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光のもとでⅠ 第三章 恋の入り口  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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11~16 Side Akito 04話

 しばらくは眺めているだけだった。けれど、しだいにそれだけでは満足ができなくなってくる。

 彼女の抱えていたハープをケースの上へとどけ、こちらに背を向けていた彼女の頭に自分の腕を通す。

 ちょうど、俺側に背を預けて寝ている状態。胸におさまる彼女に満足すると、ほのかにフルーティーな香りが漂ってきた。

 コロンか何か?

 今まで自分が付き合ってきた女とは香りの系統も強さも異なる。

 悪くないな……。

 これだけ近くに寄らなければわからないほどに弱い香り。けれど、ほのかに甘く鼻腔をくすぐる。

 その香りを求めて鼻を近づければうなじに口付けたくなる。

 そんな欲求を制しながら彼女を感じていた。

 腕時計に目をやると三時半を回ったところ。

 もう少しこの甘い時間を過ごしたいけれど、風が冷たくなってきている。

 この子はそんな変化ですら敏感に感じ取るのだろう。

 彼女は寝返りを打ち、俺の方を向くと胸に額をつけた。

 顔を見たくて少し離れようものなら間を置かずにくっついてくる。

 やばい、かわいい……。これ、俺の笑顔以上に反則だと思うけど……。

 何度だって同じことを繰り返したくなる。けど、寒いと感じるからくっついてくるのだろう。

 それを思えば起こさないわけにはいかなかった。

 白い頬を空いている左手でツンツンとつついてみる。と、「ん……」と少し鼻にかかるような声を出して身じろいだ。

「翠葉ちゃん、冷えてきたからそろそろ戻ろう」

 先ほどと同じように耳もとで囁く。と、びっくりしたのか、気持ち良さそうに閉じていた瞳がパチリと開いた。

 目の前にあるのが俺の胸と気づくと、

「きゃっ、ごめんなさいっ」

 慌てて体を起こそうとした彼女の右腕を掴み、制する。

「慌てて起きたらいけないんじゃなかった?」

「それはっ、そうなんですけど――」

 白かった頬があっという間に真っ赤に染まる。

 かわいいな……。

 きっと今も首筋まで赤いに違いない。

 それも見たかったけど、長い髪が邪魔をして見ることは叶わなかった。

 すると、少し抵抗が緩む。

 観念したのかと思えば両手で顔を押さえて丸くなる始末。

「くっ……ごめんごめん、いたずらが過ぎました」

 謝りはするものの、どうしても笑いは止まらない。

「……意地悪……」

「無防備な顔して僕の隣に寝てる翠葉ちゃんがいけないんじゃないかな?」

「だって……あまりにも秋斗さんが気持ち良さそうに寝てたから……」

「はいはい。少し冷えてきたから上にパーカ着て?」

「あ、はい」

 今度はたっぷりと時間をかけて体を起こした。

 立ち上がるまでに一分近くをかける。

 かわいそうに……そこまで気をつけないと普通には生活が送れないなんて。

 彼女がパーカを羽織るのを見てから、

「明るいうちにチャペルへ戻ろう」

 ふたりでその場を片付け始めた。


 行きよりも暗くなった森をふたりで歩く。と、自分の少し後ろを歩く彼女から突如声が上がった。

 反射的に振り返り、手を伸ばすことで彼女を受け止める。

「セーフ……」

「……すみません」

 寸でのところで受け止められて良かったと思う。そうでなければ、顔から転んでいたことだろう。

「意外とおっちょこちょい?」

 恥かしそうに顔を赤らめる彼女に、「ほら」と手を差し出した。

 行きとは違い、差し出した手は凝視されるに留まる。

 調子に乗っていじめすぎただろうか?

