Interval~smokers~
アリストテレスがなんと言おうと、哲学が束になってかかってこようと、煙草に勝るものはあるまい。
~モリエール~
「一つ聞いてもいいか。」
興味深げに楢崎の作業を見つめていた藤田が、ふと口を開いた。
「なんだ?」
「ここは煙草屋であるのだろう?」
「見てわからねぇか?そうさ。大体の銘柄は揃ってる。」
視線を忙しなく動く手に向けたまま、老人が不愛想に応じた。
「カメオという舶来品の煙草は扱っているだろうか。」
その言葉に楢崎は少し驚いた様に藤田を見ると、感慨深げに笑った。
「驚いたな。あんたのような若いのがその銘柄を口にしたのは初めてだよ。残念だが、かなり昔に生産中止になっていてな。多分現存されているものはほとんどねぇだろうさ。……俺の祖父さんが良く吸っててな。なんでも昔、同僚が好きだったからなんて言ってよ。箱が綺麗で、ガキの頃は良くその箱を集めてた。」
皺の刻まれた眼を懐かしそうに細めながら、小柄な老人は穏やかにそう言った。
「……すまん。忘れてくれ。」
「いや、カメオはないが、代わりにこいつを持っていきな。」
ごそごそと後ろの棚を漁り始めたと思ったら、楢崎の手に小さな箱が二つほど握られていた。
それは、桜の模様が美しいパッケージで、箱の前面に『大和』と書かれていた。保存状態もよく、品質にも何ら影響なさそうだった。愛煙家の藤田も初めて見る銘柄で、まじまじと手に取って見つめてから、顔をあげた。
「これは……?」
「これは日本で作られた初めての煙草さ。もう何処にも売ってない代物だ。他にも3種類あったんだが、俺が吸っちまった。」
「…だが、金がない。」
「俺が持って行けといったんだ。金をとる気なら端から出さねぇよ。」
強引に箱を藤田に押し付けると、お喋りは終わりだとばかりに楢崎は作業机に戻り、作業を再開した。
「……礼を言う。」
ぽつりと、楢崎の背に声を掛けると、自分も外の空気を吸おうと外へ出た。
錆の浮き出た手すりに手をかけ、外を見渡す。濡れ羽色の空が、東から薄墨が滲むように淡く明けようとしていた。
人が作ったとは思えぬ程高い建物が立ち並び、その間を縫うようにして鉄の車や人が行き交う。およそこの世のものとは思えない光景だった。
「まるで墓標のようだな。この国もここまで変わるものか……。」
高層ビルを遠くに見ながら、藤田は貰った煙草を一本口に咥えると、タバコと共に楢崎に押し付けられた真鍮のオイルライターをポケットから取り出した。くるくると玩具を貰った子供の様に手の中で遊んだ後、楢崎の見様見真似で親指で蓋を弾いた。すると、ピンッという小気味よい音の後に小さな灯りが点った。
「ほう。こいつは便利だ。」
風の影響を受けやすいマッチとは違い、小さいが力強く燃える焔は、多少の風では消えなかった。満足げに微笑むと、藤田は久方ぶりの紫煙を燻らせた。




