煙草は扱っているだろうか。」


その言葉に楢崎は少し驚いた様に藤田を見ると、感慨深げに笑った。


「驚いたな。あんたのような若いのがその銘柄を口にしたのは初めてだよ。残念だが、かなり昔に生産中止になっていてな。多分現存されているものはほとんどねぇだろうさ。……俺の祖父さんが良く吸っててな。なんでも昔、同僚が好きだったからなんて言ってよ。箱が綺麗で、ガキの頃は良くその箱を集めてた。」


皺の刻まれた眼を懐かしそうに細めながら、小柄な老人は穏やかにそう言った。


「……すまん。忘れてくれ。」


「いや、カメオはないが、代わりにこいつを持っていきな。」


ごそごそと後ろの棚を漁り始めたと思ったら、楢崎の手に小さな箱が二つほど握られていた。


それは、桜の模様が美しいパッケージで、箱の前面に『大和』と書かれていた。保存状態もよく、品質にも何ら影響なさそうだった。愛煙家の藤田も初めて見る銘柄で、まじまじと手に取って見つめてから、顔をあげた。


「これは……?」


「これは日本で作られた初めての煙草さ。もう何処にも売ってない代物だ。他にも3種類あったんだが、俺が吸っちまった。」


「…だが、金がない。」


「俺が持って行けといったんだ。金をとる気なら端から出さねぇよ。」


強引に箱を藤田に押し付けると、お喋りは終わりだとばかりに楢崎は作業机に戻り、作業を再開した。


「……礼を言う。」


ぽつりと、楢崎の背に声を掛けると、自分も外の空気を吸おうと外へ出た。


錆の浮き出た手すりに手をかけ、外を見渡す。濡れ羽色の空が、東から薄墨が滲むように淡く明けようとしていた。


人が作ったとは思えぬ程高い建物が立ち並び、その間を縫うようにして鉄の車や人が行き交う。およそこの世のものとは思えない光景だった。


「まるで墓標のようだな。この国もここまで変わるものか……。」


高層ビルを遠くに見ながら、藤田は貰った煙草を一本口に咥えると、タバコと共に楢崎に押し付けられた真鍮のオイルライターをポケットから取り出した。くるくると玩具を貰った子供の様に手の中で遊んだ後、楢崎の見様見真似で親指で蓋を弾いた。すると、ピンッという小気味よい音の後に小さな灯りが点った。


「ほう。こいつは便利だ。」


風の影響を受けやすいマッチとは違い、小さいが力強く燃える焔は、多少の風では消えなかった。満足げに微笑むと、藤田は久方ぶりの紫煙を燻らせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