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光のもとでⅠ 第三章 恋の入り口  作者: 葉野りるは
本編
6/46

06話

 頭も気持ちも飽和状態で、ぼんやりと床を見ていた。

 すると、ポケットの中で携帯が震えだす。

 誰……?

 ディスプレイには"藤宮司"の文字。

 メールではなく電話だった。

 携帯を持つ手が震える。

 これは出るべき……? 出なくちゃダメ……?

 自問自答していると着信は切れた。

 それから少しするとまた携帯が震え始めた。

 今度はすぐに止まり、それがメールであることを教えてくれた。



件名 :いつまで篭ってるつもり?

本文 :かれこれ一時間近く篭ってるって聞いた。

    バイタルチェックのことならさっき気づいた。

    その理由もなんとなくわかってるつもり。

    翠が言いたくないなら話さなくていい。

    ただ、もっと自分を大切にしろ、とは思う。



 とても藤宮先輩らしい文章だった。

 遠まわしな言い方はしない人。

 着信履歴から先輩の番号へ発信した。

 話さなくちゃいけないと思ったから。

『もしもし』

 携帯から、少し低くて落ち着いた先輩の声がした。

 かけたのはいいけれど、何を話したらいいのかがわからない。言葉が出てこない。

 この人にはちゃんと話さなくちゃいけない。そう思ったからかけたのに……。

『そこ、意外と冷えると思うんだけど』

 いつだって体のことを気にかけてくれる。

『翠は、人にどう思われるのかが怖いんだろ?』

 しんとしている仮眠室に先輩の声が響いて聞こえた。

 いったいどこからかけてきているんだろう、と考える。

 けれどそれは逃げで……。「人にどう思われるのかが怖いんだろ?」という問いから逃げたいだけ。

『中学の同級生に会えばそのくらいは察する。でも、そいつらと俺って同類なわけ?』

「違うっ」

 反射的に声が出た。

 だって、それだけは絶対に違うから。そんなふうには誤解されたくないと思ったから。

『やっとしゃべった……』

 ため息と一緒に吐き出された言葉。

『俺はまだ怖い人?』

「それも、違う……」

『じゃ、何?』

 なんだろう……。

「先輩、かな」

『……先輩、か。それ、もう少し近づけない? 学年は違う。でも、年は同じだろ』

 ……そう言われてみれば――。

 年は一緒だ。でも、刷り込み現象なのか、一学年上の先輩という印象がとても強い。

『俺はもう少し翠に近づきたいんだけど』

「……どうして?」

『気になるから』

 やっぱり、私はどこへ行っても誰にとっても心配の対象にしかなれないのかな。病人でしかないのかな……。

『翠、顔を見て話したい。たぶんだけど、翠は勘違いしていると思う』

 勘違い……?

