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光のもとでⅠ 第三章 恋の入り口  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
32/46

03~06 Side Tsukasa 02話

 自動ドアが開き、最後の生徒会メンバーが入ってくる。

 美都朝陽――語学が堪能な人間。確か、英語、フランス語、ドイツ語が話せる。

 小さい頃から夏休みは丸々海外で過ごしているらしい。それは観光ではなく語学留学という形をとって。

 発音はほぼネイティブと変わらず、群がってくる女どもにはフェミニストな対応を一貫している。正直、秋兄の上を行く人間を初めて見た。

「朝陽、遅い」

 俺が声をかけると、

「悪い、最後の回収に手間取ってた」

 と、残りの念書を渡された。

「これで最後?」

「そう」

 念書の束をぱらぱらとめくり、足りなかった枚数と名前の確認を済ませる。

 やっと揃ったか……。

 その紙の束を翠に手渡し、

「これで全部だから安心していい」

「ありがとう、ございます……」

「翠葉ちゃんの念書集めるのに暗躍したのは簾条さんと佐野くんと司なんだ」

 優太の言葉に、「え?」って顔をして翠が俺の顔を見た。

「因みに、茜先輩のは私と会長と優太が動いていたの」

 嵐が翠の隣で茜先輩の念書を手に取って見せる。

「生徒の自主性や自由は縛らない。でも、節度を持たせたり、こういう部分でしっかりけじめをつけさせるのがうちの方針」

 会長は自慢げに話すが、この人はただ茜先輩を守りたいだけだと思う。

 ふたりは付き合っているよう見えなくもないが、実際は違うらしい。会長の長き片思いという話だ。

 茜先輩はその気持ちを知ったうえで普通に接しているのだから、ぞんがい不毛な関係かもしれない。

「その子なの?」

 朝陽が翠に近寄ると、

「二年B組、美都朝陽です。よろしくね」

 朝陽はにこやかに手を差し出した。が、相変わらず翠は人の手をすぐには取らない。優太のときと同じ。じっと見て警戒包囲網発令中。

「翠葉ちゃん、大丈夫大丈夫。それも人畜無害だから」

 翠の警戒包囲網を緩めようと試みたのは優太。

「一年B組の御園生翠葉です。お手数をおかけしてすみません……」

「そんなお礼を言われるようなことでもないよ。これも生徒会の仕事だしね」

 受け答えをしつつも朝陽を観察する視線は外れない。隠れて見るのではなく、全身全霊で朝陽を観察中。もっとわかりやすく言うならフルスキャン。

 思い返してみれば、初めて会ったときは俺もそんな視線を向けられた。初対面なのに真っ直ぐ正面から見据えてくる目。

 不躾と言えばそれまでだけど、見て得られるものをすべて感じ取りたい――そんなところだったのだろう。

「噂には聞いていたけど、本当に人のことをじっくり観察する子だね」

 朝陽が言えば、はっとした顔で謝罪する。

「すみませんっ」

「気にしないで? 見られるのは慣れてるから」

 実に朝陽らしい返事だったが翠は面食らったようだ。

「俺、かっこいいからね。女の子によく見つめられるんだ」

 皆が皆翠をかまい始め、作業が完全にストップしていた。

 翠がここにいると作業が進まない、か……。

「翠は外に行くんじゃないのか?」

 声をかけると、

「あ、そうでした……。加納先輩は今日は部活動なしです?」

「うん。こっちやらなかったら後ろのおっかないのに怒られる」

 直後、翠の視線がこちらを向く。

「何を考えているのか当てようか」

 にこりと笑みを添えると、

「いえ、結構です。私、写真撮りに行ってきます」

 今さらのように慌てて図書室を出ていった。


 今日は意外と暑い。

 炎天下にずっといるなよ。少しは日陰で休むとか――。

 図書室の窓から桜香苑に向かう翠を見て思う。

 ……俺は御園生さんか?