 少し反省。

「いじめないから。こんなところで転ばれでもしたら蒼樹に怒られちゃうから、ね?」

 そこまで言って、ようやく右手を預けてくれた。

 つないだ手はとても冷たかった。

 この手を芯から温めてあげたい……。

 そう思いながら森を歩いた。


 チャペルまで戻ってくると、たくさんのキャンドルに迎えられる。

 あたたかなオレンジ色の光に照らし出された噴水は、昼とは違う雰囲気を放っていた。

 こういうサービスがウィステリアホテルやパレスではとても評判が高い。

 女性を喜ばせるためのサービスが多いのだ。

 隣の彼女が何も感じていないわけはなく、口をポカンと開けてその世界を目に焼き付けているように見えた。

「お気に召しましたか?」

 顔を覗き込めば、

「とても……。すごく、すごくきれいなのに、言葉が見つからなくて――」

 一生懸命、この場に見合う言葉を探しているようだった。

「写真は?」

 期待をこめて訊くと、彼女はフルフルと首を振った。

「これは撮れません……。私には表現できない。それに……写真に撮るのすらもったいなくて――こんなふうに思うの初めて」

 心からそう思っているのだろう。

 まるで彼女の時間が止まってしまったかのような状態。

 そんな姿に、

「じゃぁ、また連れてこないとね」

 思わず口をついた言葉だったけれど、

「本当にっ!?」

 彼女の反応は今までの何よりも早かった。

「いつでも連れて来るよ」

「秋斗さん、大好きっ!」

 言いながら手に力をこめられた。

 俺は言葉にも態度にも面食らう。

「……秋斗さん?」

「どうかしましたか?」といったふうに見上げられて苦笑いをもらす。

「……ごめん、ちょっと面食らった」

「え?」

「翠葉ちゃん、めったにそういうこと言わないし、こんなこともしないし」

 つないだ手を彼女の目線まで持ち上げる。と、彼女は恥かしそうに顔を逸らして、

「……今日は特別なんです」

 キャンドル効果であまりわからないけれど、きっと彼女はまた肌を赤く染めているのではないだろうか。

「それでも嬉しいけどね」

 君は信じてくれるかな。このとき、何もかもが嬉しかったと話したら……。

 この瞬間から君のことを蒼樹の妹としてではなく、ひとりの女の子として見始めたと言ったら――。

 想いをこめて見つめていると、小さな声で抗議された。

「……でも、見つめるのはなしにしてください……」

「どうして?」

 俺の言葉や仕草ひとつに動揺する様すらが愛おしく思える。

 彼女は今日何度目かの「意地悪」を口にして黙った。

「そろそろ帰ろう」

「はい。……あの、お手洗いに行ってきてもいいですか? 日焼け止め落としたくて……」

「そこの突き当たりだよ」

 もしかしたら日焼け止めにもかぶれてしまうのかもしれない。

 そんな彼女を見送ると、すでに木田さんが脇に控えていた。

「今日はお世話になりました」

「いえ。こちらこそ、今日はかわいらしいお嬢様をお連れくださいましてありがとうございます」

「かわいい子でしょう?」

「えぇ。秋斗様がこちらへ女性を連れていらっしゃるとは思いもしませんでした」

「自分もです。まさか、身内のホテルに女の子を連れて来ることになるとは思ってもいませんでした」

 これが初めてのこと。

 今まで何人もの女と夜を過ごしてきたが、一度としてウィステリアグループが関わる場所へは出入りすることはなかった。

 それはどこへ行っても顔が割れているからであり、そういった女たちに素性を教えるつもりが一切なかったから。

 けど、彼女は最初から俺が藤宮の人間であることを知っているし、時にそのことを忘れてすらいる。

 きっと彼女にとっては俺がどこの誰であっても問題はないのだろう。きっと、対応も変わらない。

 肩書きや家柄で態度を変える汚い大人ばかりを見てきたからだろうか。そんなことすらが新鮮に思えた。

「秋斗様の大切な方、でしょうか」

 何もかも見透かしたように、けれど、決して押し付けがましくはない言葉をかけられた。

「……大切な存在だと、さっき気づきました」

「さようでしたか。それでは、その記念すべき日に私は立ち会えたのですね」

 嬉しそうに頬を緩ませた木田さんに、

「えぇ。いつか……彼女と式を挙げるようなことになれば、間違いなくここになるでしょう。そのときは、その瞬間に立ち会ってください」

「楽しみにしております。それまで、静様に雇っていただけるようにがんばらなくてはなりませんね」

 そんな未来が来るのかもわからないのに話しを合わせてくれる。

 国内にいくつかあるパレスの中でも一番評判のいいチャペルがここなのには、この木田という人間にそういう要素があるからなのかもしれない。

 そこへ、肌が少し赤くなった彼女が戻ってきた。

「お待たせしてすみません。木田さん、今日は美味しいサンドイッチとハーブティをありがとうございました」

「いいえ。お嬢様のお口に合ったようで何よりでございます。スタッフ一同、またのお越しを楽しみにお待ちしております」

 丁寧な言葉に紳士な対応。けれど、彼女は全く警戒をしていない。

 そんなところにこの人の熟練度を感じていた。

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