『仮眠室に入れてくれない? もしくは、迎えに行くから外で話そう』

 どうしよう――。

 もう少し先輩と話していたい気はする。でも、顔を見るのは少し怖い。

 逆、かな。

 顔を見られるのが怖いのかな……。

『無理にとは言わないけど……』

 ここで引いてしまったら一年前の夏と変わらない。

 変わりたいならここで踏みとどまらないと……。がんばらないと。

 歩み寄ってくれる人にはちゃんと自分も歩み寄らなくちゃ――。

「先輩……外はちょっと無理なので、ここでもいいですか?」

『了解。今から行く』

 言うと、通話は切れた。

 それから五分ほどして、コンコン――仮眠室のドアをノックされた。

「翠葉ちゃん、司が入るって言ってるけど……」

「はい……」

 聞こえるかどうかも怪しい小さな声を返すと、ドアが開いた。

「えっ!? 電気つけてなかったのっ!?」

 言われてすぐ、秋斗さんの手がスイッチに伸びた。

「やっ――」

 一瞬だけ照明がつき、すぐに消える。

「秋兄、いいから……。電気つけなくていいから」

 秋斗さんに言ってる言葉なのか、私に言われている言葉なのかよくわからなかった。

「翠、入る」

 短く断られ、私はコクリと頷いた。

 藤宮先輩がひとり入るとドアを閉めた。

「とりあえず……」

 と、ベッドの上に置いてあった毛布を肩からかけられる。

 そのあとすぐ、手を取られた。

「言っただろ、ここ意外と冷えるって」

 少し呆れたような声。

 確かにこの部屋は少し冷える。小さい部屋にも関わらず、しっかり空調がきいているのだ。

「さっきの続き。俺が気になるって言ったのは体調云々の話じゃない。ただ、人間として興味があるって話し」

「え……?」

 驚いて顔を上げる。

「やっぱり勘違いしてたか……」

 先輩はベッドに腰を下ろし、私のことを見下ろして話しだす。

「翠は反応が面白い。話してて返ってくる言葉や、思っていることがそのまま表情に出るのとか。俺の周りにいなかったタイプの人間。だから興味がある」

「人として……?」

 初めて言われた……。

「そう。だから、死んでほしくはない。もっと自分を大切にしてほしいと思う。それも負担? 迷惑?」

 顔を覗き込むように首を傾げられた。

「いえ……ただ――私は無意識みたいで……」

「それ……話せるなら話して。姉さんや秋兄たちから聞くのは癪だから」

 と、すごく嫌そうな顔をした。

「自分ではよくわかってなかったんです。具合が悪いのを隠すというか……。ただ、好きな人たちに心配をかけるのが嫌で……。いつも倒れるたびに迷惑かけるのが嫌で……。そういうときに自分がすごく情けなくなるんです。消えてしまいたくなるほどに。湊先生が言うには、それが具合が悪いことを申告できなくさせてるって……。バイタルチェックの話をされたときにそう言われました。そういうふうに思ってることすべてが不整脈の原因にもなるって……。これをつけないと命の保証ができないって。それは、私が自分を大切にしないいから……。人に助けを求めないから。人から見たら自殺願望に思われても仕方ないって。言われて初めて――初めて自分のしてることに気づきました」

「……そんなことだろうと思ってた。翠はうちの生徒のくせに頭悪いな」

「……言い返す言葉が見つからなくてちょっとムカつきます」

「そういう返答、そこらの女子からは返ってこない」

 と、くつくつと笑い出す。

「バイタルチェックの装置ってどんなの?」

「え……?」

「チェックされてることには気づいた。けど、どういうシステムなのかは知らないから」

 あ、そうか……。

 左腕の長袖ブラウスを腕まくりしてバングルを見せる。と、

「秋兄、珍しく凝ったもの作ったな」

 感心しているようだった。

「これで少しは楽になれたの?」

「かなり……。ひとりの行動も許されてしまったし、湊先生がこれは私の代弁装置だって言うくらいには……。今ではパソコンからも携帯からもチェックできるみたいで、湊先生、秋斗さん、蒼兄、両親、栞さんが常にチェックしてくれています」

「……ならいいんじゃない」

 思わずまじまじと見てしまう。

「あのさ……俺のことなんだと思ってるわけ?」

「……今日はすごく優しいなと……」

「……いつもは冷たいって?」

 コクリと頷くと、

「翠には甘いほうだと思う」

 その返事に少し驚く。

 ほかの女子にはどんなにひどい対応をしているんだろう……。少し考えただけでも恐ろしい。

「基本的に、自分から女子には話しかけない」

「え?」

「前にも話したけど、女子はうるさいし面倒だから苦手。でも、翠にはそれを感じないから別枠と認識している」

 小窓から入ってくる光がちょうど先輩の顔にあたってきれいだった。

「バイタルチェックのこと、なんで話すの怖がった?」

「……先輩が指摘したとおりです。どう思われるのかが怖かった……。これをつけることになったいきさつを話さないとなんかごまかしている気がしてしまうし……。だからといって根本的な部分は自分が衝撃を受けたばかりだったから、それを話してどう思われるのかがすごく怖くて……」

 話しているうちにどんどん視線が落ちていく。

 最後には体育座りをしている自分の膝を見ている始末だった。

「顔、上げて」

「無理です」

「それでも上げて」

 頑なに膝を見ていると、ベッドから下りた先輩が私の前にしゃがみこむ。

 私の顔を隠している髪を耳にかけると、顔を覗き込んで視線を合わせてきた。

 露になった頬がひんやりとした空気に触れる。

「もし仮に自殺願望があったとして、それを知ってもさっき言ったことに変わりはない。自分を大切にしてほしいと思う。死んではほしくない。生きていてほしいと思う」

 先輩の目から視線が逸らせなくなりじっと見ていると、目に涙が溜まり始めた。

「もし、誰かに変な目で見られたなら俺のところに来ればいい。俺は変わらないから。それと簾条も――見方を変えることはないと思う」

 そう言うと、毛布ごとぎゅっと抱きしめられた。

 いつもなら絶叫して逃げるところだけど、今はすごくほっとしている。

 先輩がすごくあたたかいと思った。

「……これ、御園生さんに怒られるんだろうな」

「え……?」

「事情はどうあれ、泣かしたことに変わりはない」

 言って視線を逸らす先輩が少しおかしかった。

「先輩、大丈夫……。これ、嬉し涙だから……。嬉し涙っていうか、ほっとしたら涙が出てきちゃって……。先輩、ありがとうございました」

「それ、どうにかならない?」

「え?」

「藤宮先輩はやめてほしい。……言ったろ、もう少し近づきたいって」

「でも、なんて呼んだら……」

「司」

「却下です」

「……妥協して名前に先輩」

「司、先輩……?」

 これなら大丈夫かも……?

「次に藤宮先輩って呼んだらペナルティつけるからそのつもりで」

 言うと、先輩は立ち上がって手を差し伸べてくれた。

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