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光のもとでⅠ 第三章 恋の入り口  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
33/46

03~06 Side Tsukasa 03話

 五時半を回るとキリのいいところとなり、今日の作業を終えることにした。

 仕切っているのは茜先輩。会長はいるが、写真のこととなると高が外れるため、このときばかりは茜先輩が指揮を取る。

「最後にお茶でも飲みませんかー?」

 嵐が催促したことでメンバー全員がテーブルに着き、各々飲み物を飲んだりお菓子をつまみ始めた。

 茜先輩が出したお菓子は、クッキーにチョコレートがコーティングしてあり見るからに甘そうだ。

 先日食べた、翠が作ったという焼き菓子は甘すぎず、コーヒーと共に食べるのにはちょうど良かった。

 ふとカウンター奥のドアに目をやる。いつもなら御園生さんが来れば三十分もしないうちに帰るのに、一向に出てくる気配がない。

 くそ……一度気になるとキリがない。

「司、このお菓子、翠葉ちゃんたちにおすそ分けしてきてくれる?」

 茜先輩にお菓子の包みを手渡される。

 これは仕事部屋へ行く口実を作ってくれたのだろう。

「……渡してきます」

 カウンター内に入り、ドアのロックを解除する。中に入り部屋を見回すも、翠の姿がない。

 あるのは気まずそうな顔をした男ふたりの顔。

「翠は?」

「そこ」

 御園生さんが指したのは仮眠室。

「……具合、悪いんですか?」

「いや、なんていうか……篭ってる」

 ……は?

「色々と考えることがるようで、穴を掘って隠れたいというから、それらしい場所を提供してもらって早……五十分くらいかな?」

 と、手元の時計を見た。

「俺の不注意だけど……司、これ見ただろ?」

 秋兄がノートパソコンを指差した。頷くことで肯定する。と、

「それをどうしようかと対処法を悩んでるみたい」

 秋兄が仮眠室につながるドアに目をやった。

 なるほど……。

「篭らせたはいいんだけどさ、どうやったら出てきてくれるのか思案中なんだ」

 苦笑する御園生さんにはため息しか出ない。この人は翠に甘すぎる。

「……その役、自分が引き受けても?」

「できるならお願いしたいね。因みに、うちの妹は素直ないい子だけど、結構頑固だし意地っ張りだよ? 司の手に負えるかな?」

 若干挑発された気がしなくもない。お手並み拝見――そんな顔をしている。

「……そろそろ手懐けたいと思っていたので」

 茜先輩からの差し入れを渡すと、俺は仕事部屋を出て、さらには図書室を出た。


 外に出ると、あと少しで太陽が山に隠れるところだった。

 大分日が伸びた。けれども、あと少しで陽が落ちる。数分後には稜線がきれいに浮かび上がるだろう。

 部室棟へとつながる階段を下りながら携帯を取り出す。

 電話には出ない気がする。

 そう思いながら、期待をせずにかける。

 一コール、二コール、三コール、四コール――やっぱり出ないな。

 呼び出しを切り、メール作成画面を起動させた。

 何を……なんて言えばいい?

 バイタルチェックが必要な理由は俺が考えているものでほぼ間違いはないだろう。なら、翠がバイタルチェックを受け入れた理由は? 隠したがった理由は?

「翠ならどう考える……?」

 いや、あの摩訶不思議な思考回路の持ち主のことだ。また変なことを考えているのだろう。

 それを聞かせてほしい――。

 伝えるのは、現時点で俺がわかっていること。思っていること。それだけで十分だ。



件名 :いつまで篭ってるつもり?

本文 :かれこれ一時間近く篭ってるって

    聞いた。

    バイタルチェックのことなら

    さっき気づいた。

    その理由もなんとなくわかってるつもり。

    翠が言いたくないなら話さなくていい。

    ただ、もっと自分を大切にしろ、

    とは思う。



 何も難しいことはない。翠以外の人間から聞くのが癪ならば、翠から聞けばいい。

 ただ、無理に聞き出す必要もない。

 伝えたいことはひとつ――もっと自分を大切にしろ。

 翠、お前は俺をなんだと思ってる? バイタルチェックされているからって見る目が変わるとでも思っているのか?