「あの子が司のお気に入りね」

 隣に並んだ朝陽に言われる。

「そういうわけじゃない」

「ふーん……。でも、司がここまで人をかまってるの、俺は見たことないよ?」

 朝陽は無駄に笑みを添えて訊いてくる。

「手がかかる――それだけだ」

「……ま、そういうことにしておくよ」

「朝陽」

「ん?」

「翠には手を出すなよ」

「ひどいな。俺は手を出されることはあっても出しはしない主義なの」

 言って選別作業に戻る。すると、今度は茜先輩がやってきた。俺の視線を追うように外を見ると、

「司、あの子はただ見守ってるだけじゃ気づかないわよ? 言葉にして伝えても怪しいかもしれないわね」

 何を言われているのか意味がわからなかった。

「何がですか?」

「あれ……? ……ううん、こっちの話。今の忘れて」

 珍しく茜先輩との意思の疎通が図れなかった。

 今のはいったいどういう意味だった……?

「司ー、とっととピンはねして写真吐き出してくんない?」

 優太の一言で作業を再開した。


 ぶっ通しで作業をし、ふと時計を見ると四時を回っていた。

 メールに送られてきた写真はすでに専用フォルダに振り分け、半分以上はプリントアウトを済ませた。二台のプリンターもそろそろインク切れだ。

 在庫はまだあったはず……。

「隣から予備のインク取ってきます」

 茜先輩に断り席を立つ。

 窓の外に目をやると、少し雲が出てきていた。

 翠が出ていってから結構時間が経っている。

 ……大丈夫なんだろうか。そもそもひとりで行動させていいのか? 今日はとくに具合が悪そうには見えなかったが――。

 この作業もまだ終わりは見えない。一度休憩を入れて様子を見にいくか……。

 カウンター奥のドアロックは自分でも解除することはできる。が、中に秋兄がいるときは極力開けてもらう。

 今日もそのつもりで左手を上げたら、次の瞬間にはドアが開き秋兄が出てきた。

 それは出てきたなんて穏やかなものではなく、血相を変えて図書室から走り出ていった。ほぼ正面にいた俺に何も言わず。

 作業に集中していたメンバーが、手を止めてその背を見送る程度には慌てているように見えた。

 何……? あんなに余裕のない秋兄は見たことがない。仕事で何かトラブルでも……?

 いや、仕事のトラブルで慌てる人間ではない。

「秋斗先生、どうしたんだろうね?」

 嵐が閉まったドアを見て言う。

「職員室じゃないみたいよ? 桜香苑に向かって走ってる」

 ノートパソコンから目を放し、窓の外を眺める茜先輩が口にした。

 桜香苑……? まさか、翠――!?

 不安に駆られつつ秋兄の仕事部屋に入る。と、普段となんら変わりない光景に見えるも、唯一違うものを見つけた。

 それは秋兄のプライベート用のノートパソコン。いつもなら席を外すときは持って出るか、必ずシャットダウンしていく。それが開いたまま――。

 吸い寄せられるようにそのディスプレイの前に立った。

「……んだよ、これ――」

 ディスプレイには"Suiha Misono Online Vital"というウィンドウが表示されていた。そこには、数秒ごとに変動する血圧、脈拍、体温などが記されている。おまけにGPSというボタン……。別窓には翠の現在地と思われる場所が表示されていた。

 こんなもの、いつの間に付けた? 知らなかったのはまた俺だけなのか?

 ――先日の大会の日、帰りに話していたのはこのことなのだろう。そこまで考え、もう一度数値を確認する。

 体温が三十五度五分――低い。血圧はそうでもない、脈拍はかなりゆっくり。……睡眠状態?

 っ……まさか桜香苑でっ!?

 秋兄が飛び出していった理由はわかった。

「……秋兄が行ったんだ」

 それに、この数値なら問題ない。俺は仕事に戻る。それでいい……。

 ただ、面白くない。なんで自分に隠されているのかが理解できない。

 こんなものを装着することになったいきさつは?