 ――もっと信用してくれていい。もっと、頼ってくれていい。

 メールを送信し終わると、桜香苑のとあるベンチにたどり着く。そこは翠をよく見かける場所だった。

 昼休みや放課後、何度かここにいるのを見たことがある。ベンチに座ってみるも、何がいいのかかさっぱりわからない。

 見てわかる違いといえば、ほかのベンチの周りにはないリスの石造が五体あるくらい。ほかは、目の前の芝生が少し広いのと、部室棟からの小道がきれいに見えることだろうか。

 何を思っていつもここを選ぶのだろう……。

 考えていたら携帯が鳴った。

 メールじゃなくて電話――。

「もしもし」

 かけてきておきながら返答なし……。これじゃ電話の意味を成さないと思うんだけど……。

「そこ、意外と冷えると思うんだけど」

 仮眠室は仕事部屋とは全く異なる部屋だ。コンクリート打ちっぱなしで部屋の大きさは五畳くらい。なのに天井はかなり高め。

 L字型に作られていて、一辺にはベッドが置かれ、もう一辺は三階へと続く階段になっている。そんな部屋でも空調はガンガンに効いていて、仮眠する際に毛布をかけないと風邪をひきそうなくらいに寒い。

 翠は今、その部屋にいる。まるで人を寄せ付けず、ひとり孤立するように……。

「翠は、人にどう思われるのかが怖いんだろ? 中学の同級生に会えばそのくらいは察する」

 翠は、人間不信の気があるのだろう。

 そこまでひどいものではないかもしれない。けど、間違いなく片足は突っ込んでいる気がした。

 あんな人間たちの中にいたんだ……無理もない。

「……でも、そいつらと俺って同類なわけ?」

『違うっ』

 翠の少し高めの声が間髪入れずに即答した。これでようやく話ができそうだ。

「やっと喋った……」

 思わず笑みがもれる。

「俺はまだ怖い人?」

『それも、違う……』

「じゃ、何?」

 少し間があった。そうして聞こえてきた声は、「先輩、かな」と告げる。

 決して間違いではない。学年で言うなら俺は先輩だ。

「……先輩、か。それ、もう少し近づけないか? 学年は違う。でも、年は同じだろ」

 俺は先輩かもしれないけど、同い年であることをもう少し気にかけてほしい。

 翠と初めて会ったあの日、俺は一足先に十七歳になった。翠だって今年には十七歳になるだろ。そう考えたら、もう少し身近に感じてもらえないか?

「俺はもう少し翠に近づきたいんだけど」

『……どうして?』

 きょとんとした目が脳裏に浮かぶ。「どうして?」の答えは――。

「気になるから」

 自分の中に明確な答えは見つけられていない。ただ、気になる。気になって目が放せない。

 翠からの返事はなかなか聞こえてこない。

 なんでこんなに間が――ちょっと待て。翠はバカ正直で素直なくせに、どこか変な思考回路を駆使してくる。

「翠、顔を見て話したい。たぶんだけど、翠は勘違いしていると思う」

 たぶん、間違いなく、翠は今心配されていると受け取ったに違いない。目の前にいたら、顔さえ見えていたら考えることは手に取るようにわかるのに。

 今、目の前に翠がいないことがひどくもどかしく思えた。

「仮眠室に入れてくれないか? もしくは、迎えに行くから外で話そう」

 また沈黙のまま時が流れる。

「無理にとは言わないけど……」

 一向に声が聞こえてこない。ただ、少し動揺しているのか、息遣いがわずかに聞こえるのみ。

 その息遣いだけがつながっていることを教えてくれる。

 御園生さんが言った、「手ごわい」という意味をひしひしと感じていた。

 しばらくして、か細い声が聞こえてきた。

『先輩……外はちょっと無理なので、ここでもいいですか?』

 内側から鍵を開けさせることには成功したらしい。

「了解。今から行く」

 携帯を切ると、深く長く息を吐き出した。

「……携帯で話すのってこんなに緊張するものだったか?」

 ふと疑問に思って空を仰ぐ。

 それも束の間、すぐに立ち上がり足早に図書棟まで戻った。

 人の心の中へ入っていく、ということはしたことがない。

 朝陽が言ったとおりだ。人にここまで関わろうとするのはこれが初めてのことだった。

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