 思い当たる節はいくつかある。翠の性格と体質的症状、あれを放置しておくのは危なすぎる。

 翠は自分から具合が悪いことはほとんど言わない。助けを求めない。いつか取り返しのつかないことになることは目に見えていた。そんなことは会って数日後には気づいていた。

 でも……そんな翠の性格からすれば、こんなものは絶対に付けたがるわけがない。

 わからないことが多すぎる。イラつく――。

 ……何に? 話してもらえなかったこと? それとも、未だ頼ってもらえないことか……?

 頭を軽く振り、翠のことから意識を逸らす。

 インクを持ってこの部屋を出よう。

 最後にもう一度だけ翠のバイタルを確認してから仕事部屋を出た。


 図書室に戻ると、ちょうど秋兄と翠が戻ってきたところだった。

 翠は自分で立って歩いている。問題はないのだろう。

 俺が怒るのは筋違いかもしれない。でも、どうしようもなくイラついていた。

 秋兄からは聞きたくない。御園生さんからも姉さんからも聞きたくない。

 翠以外の人間から聞かされたところで癪なだけだ。

 秋兄の「しまった」って顔――最悪だ……。

 それは俺に隠しておくことだった、という意味で間違いないはず。そして、それは秋兄の考えではなく、ほかの誰でもない翠の意思。

 それが面白くなかった。

 声をかけることなく窓際のテーブルへ戻ると、茜先輩が使っているプリンターのインクカートリッジを替える。

 無言で作業をしていると、茜先輩に声をかけられた。

「司、何かあった?」

「いえ、何も」

「そう?」

「はい。これでそっちのプリンターまた使えるようになりましたから」

 そして今度は自分側のプリンターに取り掛かる。それが終わり顔を上げると、御園生さんが翠を迎えにきたところだった。

 入り口付近にいた嵐に、「毎年だけど、すごい分量だね」と声をかける。

 ……くそ、イラつく――。

「司、何か気になることがあるんじゃないの?」

 俺から視線を剥がさずにいた茜先輩に訊かれた。

 こういうときのこの人は厄介だ。指摘することの的を外すことがない。

 ……俺は今、そんなにも思っていることが顔に出ているのだろうか。

 翠じゃあるまいし、そんなことがあってたまるか――。

「単なる眼精疲労です。茜先輩は大丈夫ですか?」

「えぇ、大丈夫よ」

「俺はサプリメント飲んできます」

 席を立ち、すぐに図書室を出た。


 秋兄の仕事を手伝うこともあるし、家でもパソコンの前にいることは少なくない。そのほか、読書が趣味なことから眼精疲労には馴染みがあった。

 眼精疲労を甘く見ると痛い目に遭う。目の奥から頭が割れるかと思うほどの頭痛に見舞われるのだ。だから、サプリメントや頓服薬は常に持ち歩いていた。

 サプリメントを口に入れ水道水で飲み下す。

 確かに眼精疲労は溜まっていた。でも、サプリメントを飲むほどでもなかった。ただ、少し頭を切り替えるきっかけが欲しかった。

「なんで……なんで俺がこんなに振り回されなくちゃいけない?」

 単に体が弱い同い年の後輩、知り合いの妹、従弟のクラスメイト、生徒会に入ってくるかもしれない女子――それだけだ。

 とくに深い関わりがあるわけではない。

 今まで周りにはいなかったタイプで、どこか世間ずれしてて――違うか、あれは世間知らずというほうが正しい気がする。そのくせ、警戒心だけが強くて。なのにふざけたくらい無防備で。

 懐きそうで懐かない小動物……。

「考えてもわからないものってあるんだな……」

 とにかく気になる、それだけ――。

 夕方になって少し冷たくなった空気を肺に入れる。そのあと、何度か腹式呼吸をすると大分落ち着いた。

 これで図書室に戻って茜先輩に何を言われることもないだろう。

 が、どうやら甘かったようだ。図書室に戻ってすぐ、

「司は上手よ。でも、無表情に拍車がかかるみたいね」

 俺を見るでもなく、俺以外には聞こえない声で淡々と言われた。

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